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スカウト姉妹が連れてきた研究者、ソラヤは幅広い知識と技能を持つ優秀な人物だった。彼女はどうも魔法の発動原理を解き明かす研究を行い、その過程で魔物に関する知識を深め、魔道具の制作方法の技術を身に着けた様だ。魔法知識、モンスター情報、魔道具の製造技術…本当にいろいろなことを知っていた。
うん。1も2もなく彼女を採用した。
彼女を採用して意外なうれしい事があった。それは、『筋力増強』という魔法の存在を知れたことだった。なんでもスカウト姉妹が仕留めたモンスターを運搬するのにその魔法を使い、そのおかげでその存在を知った。
この魔法にスカウト姉妹がとても興味を示した。筋力増強の魔法を研究し、できれば魔道具として自信に付与できるようにしてほしいという話だった。なんでも、今使っている武器に不足を感じたそうでより強力な武器を使いたいと考えているようだった。筋力が増強されればより大口径の銃の反動を制御できると考えているそうだ。
余談だけど、筋力の最大量はほぼその骨格に依存する。人間の筋力と骨格を車に置きかえるとフレームとエンジンになるのだろう。自転車の細いフレームに中・大型バイクのエンジンを載せる事ができないように、発達していない骨格に十分な筋肉は載らない。
そうして考えてみるとスカウト姉妹はやや小柄だ。体重もそれ相応に軽いのだろう。となると筋力が足りず、十分な威力の火器が使えないというのは納得がいった。でも、同時に筋力増強の魔法は単純に筋力を増大させるだけなのだろうか…。それだと…いや、魔法なんだ。多分大丈夫なのだろう。
ソラヤには研究室の引っ越しを終えたら即座に筋力増大の魔道具の作成をする様に依頼した。すぐに取り掛かってもらえることになった。
ちなみに何故『魔法を教える』ではなく、『魔道具の制作』なのかというと単純に各ユニットが魔法を使えないからだった。石田はなぜか魔力(?)があるらしいが、各ユニットたちは魔力を保有していなかった。まぁ、ゲーム時代はユニットに魔力なんてステータスなかったから…。で、彼女らはそういったことができないのだけど…なぜか彼女らを支援する妖精たちが魔法を使えた。しかしその妖精たちも新しい魔法を覚えるということはできない。そこで彼らの魔力を借りて目的の魔法を行使するために魔道具を制作してもらうのだった。
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執務室、机につき書類と格闘していた石田は最後の1枚にサインを入れた。本日の書類はこれが最後だ。
「んん~~…っはぁ~」
両手を頭で組んで大きく伸ばす。凝り固まった肩回りの筋肉をほぐす。
「あぁ~…。やっと終わった…」
執務室には誰もいない。完全な独り言だ。…最近独り言が増えた気がする。
時刻は14時を過ぎた頃。どうやら頑張った甲斐あって、まだ日が高い。今日は執務に加えて他にもやりたいことがあった。
石田は領主の館を出て転送施設へと歩く。領主の館の裏にはすぐに巨大な飛行場がある。ここ最近はほぼ毎日のように飛行訓練が行われていたのに…今日は何も飛んでいなかった。
ファティの訓練は順調に進んでいるらしい。当初は小型機のパイロットを想定していたけど、どうやら本人の適正や希望もあって大型機のパイロットへと方向を変えた。練習機がレシプロエンジンだったところからジェットエンジンの機体へと変わり、操縦も素早い機動が行えなくなる。だから大型機の訓練も結構時間がかかるはずだ。
あぁ。そういえば、明後日には領外での飛行訓練を実施したいと申請書が出ていた。領内の空は基本的にほぼ無風で新人を訓練するには最適の環境だ。でも領外の風が吹く環境で飛行しないと…実際の任務で飛ぶのに支障がある。だから領外で訓練したいという話だった。
ちなみに領内の天気はなぜか執務室のPCから操作可能だ。現状は晴れの日8割、雨2割でランダム選択というデフォルトの設定になっている。天気は晴れ、曇り、雨、豪雨、暴風雨などから選べるけど…強風の日などの設定は無い。だから領外でという話だった。
転送施設に向かって歩いていると、重機の動く音が遠くから聞こえた。領内の空いた土地に現在住宅街を建設中なのだ。湯川が張り切って作業してくれている。この住宅街はフォックス族の移住希望者用だった。
