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リベリオン王国の王都は平野の中心にあり、その中心部を川が流れている。王都と呼ぶにふさわしい巨大な街で沢山の人々が暮らしている。そしてその広大な都市は王城を中心に広がり、城壁によっていくつかのブロックに分かれていた。これは土地が足りなくなるたびに城壁を拡張し、王都を拡張してきたためだった。
そんな王都の中で冒険者組合は王城のあるブロックに立地している。これは単純に冒険者組合が古くから王都にあった事を示している。王城と同じブロック、つまり王都中央に近い位置にあり、逆に王都の出入り口から遠かった。このため必然的に冒険者らは狩猟で狩った獲物を馬車などに乗せ街の中を歩くことになる。そうすると街中に獲物の内容で冒険者らの実力が知れ渡り、凄い獲物を捕らえた冒険者らは街の有名人になれるといった側面があった。
功名心の強い冒険者らは手柄の示しやすい依頼に集まった。逆に地味な依頼はあまり取り組まれないという状況があった。
「ほい。今日もご苦労さん。これが今日の分だ」
「ありがとうございます」
冒険者組合の中、報酬支払の窓口で1人の女性が報酬を受け取っていた。その女性はレンジャーを思わせる軽装で動きやすい格好をしている。
「しかし、こんな稼ぎも少ない地味な仕事をよく続けるねぇ」
窓口で対応していた男性職員が呆れ気味に話しかける。
職員に『地味だ』と呼ばれた仕事は、『モンスターの生態調査』だ。対象を観察するが戦闘せず、(街の住人の)目に見える成果を持ち帰らないため冒険者の名声とは縁遠い仕事だった。
女性は苦笑いしながら返す。
「興味と稼ぎを両立させられる貴重な仕事ですからね」
「ふ~ん…?そんな恰好をしているが嬢ちゃんは魔法使いなんだろ?魔法が使えるならいろんなチームから引く手あまただろうに…」
男性職員は女性の腰に刺さった、30cm程の杖を指さす。それは小型ながら魔法使いが使用する杖に他ならなかった。
「お金に困ったときはそうさせてもらってますよ。でも私がやりたいことはモンスターを狩ることではないですから」
「ふ~ん?」
女性は差し出された報酬をささっと袋に詰める。
「では。失礼します」
「またどうぞ~」
彼女は冒険者組合を出ると、別のブロックに向かう。そのブロックはおよそ半分を学園が占めていることから通称『学園区画』と呼ばれている。そして彼女は迷うことなく学園に入っていき、その中のある建物に入っていった。
この女性、名前はソラヤ・ハマール。若くして学園の魔法科で教授まで上り詰めた才媛だった。
彼女の研究主題は『無詠唱魔法理論』。人間の魔法使いは一般的に呪文を用いて魔法を発動させる。無詠唱での魔法使いも少数いるが、とても珍しい。何故『無詠唱』で魔法が発動できるのか。それを解き明かそうと彼女は頑張ってきた。
彼女が研究を始めるよりずっと古くから『無詠唱』に関する研究は多く行われてきていた。その研究の多くは『人間の無詠唱』に注目したたものだった。そして散々研究され『良く分からない』ということがわかっている分野だったのだ。そんな分野で彼女は『人間』ではなく無詠唱で魔法を行使する『モンスター』に目を付け研究を始めた。
元々『無詠唱』の研究目的は『人間』が無詠唱で魔法を使えるようになる事だった。そのため研究対象は『人間の無詠唱魔法使い』に限定されていた。しかし彼女は人間で無詠唱な者は少数なのに対して魔法を使うモンスターなら100%が無詠唱な事に疑問を持っていた。そして研究を始め、彼女は一定の成果を収め、その実力が評価され教授の肩書を得たのだった。
廊下を歩き研究室へ向かっていると、いかにも魔術師といった感じの格好をした壮年の男性が数人の若い男女を伴ってやってきた。
「おや?これはこれは、ソラヤ教授。くっくっく。今日も研究費を稼ぎに行かれたのですか?」
「「「(くすくすくす)」」」
「どうも。アクバル教授。えぇ。おっしゃる通りです。低予算な研究室の辛いところです」
「はは。それは大変ですな。どうです?予算をつけてもらえるように研究内容を変更なさるというのは?いや、いっそのこと冒険者として活躍なされたほうがよろしいのでは?」
若くして教授となった彼女を妬む研究者は多い。このアクバル教授もその1人だった。
魔法研究について領主が出資する事もあるが、そのほとんどを出資しているのはリベリオン王国だ。そして研究費を受け取るためには、出資者の興味ある研究でないといけない。そうなってくると研究分野は必然的に限られる。出資額の大きい順に
①集団規模で取り扱う攻撃・防御魔法の『開発』又は『改修』
②個人規模で取り扱う攻撃・防御魔法の『開発』又は『改修』
③その他
