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治療活動を終えたその日の夜。時刻は2100時。イシダの領の領主の館、石田の自室。疲れ果てた石田はベッドに倒れ込む。
「あー…疲れた」
時刻からわかる通り、長時間労働という訳ではない。見慣れない土地、初めての戦争、生々しい負傷者の傷。気が付けば体に力が入り不要な疲労を重ねていた。本来なら宿営地の司令天幕で寝袋を使って寝る予定だったが疲労がひどく、安心して寝られるこちらで寝ることにしたのだった。
「はぁ…。ユニットたちの活躍する場所…という意味では戦場が良いんだけど…。俺の精神衛生が…」
FPSゲームでけが人が出ることなんてない。だが、現実の戦場は地獄だった。甘く考えていたわけではない。それなりに覚悟してはきたおかげで宿営地では取り乱さなかった。だが、やはりこの疲労だけはどうにもならない。
しばらくベッドに倒れ込んだままゆっくりして、おもむろに起き上がる。
「よしっ!疲れちゃいるが、明日の事もある。少しでも状況を整理しておくか」
タブレットを取り出して、メモを作る。
1.治療者数が約850人。軍医の解放まで約150人足りない。
2.この世界の戦争はレベルが低い。
3.しかし戦争技術は発展中であり魔法技術など予測不能な要素があり油断できない。
4.材津、浦風開発の魔法検出技術の試験を行う。
5.森の中がおかしい?
「こんなところだな」
1と2については言うことは無い。書いたそのままの事だった。
3については今日見た魔法が原因だった。大量の負傷者を運んでくる魔法使い。何が恐ろしいかというと、大量の負傷者を運んでいるにもかかわらずその魔法使いは重たそうなそぶりをしていなかった。おそらく重量の負荷がかかっていないのだろう。
(術者やその周辺に重量の負荷がかからないってことは…空飛ぶ航空母艦とかできんのか!?)
仕組みはこうだ。空母の前に飛行艇…例えばUS-2などを浮かべる。そして飛行艇内の魔法使いが空母を持ち上げる。そしてそのまま飛行艇が飛び立てば…飛行する航空母艦の出来上がりだ。
もちろんこの空想には穴がある。まずフロートボードで浮かせられる重量には制限がある。どうあがいても空母を持ち上げられるような魔法ではない。仮に持ち上げられるとしても問題は山積みだ。まず『フロートボード』は、見えない板を作り出す魔法だ。当然平らな板に船を乗せようものなら横転してしまうだろう(船底の形状によっては可能か?)。その問題を解決したとしても空母が航空機の飛行速度で空を飛べば、空母に吹き付ける風がやばいことになる。甲板の上には船体によって乱された、『航空機が飛べる』ほどの風が吹き荒れることになる。作業するために甲板に人が立とうものなら吹き飛ばされるし、航空機も荒れる風によって離陸どころではなくなってしまう。
…のだが、やはり空中空母というのは一つのロマンだった。
(うん。あの魔法について情報を集めなくてはならないな)
次に4について。これはロックリザードの皮から発見した魔力に反応する物質を利用して材津と浦風が開発した。
新発見の原子は『ロックリザリウム』と命名され、これを含み魔力に反応する分子を『RL(Rock Lizard)分子』と命名した。この分子は面白いことに魔力を受けるとRL分子達の間で引き合う力が発生する。しかも特定方向へ引力が増大し、立体構造を形成することが分かった。2人はこの分子を直線状に等間隔で配置することに成功。魔力を受けるとRL分子間の引力が高まり、収縮する素材を開発した。
ちょうどいいので少し彼女らの開発秘話をご紹介しよう。
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(ルブアにて、RL分子発見から約6か月のある日)
「やったぁ!!や~っとできた!」(浦風)
「やった!やりましたね!」(材津)
石田の領の研究室にて2人は抱き合う。2人の前にはディスプレイがあり、電子顕微鏡の検出結果が映し出されている。