領内の機能を取り戻すために、領民の数を増やす必要があった。手っ取り早く移住者を募りたかったが…領主初心者の石田は領地運営に自信がなかった。ゲーム内でも領民の幸福指数というパラメーターがあり、領民の幸福度が下がると内乱・クーデターが発生する使用だった。もちろん、生きた人が暮らすようになるのだから、同様にそういったことが起こると考えられる。少しでもそういうリスクを減らすために…信用できる相手を領民として受け入れることにしたのだった。
フォックス族の人達は皆素朴で我慢強い人たちだった。この1年間一緒に銭湯を運営してきた。開業した当初の閑古鳥が鳴いている時(現在でもあまり繁盛しているわけではないけど)も文句も言わずに一生懸命働いてくれた。その信頼もあり彼らに声をかけたのだった。
そして声をかけた結果、フォックス族の皆さんがこちらの領に移住するという事になった。驚いたことに銭湯で働く人たちは皆即答だったし…体が健康で若い人たちは銭湯ではなく商家の方へ奉公に出ていたんだけど…その人たちもこちらに移住したいと強く希望したことだった。
移住を希望してもらえたのは良しとして、問題は住居がないことだった。このため、新しく住宅街を建設することになった。今は湯川が張り切って整地、建設してくれている。
ちなみに住宅街を建設するにあたってユニットの全員にそれぞれ住宅を…と話をしたら断わられた。それぞれ持ち物が少ないですから…とか、領主の館が住み心地いいとか理由は様々だった。…正直住宅を建設する資材&資金という意味でありがたい申し出だったので、甘えることにした。
…まぁ、その…ユニットの申し出をありがたく受ける程度にあまり余裕のない財政なわけで…フォックス族の皆さんに提供する予定の住居は平屋で同じ形の住宅が並ぶ。いや、包み隠さず話すなら…仮設住宅のようなものになる予定。本当に申し訳ない。
(頑張って領を発展させないとな…!)
気分を新たに、今後の活動を考える。まずは資金だ。
銭湯関連での稼ぎはフォックス族の皆さんへの給与などを払うとほぼない。もともと自立を目指してもらうための活動だから…まぁ、これが所得にならないのは良い。タミーナへのボールペンなどの販売は、安定した収入になってくれているけど、取引の総量が少なく、額が小さい。冒険者の仕事や治療活動などは不安定だ。依頼の内容によって額が大きく変わるしそもそも依頼がないことも多い。現状安定した大きい稼ぎは…ルブアと取引する食品ぐらいだ。
ルブアへ卸す食品を増やす?いや、それは取引で決められた取引量だ。こちらから持ち掛けても量を増やす代わりに値引きを要求されることだろう。
銭湯を盛り上げる?アディの実家にアイディア貰ってルブアの各商店にチラシを張らせてもらった事がある。商売の初心者な自分にはこれ以上何か知名度を上げるプランが思いつかない。
(う~ん…安直だけど…モンスターを狩って素材販売で稼ぐ)
ちょうど銀行の両替システムが動きだしたおかげで、従来通りの稼ぎでも領内通貨換算すると額が大きくなるようになった。
(そう…つまり、これまでに比べて大きな経費をかけても利益を確保できる!ずばり兵器…例えばIFVとかを使って安全に大型のモンスターを狩れば稼げるっしょ)
IFV(Infantry Fighting Vehicle : 歩兵戦闘車)は兵員輸送能力を持ちつつ積極的に戦闘に関与する車両を指す。装輪式・装軌式の両方ある。一般的に20mm口径以上の火砲を装備し歩兵から軽装甲な対象を攻撃でき、モノによっては対戦車ミサイルなどを装備し重装甲な相手でも対応できるようになっている。多分ギガントロックリザード位ならおそらく火砲で対処が可能だ。
(そう。現代兵器を用いて狩りをすれば稼げる…。でも、これでいいのだろうか?)
何がとは言えないし、どうしてとも分からないけど…それをするには漠然とした違和感と不安があった。
その正体について考えながら歩くも、一向にはっきりしないまま、転送施設に到着した。ゲートを通りルブアに移動する。現れたのは温泉施設の裏手、太陽熱発電設備などが入った建屋の1室だった。
この部屋はなぜか…どこかの宗教の祭壇のような様子になっていた。まずゲートを出て左右には燭台と小さな花瓶が置かれている。ゲートを出てまっすぐ行くと、この部屋の出入り口。その脇には机が置かれその上にタブレット端末が設置されている。タブレットを操作し、ゲートを閉じるとゲートを通じて見えていた転送施設の景色が消え、その先…この部屋の壁に細かな模様が縫われた絨毯が見えるようになる。
ぐるっと部屋を見渡すと、石田の頭の中は別の事に関心が移っていた。
(うん…やっぱり何かの祭壇…だよな?)