となっている。①+②で全体の90%以上を占める。彼女の研究は③に分類されている。そしてアクバル教授の研究は②に分類されているが、成果があまり伴っていないため最近は予算を削られているところだった。(それでもソラヤの研究室の4倍以上あるのだが…)
ソラヤの研究は魔法学的に凄い内容であるため、学園で魔法学の観点から全体を俯瞰する視点を持つ者…例えば学園の魔法科長などからの受けがいい。しかし残念なことに技術的に未完成なものであることや出資者の関心が薄いことなどが原因で史研究資金を十分に受けられなかった。
モンスターが魔法を扱える理由は、その体内に魔力を流し込むと特定の魔法を発現させる器官が存在することが原因だった。そしてその器官を真似た装置を製作すると、ただ魔力を流し込むだけで魔法が発動する魔道具が出来上がった。
しかしその魔道具は魔力効率が悪く、普通に呪文を唱えた方が消費魔力が少なく効果が高いという結果だった。また『無詠唱』ではある事に違いはないが…魔道具ごとに扱える魔法が決まっており、扱う魔法ごとに道具を持ち変えなくてはならないという問題を抱えていた。そして何より『新たな魔道具』の作成には成功していても『無詠唱』の解明には至っていないことが大きかった。
そういったことにさらに幾つかの事情が重なり、彼女の研究室は存続を認められても予算を分配してもらえない状況にあるのだった。
「…親切な助言感謝しますが、これが私の研究ですので。失礼します」
「…ちっ」
アクバルは聞こえるように舌打ちをする。ソラヤは急ぎ足でその場を去った。
ソラヤは研究室に向かいそのまま自分の机まで行き、荒々しく椅子に座る。
(あー…あの手の嫌味は聞き慣れたと思ったのに…やっぱり腹立たしい…)
―パンパンッ
彼女は顔を叩き自分に活を入れる。
「考えたって仕方ないっ。今日の観察を資料に残しますか」
机の引き出しを開けインク壺・羽ペンを取り出し机に置く。カバンから紙のメモを取り出す。冒険者の仕事中に観察したことは炭を使って紙にメモを残した。この炭で書くこの方法は紙同士がこすれ合うと簡単に読めなくなってしまう。だから出来るだけ急いでインクで清書してやる必要がある。
一通り書き写す準備ができてから、羽ペンをインク壺に入れて取り出す。10文字も書き進まないうちにインクが切れてインク壺にペンを戻す。そしてまた10文字も書かないうちに文字がかすれる。
「あー…そういえば、このペンも長いのよね」
ペンの先二股に分かれた部分を眺めると先端が変な削れ方をして、さらに股の間隔が広くなりインクが流れ易くなっていることがわかる。
「はぁ…こんなところにも出費が…出資してくれる人どこかにいないかなぁ…」
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内戦が終了した翌日。戦地から遠いルブアではいつもと変りない時間が流れていた。
―ドタドタドタ!
ルブアの領主の館の廊下を走る者がいた。その者は文官が多い領主の館には珍しい防具や武装を身に着けた兵士だった。その者は領主の執務室前まで走ってやってくると、少し乱暴にノックした。
―コンコン!
すぐに入室許可が出たので急いで中へ。
「アサド様!」
アサドは机に積み上げられた書類に目を通し、サインを書いている途中だった。顔は書類に向けたまま目線だけで入ってきた者を確認する。
「どうした。騒がしい」
不審者ではないことを確認しアサドは目線を書類に戻す。大量の未処理な書類が山を作っているのだ。一刻の時間も惜しい。
じつは約1年前から出回りだしたボールペンとコピー用紙。これらはルブアの行政に少し変化をもたらしていた。書類作成にかかる時間が大幅に削減され、事務手続きにかかる時間が短縮された。さらにこれまで最低限しか報告書を上げてこなかった者(主に軍人)もきちんと書類を作るようになった。なんでも「手が汚れず手軽に書類が作れるようになった」とのことで、面倒臭がりな者もきちんと書類を書くようになったのだとか。
「報告です!アレーシャ様がご帰還なさいました!」
「………は?。アレーシャが戦況を知らせるために早馬に乗ってきたのか?」
「いえっ。派遣隊の皆様を連れられて帰還なさいました」
(???…それは伝令の早馬より速くアレーシャが部隊を連れて帰ってきたということか?)
アサドは戦況を知るために間諜を民間のキャラバンに潜り込ませていた。領主として戦況を監視し戦況次第では増援を送るつもりでいた(危険な状況であればアレーシャを逃がすように、という指示も出ていたりした…)。その間諜らの報告ではまだ陣地を布陣し終わったというところまでしか報告が来ていなかった。このため、良く状況を呑み込めなかった。
―パタパタパタ
再び執務室にめがけて走ってくる音がする。今度は足音が軽い。
―バンッ!
