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―カッポ、カッポ、カッポ…
心地よいリズムで体が揺さぶられる。周囲には畑が広がっていてスイカの様にまん丸な瓜が沢山結実している。所々で農夫さんたちが作業をしている。何もないけどゆったりとしたスピードで流れる景色が何とものどかだった。
「にいちゃん。そろそろ関所だ。身分証とか用意しといてくれよ」
荷馬車の御者が荷台に振り返り声をかける。荷台にはズッキーニのような野菜が入った箱が載せられていて、空いたわずかなスペースに石田が座っていた。
石田に声をかけた御者はこの荷馬車の主人、ラーフだった。40代後半の男性でよく日に焼けている。多少お腹が出ているけれど年齢的なことを考えると順当かと思える。いや、この世界では沢山食べれているということになるのでお金持ちということだろうか?まぁ、その辺を聞くのは失礼なので聞いてない。ただ、その服は色あせておらずなかなかおしゃれだった。
このラーフはバイクを降りて街道を歩いていた石田に声をかけ、目的地も一緒だからと乗せてくれた気のいい人だった。
「了解です」
馬車に乗ってすぐラーフに確認したところこれから入る街は目的のバダナと呼ばれる街だった。ラーフはバダナから少し離れた山間にある小さな村で農家をしている。ちょうど収穫した作物を街に卸しに行くところだった。
街の大分手前に木製の柵があり、そこから街までは畑が広がっていた。街道に沿って街へと歩くと、今度は大きな石造りの城壁でおおわれた街がある。やはりここでも入口には門番が立ち、出入りを監視している。
―ブブブ…ブブブ…
石田のリュックが揺れる。タブレットに通信が入ったようだった。タブレットを取り出し通話した。
『司令。そろそろ街に入りますので私は次の行動へ移ります』
「了解。周辺警戒任務感謝する」
『はい。それから今の燃料の具合から、調査後一度補給に戻る必要があると考えます。調査し補給する時間を考えますと、3時間ほどお時間をいただきたいと考えます』
道なき道をバイクで走る行程は時間がかかってしまったし、当初は飛行経路の調査は予定になかった。それらがあるため燃料に余裕がないのだろう。
「了解。再出撃の準備が整ったらまた連絡を」
『コピー。オーバー』
タブレットを戻すと通信が聞こえていたのか、ラーフが振り返りこちらを見ていた。
「今のは…?」
「遠くにいる仲間と通信する道具です。どうも合流するのが遅くなるって話でした」
「へぇ。便利な道具だね。それはもう王都の方じゃ売られたりしてんのかい?」
「いや、多分まだ売ってないですね。これは仲間が開発したもので、販売していないものですから」
「そうか。まぁ、売ってても高すぎて俺じゃ買えそうにないがな。はっはっは」
話し終わってからハッとした。市場に出回らない物を持っているとして変な興味を持たれないか不安になったためだった。知らない土地(しかも道のない山の中)を走り不安になった後、目的地が一緒だからと親切にしてもらった事で石田の気が緩んでいたのだった。いかんいかんと気を引き締めなおす。
1人石田が警戒する一方で、ラーフはあまりその話を気にしていないようだった。彼はそのまま馬車の進行方向へと顔を戻した。
「ん?人が少ないな。兄ちゃん運がいいな。いつもならここで結構待たされるんだが、今日はすんなり入れそうだぞ」
街の入口には審査待ちの列ができている。パッと見た感じ10組ぐらいすでに並んでいる。この時間のルブアで10組も並んでいればそれは多い方なのだが、どうやらここでは少ない方になるらしい。