さらに2人の周りではそれぞれをデフォルメしたような見た目の妖精たちが居る。この妖精たちも同じように周囲の妖精達と成功を喜びあっている。その中に不思議なゴムの周りで踊る妖精たちがいた。
彼女らが開発した第1号の魔力検出素材はRL分子を均一な分布でゴムの生地に分布させたもの。魔力を受けるとRL分子間の引力が高まり、RL分子同士が近づきゴムが収縮する。妖精たちが踊っているゴムとは、この魔法を検出する素材なのだった。
「後は、これを作るだけじゃね!」
浦風が設計図を取り出す。ザックリ解説すると、ゴムでシーソーの一端を引っ張らせ魔力を検出するとシーソーが動くようにする。そしてシーソーの反対側を圧力センサーに接触させ引っ張る力を計測するような構造だった。
「早速取り掛かりましょう!」
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(3日後)
「ファティちゃん。今日はよろしく頼むね」(浦風)
「うむ。任せるのじゃ」(ファティ)
浦風たちはルブアの街の外、砂漠にいた。魔力検出装置(試作)を完成させ、その動作テストを行うことになった。一応研究を手伝ってもらった妖精たちを相手に動作テストを実施し良好な結果を出していたのでファティの魔力を測ってみたいという意図もあった。
「ところでその検出装置というのはどれじゃ?」(ファティ)
「はい。こちらです」(材津)
材津が検出装置を取り出す。四角い箱状の形で、その箱の表面には液晶ディスプレイと電源スイッチが取り付けられている。
「ほほぅ。これが……しかし、これはどんな仕組みなんじゃ?」
「それはですね…」
材津が例のゴムを出して解説する。
「ほほぉ~…面白いことを考えるのぅ」
「まぁね。うちらは魔力って言われても、感じられんし扱えんけんね」(浦風)
「えぇ。おかげで、ギガントロックリザードとの戦闘ではヘリが落とされてしまうかも…という危険がありましたからね」(材津)
初めてギガントロックリザードと戦った時、火球の魔法がヘリに直撃しヘリを護るフィールドを削った。幸いその時は火球の速度が遅いことなどがあり、以降被弾することなく討伐できたが今後もそうだとは限らない。
ヘリの操縦席から見える視界は前方に限られる。機体などが邪魔をして直下や後方といった方角は確認できない。石田を含めユニットたちは魔法の発動を感知できないため、死角から飛んでくる魔法には反応できない。だから、ミサイル警報装置のようなものを作る必要に迫られたのだった。
ファティはその話を聞き少し影のある顔になる。この技術についてドラゴンのファティは異なる受け止め方をした。
「…凄いのぅ。出来んからと言って諦めず他の解決方法を探る…。お主らが空を飛ぶのも納得じゃのぅ」
ファティはドラゴンの中でもアースドラゴンという種族だ。アースドラゴンは高い防御力、地中を移動する能力を持つ反面空が飛べない。しかし彼女はそんな種族にあって空を飛びたいと努力してきた。同族は飛べないことを受け入れた者たちばかりで、それを眺めるファティはとてももどかしい気持ちだった。
「?」
「…ん~…そう…なん?よく分からんけど、まぁええね。とりあえず、ファティちゃん。お願い」
浦風がファティに魔法を使うようにお願いする。依頼されたファティはどこかさっぱりとした顔つきになると、両手を腰に胸を張り答えた。
「うむ。吾輩の全力をもって手伝うとしよう!」
「「おお~…!」」
「では参る!」
ファティの体が輝き、人間のサイズのままドラゴンに姿が変わっていった。ファティは全力で協力するために、ドラゴンの形態に戻ろうとしているのだった。
「おぉ…!!」
「凄いです!」
ファティが輝いた瞬間から、検出装置の数値がぐっと高まる。ファティがドラゴンの姿に近づくにつれて、さらに数値は高まっていき…とあるキリの良い数字で動かなくなる。
「ふっふっふ。まだまだじゃ!」
「あっ…ちょ…」
「ファティちゃん!ちょっと…!!」
―パキンッ!