今度はノックすらなく勢いよく扉が開かれた。
「あなた!アレーシャちゃんよ!帰ってきたわ!!」
アサドの妻でアレーシャの母、ハスナだった。
(???)
大変慌てたハスナの要領を得ない報告はアサドの困惑を深めるだけに終わった。
少ししてアレーシャとヒシャムが執務室にやってきた。アサドは内戦を経験して長い距離を行軍(しかも相当な強行軍)して帰ってきたところだから疲れているのだろうと思ったが、そうではなかった。アレーシャはとても興奮したようすで開口一番こう言い放った。
「領主様(*)!神の世界を見てきました!」(アレーシャ)(*公務中のためこう呼んだ)
この一言にはその場で報告を受けたアサドとハスナ、それにアレーシャの隣に居たヒシャムも脱力した。
「あの、アレーシャ様。そのことも重要ですが、まずは内戦について報告されるべきかと…」(ヒシャム)
「あっ…」
出鼻はくじかれたが、その後は普通に報告が行われた。そして、内戦に関する報告の後に驚くことが報告された。
「神の世界か…」(アサド)
「はい。そのおかげでこれだけ早く帰還することがかないました」(アレーシャ)
アレーシャたちはイシダの領を通って帰ってきたのだった。ゲートでどこにでも出入口を作れる石田の領は戦場でアレーシャ達を領に入れ、次にルブアに出入口を移動させてルブアへと帰還した。
石田の領を見たアレーシャたちは見たことのないモノが沢山あり、幻想的(所々霧に覆われるている件)で美しい(開発が進んでおらず緑が豊富な)景色に感動したのだった。
「アレーシャちゃん。大丈夫?疲れてない?」(ハスナ)
「大丈夫です。私は正常です。ここ居るヒシャムも同じ経験をしました。夢ではありません」
「えぇ。ハスナ様。私や派遣隊の皆が経験しております」(ヒシャム)
「ふむ」(アサド)
アサドは少し考え込む。
(ヒシャムまでそういうなら、まず間違いはない。それに、伝令の早馬より早く帰還したことの説明がつかない。…そういえば、アレーシャの初仕事の時からイシダ殿の事を『神ではないか』と言っていたな…。これは…ひょっとするのか?)
「アレーシャ。私も『神の世界』を見てみたいと思うのだが、可能だろうか?」(アサド)
「はい。王都で開かれる戦後会議への往復をお願いしたところ許可いただきました」(アレーシャ)
「分かった。その際確認するとしよう。…ところで、戦後会議の開催はいつだ?」
アサドが問いかけると、アレーシャがこわばった。恐る恐る言葉にする。
「え…と、その…今日から7日後だと伺ってます…」
「はぁー…」
(また、あの連中は…)
戦争に勝ったなら『祝勝会議』だが、今回は横やりで引き分けの結果に終わったので『戦後会議』なのだろう。通常の『祝勝会議』ではそれぞれの戦果の報告と、王からの褒美の下賜が行われる。その会議が7日後。アレーシャが普通に帰ってきたなら1週間以上はかかるし、その後アサドが色々準備して王都へ向かうのに5日はかかるだろう。
(戦後会議を欠席させて、報酬を減額させるつもりだな。毎回毎回…姑息なことを…。如何してやろうか?)
アサドが険しい顔で考えを巡らせていると、アレーシャがますます縮こまった。
―ポンっ!
ハスナがアサドの頭を軽く叩いた。
「こら。アレーシャちゃんが怯えてるじゃない」
「ん?あ、あぁ。すまない。この件は王や貴族連中に非がある。経験的におそらく…会議の日程は一方的に通知されただけだろう?」
「…はい」
アレーシャはこの通達を受けた際に抗議した。しかし全く取り合ってもらえなかった。力及ばず無理な指示を持ち帰るしかできなかった事を責められるかと委縮していた。しかしアサドは理解を示してくれ、少し安心する。
「ふむ。それで急ぎ帰らねばならなかったわけか…。むしろ良くやった」
アサドが机の引き出しを開け紙を探す。そしてある紙を見つけ取り出した。
「イシダ殿との今回の契約は………そうか。こうなっているのか。…これなら…そうだな。名目は『兵員輸送』で(短縮した日数)×(基本手当)×(1.1)を特別手当として支払うとしよう」
アサドはメモ用紙に走り書きをして契約書と一緒にして机の隅にある空の箱に入れる。その箱には『重要度:高』と書いてあった。
「さて、そうか…しかし、会議で主張する派遣隊の手柄は…どうするか…」
「あ、それについてはこれをイシダ殿より預かってます」
アレーシャはA4の紙の束を渡す。アサドはそれを受け取りパラパラと目を通す。
「ふむ…これは…」
アサドの目が怪しく光った。
う~…インフルエンザワクチンを接種したんですけど…
ワクチンで免疫が疲れた所に最近の冷え込み。
風邪ひきました。…orz
皆さんも体調にはお気をつけてお過ごしください。