「そうなんですか。それは良かった。…バダナはとても大きな街なんですね」
「ここバッセ領は広大な平野を抱えていてな。農業が盛んなんだ。ここバダナは領都で、領内で作られた野菜がここに集まるんだ。だから収穫時期は売りに来る者と買いに来る者でごった返すのさ」
「へー農業が盛んなんですね。ということはこの街で食べる料理はおいしそうですね」
日本でも産地で食べる料理はおいしかった。新鮮な野菜は世界が違えど美味しいのだろう。記憶にある美味しい料理が思い浮かび、自然と表情が綻ぶ。ラーフはその表情を見て不敵な笑みを浮かべた。
「ちっちっち。兄ちゃんわかってないなぁ。確かにこの街の料理は他の街より美味いかもしれない。だがな足の速い農作物もあるんだぜ?そういうのはこの領都に届くまでの間にも味が落ちるし、ましてや口に届くまでとなると、かなり味が落ちる」
「なんと。じゃあ、美味しい料理を食べるにはどうすれば?」
「実はな、俺はこれを仲買人に卸すだけじゃなく直接料理店に卸してたりするんだ。ちっとばかし値段が高いが味は保証出来るぜ。待ち合わせに時間がかかるって話だったよな。よけりゃ案内するぜ?」
「そうですね…。じゃあ、お願いします」
「よっしゃ。じゃあ先にこれを仲買人に卸すから、ち~とばかり付き合ってくれや」
「OKです」
バダナの街へ入るのはラーフのおかげで非常にスムーズだった。その際石田は通行料を支払ったが、ラーフは何やら木の板を見せるだけで通行許可が出ていた。なんでも、頻繁に出入りするラーフは前払いで割安な期間の定められた通行手形を利用している…ということだった。
(ふ~ん…。通行手形か…。要するに定期券みたいなもんだな。ルブアでも…やってくれればいいのに。そしたら冒険者らが助かるんだけどなぁ)
街に入るとルブアとは違う建築様式の街が広がっていた。若干西洋風の石と木材を利用した石造りの街並み。ルブアはアラブ風だけど、こちらはヨーロッパ風の景色だ。農耕が出来るだけあって木材も入手しやすいのだろう。
馬車で揺られてそのまま倉庫のような大きな建物が並ぶ地域へ。そして馬車に乗ったまま入ってしまえる程大きな門の建物にやってきた。これから商談ということで石田は建物の外で待つことにした。ラーフは馬車に乗ったまま建物へ入っていった。すぐに商会の人間が出てきて商品を検品し商談に入った。
馬車が入れるような門はとても重たいからか、そもそもこの店にやってきたときから開けっ放しだった。あまり中をじろじろ見るのもどうかと思ったので門の脇に立って道行く人を眺めた。しかし倉庫のような建物が並んでいるだけあって人通りは少ない。
「あぁん?そんなに安いわけないだろう」
「いえ、ですから、現状これが精いっぱいなんですよ」
突然ラーフの大きな声が聞こえてきた。少し興味を持った石田は聞き耳を立てる。
「なんでそんなに安いんだよ」
「内戦の影響です」
「いや、なら逆だろう。大量に消費したんだからむしろもっと必要だって沢山買いに来るんじゃねぇのか?」
「大量に消費されなかったんです。蓋を開けてみると、戦闘はわずか数日で終了したんです」
「…はぁ?!」
「おっしゃる通り、内戦前は大量に消費されるだろうと皆さん考えらていたんです。内戦に先んじて大量に購入したんです。だから逆に今は多くの豪商達が在庫を大量に抱えてます。おかげで例年の様な値が付かないばかりか、バダナに買いに来る行商人も減ってるんです」
(へー…今農作物が安いのか。でもルブアじゃそんなことなかったような…?)
