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スイマセン。大分時間がかかってしまいました。
ルブアの城の一室、アレーシャの執務室。アレーシャは2人の兵士から報告を聞いていた。報告の内容は新しい演習場が完成したことについてだった。
「報告ありがとうございます。…やっぱり、驚くほど早いですね…。工程表の段階から異常なくらい短い日数だなと思っていたのに…」
言葉では『驚いた』と表現しているが、アレーシャの表情は平然としたものだった。何となくあの石田達ならそれぐらいの事簡単にこなしてしまいそうだ…と考えているところもあったためだった。
さて実は彼女、目の前にいる2人に対してかしこまった態度をとっていた。彼女はルブア防衛軍、第六兵団の団長でルブア軍の中でも高い位の役職にある。しかしこの2人は第一兵団の所属の施設部隊の隊長と施設部隊隷下の土木建築隊隊長だった。命令系が別系であること、自身が若輩であること、両名ともそれなりに重要な役職に就く人物でること等からアレーシャの態度は自然と丁寧かつかしこまった態度となっていた。
この2名は本来であれば演習場の建設作業に派遣されるような立場では無かった。しかし石田達の施設能力を測るためにその専門家である2人が選ばれたのだった。
「えぇ。作業監督のユカワ嬢が使役する『ジュウキ』達のおかげで力仕事がはかどりました」
この兵士たちが『使役』と表現したのには理由があった。2人とも魔法を使えるが妖精が見えない。石田領のユニットたちは妖精たちを通してそれぞれの能力を発現させる。湯川の場合は妖精たちが各種重機を操作することで建築作業を1人で行えてしまうという能力だ。妖精の見えない彼らには勝手に動く重機が彼女の指示に従っている様に見えていたのだった。
「『ジュウキ』ですか…。『その見た目は生き物に見えず、しかし召喚獣の様に指示に従い動く』…とありましたでしたね」
「はい。今日確信が持てましたが、金属で出来たあれはおそらく『ゴーレム』です。少し触らせてもらったのですが金属で出来ていました」
「金属?普通、土や岩では?」
ゴーレム。それは岩や土を固めて作られた人形の事で、魔道具に分類される。伝説には召喚魔法の様に呪文を唱えると沢山のゴーレムが現れ…ということが描かれたりするが、現在それは無理だとされている。
そんな魔道具『ゴーレム』は欲しければ魔道具屋で購入できる。と言っても需要は非常に少なく、取り扱いがあるのはせいぜい王都の有名魔道具店ぐらいだ。
ゴーレムはたくさんの魔法素材が使われているため、魔力の変換効率が高く、普通に魔法で作業するより少ない魔力でパワフルな作業が行える。しかしその反面、複雑な動作ができない。
これだけ聞くと、『なんだ、じゃあ輸送とか建築とかで使えるじゃないか』と思えてしまうだろう。
まず制御するための魔法は複雑だ。魔法を扱える人間が苦労しながらようやく操作できる。魔法素材がたくさん必要となるためその価格は非常に高価。さらに耐久性にも問題がある。メンテナンスサイクルが短い上、その都度結構な金額を持って行かれるとあって…需要は少なかった。
ゴーレムは高価な魔道具だ。希少な魔法材料を沢山消費するからだ。そのため多少でも安くするため、重要ではない部分はどこでも手に入る土や石を用いるのが一般的だった。(魔法で砂を目的の形に固める事が出来る、この世界ならではの方法だった。)
土ならほぼ無料同然で手に入る。しかしそこに金属を用いている、というのは驚くべき出来事だった。
「はい、我々が知る一般的なゴーレムはそういったものです。…彼らは大変な資金力を持っているのかもしれません。ただ…その点については我々では何とも言えません」
「あともう一点。それらゴーレムなのですが時々ユカワ嬢が直接乗り込み…こう…棒状のものを動かしながら操縦しておりました。…そうすると大変細かい操作や繊細な作業を行わせることができるようになりました。我々の『ゴーレムに細かい作業はできない』という常識は通用しないようです」
「!私たちの問題は既に解決している…ということですね」