検出装置からプラスチックが割れる音が響いた。それと同時にディスプレイの表示が0になる。
「「あっ…」」
「ん?…今の音はなんじゃ?」
ファティの魔力は規格外だった。
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(はは。あの後はしばらく魔力検出素材を作るために、ロックリザードの皮が必要ってんで…追いかけまわす日々が続いたっけか…)
その後、色々な試行錯誤が続いた。ファティの魔力の大きさに対応させると人の魔法に反応しなくなったり、同じ魔法でも発動する術者によって計測値が変わったり、検出する位置によって値が変わる…と様々な問題にぶつかる。
素材を見直したり構造を変更したりして、ようやく何とか広い範囲の魔力の大きさを1つの検出器で検出できるようになった。
(何とかモノになった魔力検出装置。だがまだいろいろと問題を抱えてるって話だったな。例えば魔力は金属を透過するという問題。このおかげで魔力を検知することは出来てもその方向まではわからず、ミサイル警報装置のような機能を期待することができないんだったな)
実際の戦場で動かしていろいろとデータを集めたいとの申し出があったので、明日は魔力検出装置を動かすことになった。
そして最後の5は少し危険な内容だった。宿営地から敵陣に向いたとき右側に山がある。その麓から広がる森の中の様子がおかしいという。この報告は2つの情報源からの得られた。
片方は、実際山を登ったリコネンス姉妹。山の中で人の活動痕跡を見つけたらしい。森の中は基本的に魔獣との遭遇リスクが高く、目的無くうろつくことはあまりない。その中にあってその人物は狩りを行い、その死骸を宿営地の方へ引っ張り放置するという活動を行っている。
そしてもう片方の情報源は、本日飛ばしたUAVからだった。本日のUAVは時々ファティの操縦で飛行した。この時、目的の上空だけでなく、少し遠く離れた場所まで飛行することがあった。この際たまたま映り込んだ森の中の映像で王軍の宿営地に向かって移動する肉食の魔獣が確認されていた。
まぁ、すぐにどうのこうのということは無いが、一応警戒した方が良いだろうということになった。
石田はいろいろと思い出しながら一通りメモに追記を書き込んだ。
「ふぁ~…眠い。寝よう…」
こうして夜は更けていった。
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翌朝。宿営地でファティを含め全員で朝食をとっていると、昨日の4人がやってきた。ただその様子は先日と大きく異なっていた。
「「「「おはようございます!」」」」
「?!…おはようございます」
昨日はユニットたちを娼婦だと決めつけて話しかけてきたし、何より喧嘩別れになっていたので、石田達は警戒していた。だが、彼らは真剣な顔つきで近づいてくると開口一番、あいさつをしてきた。
困惑する石田にその4人はまず頭を下げた。
「昨日は失礼しました!」
「ホント俺たち粋がってました!」
彼らの声を聞きつけてクルスーム領の兵士らが集まってくる。
「それで…その、謝罪と…あとお礼を言いに来ました!」
「…は?」
なんでも4人の内2人が昨日瀕死の状態、1人が軽傷で治療院へ運ばれたそうだ。そして、そこでナイチンゲールの治療を受け、回復したのだという。
「本当に助かりました」
「あと、手前勝手な話で申し訳ないんすけど、今日も又昨日と同じように治療院に立ってもらえませんか?」
「俺たち、今日も前線で仕事しなくちゃならんのです。多分昨日と同じような結果になると思うんすよ」
「だからせめてケガしても大丈夫って安心感が欲しいんすよ」
「「「「お願いします!」」」」
4人は断られるのが怖いのか、一気にまくしたてる。
「え~と…今日も特に指示とかない限りは治療させてもらおうと思ってますよ」
「ホントですか!?」
「良かったぁ~…」
「ありがとうございます!」
「これで憂いなく戦えます!」
「では、我々は失礼します!」
「「「失礼します!」」」
4人は石田達に敬礼して、来た道を戻っていった。
(あぁ、そうか。懐かしいな…)
石田はFPS時代を思い出していた。膠着する戦場。通路を挟んだにらみ合い。それは決して静かなものではなく、銃弾が飛び交い手りゅう弾が炸裂する激しいものだった。
そういった環境で重要なのは回復役の存在。突撃を仕掛けても治療してくれる仲間がいる。仲間を信じて通路を超えて突撃できた。
(そうだな。彼らのためにも頑張ろう…でも…)
昨日同様なら本日も戦闘中はジボンらの監視が付く。現在の天幕を設置している周辺から動くことは難しく、彼らが負傷するタイミングによっては治療できない。
(…まずい。安請け合いしてしまったな…)
とはいえ彼らは帰って行ってしまったし、今更どうしようもない。頭を抱えながら朝食に戻った。