十字架が飾ってあったり、宗教的な像が飾ってあるわけではない。…多分この絨毯に向かってお祈りをする形になるのだと思う。確か…彼らは一神教ではなく多神教で、さらにそこに祖霊信仰を加えたような形だ。だから祭壇の形に特定の決まりはない、といつか話していた。
この1年間大して繁盛していないけど、それなりに銭湯の運営をしてきた。当然従業員のフォックス族の皆さんには給料をきちんと支払ってきた。彼らがその給料をどう使っても彼らの自由だ。でも…給料をもらって彼らが最初にしたことは…この部屋に祭壇を設置することだった。
(この部屋は…いくつかあるゲートの出入り口の1つだから、使用頻度は高くないんだよね。だからこういう使い方をしてもいいんだけど…流石に祭壇に現れるのもと思ってゲートを開ける場所を移そうかと話をしたら断わられたんだよねぇ…)
彼らが良いと言っているならまぁいいか…と、石田はこの件について考えるのを止める。建屋を出る。表に回り銭湯に。番台には誰もおらず男湯の方へ入る。するとフォックス族の男性が脱衣所を掃除していた。
「ガパティさん。お疲れ様です」
「これはイシダ様。お疲れ様です。どうされました?」
ガパティが掃除の手を止めわざわざ石田の元へやってくる。ガパティの体はこの1年間で大きく変化した。出会った当初はガリガリの細い体で姿勢も悪く、肌も年相応に荒れていた。でも、今は筋肉がしっかりとつき姿勢が良くなりさらに、肌もどことなく若返ったような気がする。きっと1日3食しっかりと食べ、銭湯で体を清潔に保てたからだろう。もちろんこの辺かはほかのフォックス族の人たちも同じだった。
(…いや、銭湯の作業が重労働だったから筋肉がついたし、そのおかげで代謝が良くなった…とかもあり得るのか?)
「どうも。特に用事はありませんが、こちらに用事があったので寄りました」
「あぁ。そうですか」
用事がないというのは嘘だ。彼らは移住してくるということなので、出来るだけ彼らの人となりを知ろうと交流する機会を求めて足を運んだ。ガージなどの主要なメンバーとはよく交流する機会があったが、それ以外の人たちと交流するつもりだった。
ガパティの元を離れそれぞれ作業しているところに行き、適当に改善した方が良いところや、生活への不満などを聞いて回る。ここで働くのは基本的に年を取りあまり動けない人たちだったんだけど…皆さんこの1年で筋肉が付き…辛そうにしている人はいなかった。そして皆さん不満は無いとのこと。大体決まって『毎日3食食べれて屋根の下で寝れているんです。不満なんてあるはずありません!』と返ってきた。それ以外は各々思う所を放してくれて、皆さんとても気さくで温厚な方々だった。
(彼らを受け入れても、問題を起こしそうには無いな。…まぁ、と言っても受け入れることは既に決めてしまってたわけだけど…)
本当なら受け入れを決定する前に面接や面談をするべきだ。でも、今回は既に受け入れが決まっている。初めての移住者の受け入れで、色々とやらかしてしまっている所だった。
(もうすでにやらかしてしまってんだから悩んでも仕方ない。…実現不可能な『最善策』より、実行可能な『次善の策』だよな)
―バタバタバタ…
「おーい、ガパティさん居ますか~?」
まだ銭湯は営業時間ではない。でも外から凄い足音が近づいてきて、ガパティを呼ぶ声が聞こえてきた。
石田もガパティと一緒に店の外へ出た。するとそこには鱗系の素材で作られた服を着た男が立っていた。確かこの服はルブア軍の中でも防疫隊が装備している制服だ。彼らは汚水の浄化処理を専門にしているらしく、この制服は水がかかっても清掃が容易なようにとこの素材を使っているのだろう。
「ガパティさん。すいません。3人ほど前利用させてもらいたいんですがいいですか?」
「3人ですね。大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!ではっ」
かなり急いでいるのか、その男は短く会話を切り上げると汚水処理施設の方へ走っていった。
「…ガパティさん。今のは?」
報告書などは読んでいるものの、この銭湯の運営権はすべてガパティに託している。おかげで今の会話が全く分からなかった。
「恐らく、今日は汚水処理施設の方で浄化槽に落下してしまった人が出たのでしょう。時々ですが営業前に防疫隊の方々がこうして来られるんです」
先ほどの「前利用」は正しくは「開店前利用」だった。汚れたので体を洗う。それは確かに銭湯の利用方法として正しい。でも確か汚水処理施設ではポイズンスライムが発生してしまうほどの危険な汚水も扱ってたりするはず。そこに落ちた人を風呂に入れるとなると…この銭湯の衛生に問題があるように思えた。