石田達の技術は王国の何世代も先を行くものだと確信できる内容だった。普通の貴族であれば警戒すべきことであった。が、アレーシャは警戒心より好奇心が勝ってしまった。まだ見たことのない、知らない新しいモノがあるという情報に、ワクワクした気持ちを抱いていた。
「我々の部隊にも欲しいですね。負担が大きく軽減します。建築魔法の中で一番魔力と時間を使うのが…土を集める工程です。ジュウキ達はそれをとてつもないスピードでこなしました。おかげで素早く、そしてほとんど疲労することなく作業を終えられました」
土はどこにでもあるので入手性が極めて高い。しかし重たい。湿り具合で変わってくるが、おおよそ1立方メートル当たり1.6トンもの重量がある。(数値は参考にする土質によって変わる)
当たり前のことだが、魔法でも大きな事をなそうとすればそれ相応の魔力が必要になる。同じ土系の魔法でも小さな石を高速で射出するストーンバレットなどは少ない魔力で実行できる。そして同じ魔法でも威力を増すために石の大きさや射出速度を変化させると魔力消費も増加する。
壁を構築するためには大量の魔力を消費させざるを得ない。壁は薄ければ防御力に劣り、低ければ敵の移動阻害能力が劣る。つまり必然的に厚みがあり、高い壁でなければならない。…そう、壁を作るのに必要となる魔力は膨大なものになる。
「『ゴーレム』……いえ、彼女達の呼び方では『ジュウキ』ですね。貸し出しが可能かを尋ねた所、上官に相談してみてもらえるとの事です」
「っ!!本当ですかっ!」
「はい。いくらぐらいの費用になるのかもわかりませんが、私たちとしてはあれが使えるのなら陣地構築の手間を大きく削減できますし、その削減した時間を拡張に回せばより堅固な陣地にできます。前向きな交渉をお願いしたく思います」
「分かりました」
「では。我々はこれで失礼します」
2人の兵士はアレーシャに敬礼して下がっていった。2人が部屋から出ていくのを見届けた後。アレーシャは机に突っ伏した。
(…あと一日あれば…!明日なら私も見に行けたのにぃ!!…はぁ…。ううん。そう、最後に貸し出し可能かもしれないって報告だったわね。…これは交渉頑張らないとね!)
机に突っ伏していたアレーシャは体を起こし、再び報告書を眺める。そこには重要な一文がある。
『………これらゴーレムらの働きぶりから、その力にはまだ余力が伺える。どの程度の働きが出来るのかは不明であるが一般的な簡易土壁を破壊するに足る力を持ち合わせていると予想される』
簡易土壁。先の内戦でアルジャジードが陣地構築に際し利用した壁の事だ。それが破壊可能という。
(ふ~ん?…そんなに強そうなんだ?…これは借りられたら、ぜひ実験しないといけないわね。あれ?でも仮に…つまりあの内戦でイシダ達に攻撃を命じていたら…少なくともあの陣地を突破出来たってこと?)
少し冷静になる。
彼らは非常に友好的だ。彼らの領地(というよりイシダの世界?)にも訪れることができる程度に良い交流が持てている…と思っている。でも逆に彼らは自領を持つということはこの王国を…いやルブアを追い出されても問題なく暮らせるということだ。
彼らに対し威圧的に対応し、もし事を構える事態になれば…。
(…ルブアの城壁は簡易土壁より堅牢…。でも…この『ゴーレム』の力は未知数なのよね…)
もしもその力がルブアに向けられたならという考えが頭をよぎり、背筋を冷たい汗が流れた。しかし、その寒気は一瞬で霧散した。
(彼らと事を構えるようなことは…あれ?…たぶんないわね…。なんでかしら?…彼らが神がかった戦闘力に技術力…。考えれば脅威なのは明らか。行動にも不可解な点は多くあるけれど…彼らは私たちが害意を抱かなければ悪さをするようなタイプではない…。そう確信が持てる…。何はともあれ、彼らと良好な関係を続けないとね。…そのためには、やっぱりきちんと連絡しないとね)
机の引き出しを開ける。中から白と黒、銀色からなる薄い板を丁寧に取り出した。
それはタブレットだった。薄型でボディは白と銀の2色で作られている。黒い場所は画面。そこにはガラスフィルムが張り付けられている。