どうやらこの街に入るときの審査待ちの列が短かったのはそういう理由があっての事らしい。ふと道行く人を眺めてみるとどことなくくらい顔をしているように思えた。
「…なんてこった。そりゃ本当か?」
「えぇ、本当です。なんでしたら今から小売店をまわってきますか?私たちは構いませんよ」
「…そうか。すまん、市場の方を確認してからまた来る」
「お待ちしています」
どうやら商談はいったん保留になったらしい。
ラーフが馬車に乗って出てきた。
「おう。にいちゃん。待たせたな。悪いんだが先に市場の方をぐるっと回りたいんだが、いいか?」
「えぇ。大丈夫ですよ。…その、大変ですね」
「ん?もしかして聞こえてたのか?」
「えぇ。大きな声が聞こえた物ですから。ちょっと聞いてしまいました」
「そうか。恥ずかしいところ聞かれちまったな。……行こうか」
石田も馬車に乗り込み街を移動する。倉庫街を出て商店の並ぶ地域へ移動する。倉庫街から離れていく程に人通りが増える。しかし以前王都を歩いたときの、馬車だと人とぶつかり通れないようなほどの人込みではない。
露店で野菜を売っている地域に入る。するとラーフは顔を左右に忙しく振る。各店舗の販売価格を調べているようだった。
石田も詳しくないながら価格を眺めてみる。ルブアには並ばないような野菜がたくさんあるため単純な価格比較はしにくかった。気温の高いルブアに運ぶまでにダメになってしまう野菜がたくさんあるのだろう。何とかルブアで売られている野菜を見つけてみると驚いた。
(ルブアの半額…いや、3~4割ぐらいか?…露店の販売価格でこれか?!)
市場を抜けて少し行くと、馬車は大きくおしゃれな店の前で止まった。
「待たせたな。ここがさっき言ってた美味い店だ」
市場では一言も発さなかったラーフが明るい声で話した。気持ちを切り替えよう…、そう決めて奮い立たせるかのように大きな声だった。ラーフの気遣いに乗って、石田もテンション高めで答える。
「お!ここがそのお店ですか!おしゃれな店構えが期待を高めてくれますね!」
「はっはっは。だろう。でだ、悪いんだが、ちょっと荷物運び込むのを手伝ってくれるか?」
「えぇ。それぐらいかまいませんよ」
ラーフと共に店の裏に回り、野菜を降ろすのを手伝った。
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ルブア郊外のなだらかな斜面。そこに今先の内戦を模した戦場が作られつつあった。内戦時の様に山一つを要塞化するのではなく、適度な斜面に横100m程の防御陣地を再現した。もちろんこの再現された防御陣地は一方向、斜面下から登ってくるのに対応するような設計だ。完全に再現すると時間とお金がかかり過ぎることから、簡略化された防御陣地となっている。
すでに9割程完成しており、あとは1つ壁を作れば完成するところまで出来ていた。
「オーライ、オーライ…ストーップ!」
大量の砂を積み込んだダンプが斜面に止まり、砂を降ろす。砂を降ろすその周辺にはルブアの兵士らが集まっている。彼らはこの演習場の建設を手伝いに来た、ルブア軍の工兵隊の人間だった。慢性的な人員不足のルブア軍なので、その人数は十数人と少ないが、全員魔法を使って土木工事が出来る人材だった。
「いや~、本当にこれは便利だねぇ~」
ダンプに向かって声を張り上げていた中年の男性がつぶやく。ダンプから湯川が降りてきた。
「まじ?ありがと~。でも、おじさん達の魔法もめっちゃスゴイと思うんだよね~。じゃ、最後の壁をお願いしま~す」
「そうかい?それはうれしいことを言ってくれるねぇ。こりゃ頑張らなきゃな」
可愛い女の子に尊敬の眼差しを向けられてうれしくない男は少ない。特にこの場にいた兵士らのほとんどが30~40代で、それぞれ家庭を持っていた。そんな彼らの子供らと同じ年ごろに見える相手だからなおの事、子供に尊敬されるような嬉しい気持ちになった。もちろん東洋人特有の若く見えるというだけで湯川は成人しているのだが…。