「えっと…それだと銭湯が汚れません?」
「それは大丈夫です。汚水処理場の方である程度体を洗ってからこちらに来てもらうようになっていますので」
汚水処理場で一度綺麗に汚れを落としてから来るのなら、最初から処理場に石鹸を置けばそれで解決ではないのだろうか。そう思ったが少し事情があった。汚水処理場でもこういうことは想定していて、きれいな水が用意されている。だけど沢山あるわけでないし、冷たい水だった。だから体を綺麗にすると言っても、ざっくりとしか汚れを落とせないらしい。
「それにこの時間ですから湯船は利用できませんので、「しゃわー」のみとなっています。もちろん通常の営業までに防疫隊の方が利用した周辺は丁寧に清掃をします。この前利用なんですが温かいお湯で体を清潔にできる、と防疫隊の方々からは好評です。…あの…もしかして、良くなかったでしょうか?」
この銭湯は太陽熱発電で発生した熱湯を利用して営業している。このため日中なら沸かしたてのお湯があるし、日没後には貯湯タンクから供給する様になっている。湯船に湯を張るには時間がかかるけど、シャワーの利用なら即座にできる。
対応できる範囲で利用者の要望に応えるこのサービスは驚きだった。
(衛生にも注意しているし、利用者の事も考えた上での利用…。この柔軟な対応はガパティさんの年の功から来るものだろうか…見習いたいもんだ…)
「いえ。問題ありませんよ。衛生的なことをきちんとされているか気になっただけですから。良くないというより、むしろ素晴らしいサービスです」
「ほっ…よかったです。彼らにはいつも排水の処理でお世話になってますから。少しでも恩返しができればと」
銭湯なので排水は大量に出る。一応、発電システムの熱などを利用してある程度濃縮する様にして少しでもその量を減らす工夫が加えられている。でも、やっぱりその量は少なくない。つまりこの銭湯は汚水処理の仕事を増やしていることだろう。
「確かにそうですね。排水の処理。彼らが仕事をしてくれているおかげで営業できているわけですから。本当にありがたいことです」
「えぇ。本当に」
「…。そういえばガパティさんには聞いてませんでした。何か今この銭湯の仕事で困っていること、改善した方が良いとお考えの事はありませんか?」
今銭湯に居る職員にした質問を、ガパティにも聞いてみた。
「そうですね。寝る場所に困らず、3度の食事もできますし、欲しいものを変えるだけの給金もいただいてます。力の必要な仕事ではありますが…最近は慣れてきたおかげか大変に感じることもありません。う~ん…そうですね。それでも強いて挙げますと…汚水を処理場まで運ぶ仕事が大変ですね」
少なくない量の汚水が出る。ここルブアには下水道が通っているわけではないので、自分たちの手で汚水を処理場まで運ぶ必要があった。だから街の中には汚水を回収して回る業者もいたりする。本来ならそういう業者に委託するべきところなのだけど…開業当初のころ資金不足で依頼することができなかったのだった。そのため、石田領で作った4輪の台車に貯水槽を固定して4 , 5人で運ぶようにしていた。
「…排水の濃縮をよりしっかりと行うようにして…軽くした方が良いということでしょうか?」
「いえ、それもありがたいのですが…どちらかというと「道」の方です」
そういうとガパティは店の前を通る道を指さした。
「道…ですか?」
「銭湯の裏手からこの道までは平らな地面なので動かすのは難しくないのです。しかし…ひとたび道に出ますと、デコボコしておりまして車の足がとられ…小さな凹凸を乗り越えるのに難儀するのです。場所によっては深い凹みもあり、誤ってはまってしまい防疫隊の方々に助けていただいたこともあるのです」
確かに、道路は非常にデコボコしていた。そもそもこの道は元々何もないただの土地だったのが、処理場まで往復する馬車が通り自然発生的に道として認識されるようになった道だった。だから当然整備などされているはずもなく…道は荒れ放題だった。
(台車を凹凸に強いモノに変える?)
凹凸に影響されないようにするなら車輪を大きなものにするといい。或いは発動機を取り付けるか。
(発動機はこの世界の技術から考えて明らかに異質だよな…。う~ん…どうするか…)
「分かりました。検討してみます」
「はい。お願いします。ですが、難しいようでしたら無理なさらず。通る場所を間違えなければ何とかなりますから」
「了解です」
それから少し店の状況について話をして、次の目的地へと移動した。