このタブレットは石田領を領として認めてもらったときに、連絡用に石田から贈られたものだった。贈り物なので石田が使う耐久背重視のごついものではなく、綺麗な見た目のモノから選ばれた。
(あぁ。何度見ても綺麗。神秘的な美しさ…。これほどのものを貰えるのだから、彼らとの関係は良好なはずよね)
アレーシャはこれが贈られた時、クルスーム領政府内で『イシダ担当』というような立ち位置にあった。このため、領政内でタブレットの管理も任されたという訳だった。
若いアレーシャはこのタブレットの使い方をすぐにマスターした。と言っても、これは連絡用に機能を制限したもので、連絡用のアプリケーションが1つ入っているだけだった。
「よし…」
一呼吸してタブレットの電源スイッチを押す。すぐにホーム画面が映し出される。
「まずは…」
アプリケーションを起動し、湯川へのメールをしたためる。この道具を使い初めてまだ日が浅いこともあり、アレーシャはたどたどしく入力していく。入力はたどたどしいが、その文章はすらすらと出てくる。クルスーム家の末子としてこれまで色々な相手に手紙を書いてきただけあってその文章に迷いはなかった。内容は工事作業への感謝や、重機の貸し出しについて改めてお願いするといったものだった。
慣れない入力操作と格闘する事数分。全文を入力し終えたアレーシャは送信ボタンを押し一息ついた。そしてふと、あるものが目に入った。
(ボールペンかぁ…。そういえば…去年ボールペンをもらってから筆記作業が楽になったばっかりだなぁ。なのにコレはもう筆記用具すら必要としないなんて…)
ペンとタブレット眺めながら物思いにふける。
(そう…そもそもこのボールペンだけでも凄いのよね)
販売はタミーナという一行商人が行っているが、コレの出どころは石田領だ。そしてその売れ行きは行商人の露店販売とは信じられないほど売れている。たくさん売れると知ったよからぬ輩が不届きを働くこともあったほどだ。そしてその不届き者たちはその背後の組織ごとつぶされた。
売れる商品だから当然真似しようというモノたちも出てくる。しかし、そのどれも成功しなかった。ボールペンのボールは人の手で作るにはあまりにも小さすぎた。そしてそのことをアレーシャも興味を持った領政の技官から報告を受けている。曰く『非常に小さくかつそのどれもが驚く程綺麗な球の形をしている。これを量産する技術はあり得ない』。
技術、戦力共にあり得ない次元のものを石田達は揃えている。そして違和感を覚える。
(そう。彼らは凄い。…でもなぜかしら。彼らに対して『怖い』という感情はわかないのよね…本当になんでかしら?)
―コンコン
「?(ん?今日は特に予定はなかったはず…)…どうぞ」
「はい。失礼します!アレーシャ隊長、領主様がお呼びです。至急、領主執務室まで来てほしいとのことです」
「承知した。すぐに向かいます」
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(石田)
ラーフと共に食べた食事は美味しかった。その分、お値段もよろしかったけど…。
短い間ながらお世話になったラーフに多少ではあるけど、恩返ししたいと思った。そこで彼にタミーナを紹介することにした。
ラーフは街に野菜を売りに来ていたところだった。しかし現在野菜の価格が絶賛暴落中。ラーフは今朝収穫した野菜を売らなきゃ赤字、売っても赤字な状況。そこで今の市場価格より高い値段で買ってくれる行商人を紹介することにした。
このバダナでは値崩れしている状況でも、ルブアなら高く売れるからね。ルブアはそもそも王国内の農業生産地から遠く、いつでも食料品は高い。だからタミーナとラーフを会わせることにした。
ちなみに露店での価格を比較すると、ルブアではバダナの約3倍ほどの値段で取引されている。仲買を挟んだ露店ですらそれなのだから、農業従事者のラーフから直接買い取るならさらに安い。稼げる話になるはずだから、彼女にとって悪い話にはならないはずだ。
あ、ちなみにタミーナには無理を言ってこの街で購入するよりやや高めに買い取るようにお願いした。彼女は本職の行商人だ。だから多分街の販売価格を参考に、この街で取引される卸値で取引しようとするはず。