「よっしゃ、張り切っていくぞ!」
「「「おう!」」」
砂の山がスライムの様にうごめきだし、みるみる壁の形をつくる。この演習場を建設する作業は、湯川がユンボとダンプを使い他所から砂を運びルブアの工兵隊がその砂で壁を作る、というように作業を分担して行っていた。これは魔法で砂をかき集めるのは効率が悪いためであった。
「よっしゃ、終了!」
ちょうど最後の壁が出来上がり、演習場の建設が完了した。後は最終チェックと演習の準備が少々残るだけだった。
それぞれが演習場の各所へと走り、問題ないかを確認した。しばらくして演習場は設計通りきちんと出来上がったことが確認された。
「いや~お疲れ様。助かった。この重機は凄いね。これウチでも欲しいなぁ。なんとかならない?」
「お疲れ様~。う~ん…。重機かぁ…。多分可能だけど…ちょっと判断できない…かなぁ。司令官に話してみる」
「おう。頼むな。じゃあ、俺たちはこれで引き上げるから。お疲れ!」
「はい。お疲れ様で~す」
兵士らが引き上げていった。そして彼らと入れ替わるように瑞山がやってきた。
「ダンプ片付けてきました。もう最終チェックまで終了しました?」
「ありがと~。そう。全部終わったよ。今度はあたしが手伝う番だね」
瑞山はアーチャー自走砲を運転できるだけあって大型車両を運転できる。湯川が運転するダンプ以外にも瑞山にもダンプを運転してもらい手伝ってもらっていた。その車両を領へと返したところだった。
2人で水準器などを使いつつ計測していく。演習では大砲の代わりに迫撃砲を利用する。曲射する迫撃砲は直射に比べて距離をきちんと計測しておかないと1発目から当てるのは難しいからだった。今回の演習では砲の設置場所と砲撃地点が大まかに決められているのでそれら地点の間の高低差と距離を計測した。
「あれ?これだけ?」
「えぇ。十分でしょう。そもそも単純な形状の演習場ですし、侵攻経路を限定する構造の陣地が設置されてます。こうなると砲撃地点も限定されますからね」
「そっかそっか。じゃあ、もう終わりだね。片付けて撤収しよっか」
2人は荷物を片付けて、最後に建てた壁の砂を運んだダンプに乗り込んだ。演習場を去りルブアへと車を走らせる。
「そういえばさ、そろそろ司令と一緒に行動するようになって1年たつね~」
「えぇ。そうですね。色々ありました」
「でね、ちょっと意外だったのが、司令ってさ、めっちゃ好戦的なのかと思ってた」
「分かります。この世界に飛ばされるまでは領政より、傭兵として戦場を駆け回っているような方でしたからね」
「それが一応冒険者として狩りはしても、銭湯の運営がメインでほとんど戦闘することなかったよね~」
「なんていうか…意外と慎重で堅実な方でしたね」
「そうそう。司令自身も凄い技術持ってるし、うちらだってこの世界では希少な技術を持ってるわけじゃん?もっと積極的に活動してもいいと思うんだよね~」
「…積極的に、ですか?それは…具体的にどういうことです?」
「え~とね…そう。例えばうちの場合。工事や建築が得意なわけじゃん?だからルブアで工事の仕事をすることもできると思うんだよね。例えば今のこの道。デコボコなわけじゃん?うちに任せてもらえればまっ平にして見せるよ」
「なるほど…田淵先生やナイチンゲールさんなら病院を開けますよね」
「そうそう。もっと手広くいろいろやっていい気がするんだよね」
「そうですか…。でもそうすると私は…何か出来ることがあるのでしょうか」
「日常業務では…ないかもね…。でもこないだの傭兵で参戦した時、美典なら敵の砲撃陣地つぶせたでしょ?…多分司令には何か攻撃をためらう要因があったのだとおもうけど…ああいう場面で遠慮せずに私たちを使ってほしいよね」
「えぇ。そうですね。…イクちゃん(京藤)を経由してそれとなく伝えてもらうようにしましょうか」
「そだねー。あ、そういえば、さっきの重機の販売の件もあるからうちが報告書と一緒に話してみるかな」