一応彼女の名誉のために言っておくと、その対応は別に血も涙もない…という話ではない。彼女は未亡人かつ子持ちなのだ。娘を養うためにもいい加減な取引は決してしないというだけのことだ。
あと、行商人という仕事は街から街へと旅の日々。とても体力を必要とする仕事だ。年を取り体力が落ちてしまう前に、どこかの街に商店を構える必要がある。そのためにも稼ぎ貯蓄を増やす必要がある。
ただ…これら事情は……多分すでに解決している。ルブアで紙やペンなどの販売をしているのだが、確かもうすでに相当な額の貯蓄がある。さらに色んな商店から彼女へラブコールがあると聞いている。中には大きな商店からの誘いもあるみたいで、ルブアに腰を落ち着けるなら…選り取り見取りと聞く。
う~ん…クルスーム一家(領主)には申し訳ないけど…ルブアは彼女的に魅力的じゃない…のかな?まぁ、彼女は行商人。いろいろな街について知っている。たとえば王都ならそもそも人口が多いのでニッチな商売でもやりやすい…。彼女がどういったことを考えているかは知らないが、まぁ、何か思う所があるのだと思う。
っと、話がズレた。そういう事情があるからか、彼女は高めに仕入れてルブアで売るということをすんなりと了承してくれた。これでラーフへ恩を返すことはできただろう。
当初目的の転移地点を作るということは既に完了していたし、次の街へ飛んぶことにした。
次の街の周辺を古井がスキャンした結果、どのルートを通っても小人や豚人間が作る村や集落が存在していた。低空を飛行し、地形に隠れながらということが出来なかったのだ。だから『地形に隠れる』ではなく、『見えないぐらい遠く』を飛行することにしたのだった。目標地点の周辺は、どのルートもダメ。つまり水平方向で離れて…というのは無理。だから、垂直方向に距離をとる。具体的には高度10000mほど。
HALO降下(高高度降下低高度開傘)することとなった。輸送機に乗り込み、再び地図上の目的地と思われる街を目指していた。
天気は晴れ。気流も穏やか。何も問題が起こりそうな気配はなかった。
以前古井と京藤がファティの操縦について、飛行を安定させるのが上手いと評価していた。まさにその通りで、安定飛行している。現在シートには座っているが、ベルトを外して窓から外の景色を眺めていた。
高度10000mともなると地上は遥か遠く。雲より高い場所だから景色の動きは非常にゆっくりだ。というか、眼鏡をかけた状態では地上の細かな状況はわからない。
でも狭い機内に眺める物もないし、ボーっと窓の外を眺めていた。
しかし安定飛行から一転、突如期待が大きく揺れ、高度を下げ始めた。その揺れによって座席から落ちてしまい、床でしりもちをつく。
『司令!面倒な奴らに見つかったのじゃ!急速離脱する!』
『ちょっと?!ファティ、どうしたの!?』
石田のヘッドセットに慌てたファティから通信が入った。
『マズイ連中に見つかった!しかも奴らロックオンしてきておる!』
『アラートには反応がないけどっ?!』
『魔力によってじゃ!チクショウあのアルティメットドラゴンめっ!…っ来る!』
その直後、突如としてC-130が攻撃を受けたのだった。右翼の翼端に当たり端を失った。
『きゃっ?!右翼に被弾!…って、えっ!?ちょ、被弾ッ?!フィールドは!?』
本来フィールドで守られているはずのC-130がなぜかダメージを受けた。石田の召喚能力で領から呼び寄せた人物・兵器はフィールドが付与される。このフィールドは透明で見ることも触ることもできないが、対象を護るため3つの機能を持つ。まず対象がダメージを受けるとフィールドが肩代わりする機能。そして過剰なダメージを受けフィールドが破壊されると強制的に対象を領へと避難させる機能。最後に人物の精神を安定させる機能。
そのフィールドに守られて損傷を受けるはずがないのだが…これが覆った。
『ぬあっ!?機体の動きが!』
破損し安定性が低下、ファティが慌てる。揺れる機体内で座席に座りなおそうとした瞬間、まばゆい選考に包まれた。あまりの眩しさに目をつむると、体が引かれる感触と共に浮遊する感覚に襲われた。
そして落下するような感覚にハッとして目を開けると、すでに石田は機体の外へと放り出されていた。




