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バーンハード達がルブアを出立してから3ヶ月ほどたった。銭湯の開業を目指しながら、手の空いたもので冒険者として活動しながら日々の活動資金を集めた。そして銭湯が開業したのはつい1ヶ月ほど前。領主の館の改装がわずか数日で終わるのに、銭湯の建設には2ヶ月ほどの時間が必要となってしまった。なぜこんなにも時間がかかってしまったのか…。それは単に技術不足が問題だった。
例えば発電機。ゲーム時代、太陽熱発電は存在しなかった。このため本来なら1から作る必要があるのだが…楽をしようとした。箱庭ゲームモードの建築物に火力発電所があるので、その火力発電所のタービンを流用しようとした。しかし…火力発電所で発生させる熱量に比べて集めた太陽光の熱量は少なかった。このためタービンの回転が遅く、十分な発電量が得られなかった。結局色々と見直して簡略化と小型化することで十分な回転数を確保し、必要な発電量を確保した。
この3ヶ月の間に様々な取り組みをしたおかげで3人のユニットが解放された。
八木響
陸軍通信隊。『通信隊所属』となっているが、電波技術の専門家と考えた方が適切だ。前線で電子戦を行ったり、レーダーも運用してしまえるという。雨雲レーダーを動かして気象観測も出来る。
伊良湖若菜
海軍補給科給養員。調理を専門的に行い、他のユニット達の体調を整える。基地や艦船に配置すると各種能力向上効果をもたらす。
伊集院麻美
陸軍情報科情報処理隊。情報の処理を専門に行い、そこから必要な情報を掬い取る能力にたけている。各種情報から敵の位置を素早く割り出し、部隊にリアルタイムで情報を提供する。
ユニットが増えたおかげで活動は楽になった。しかし、それとは別に現在とある問題を抱えていた。
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太陽も傾いてややオレンジ色に照らされ始めたルブアの街並み。石田はそれをボーと眺めながら、銭湯の正面玄関脇に立っている。
「おーっす。今日も来たぜ!」
「あっ!アノーアさん、今日もご利用ありがとうございます!」
「おう。やっぱ一日汗かいた後は風呂だな!」
アノーアと冒険者チーム「ワイルダーネス」の仲間4人が銭湯に入っていった。石田はクリップボードに挟まれた紙に『正』の字を書き込む。
(冒険者が5人…ってか、知り合いが5人って感じだなぁ…)
石田が今やっているのは利用者の情報を集める作業だった。ボードに挟まっている紙には男の欄と女の欄があり、それぞれに『冒険者』『軍人』『軍人家族』『下水処理施設職員』『下水処理施設職員 の家族』『その他』の5つの項目があった。
少しすると今度は大人2人、子供3人の家族がやってきた。
「こんにちわ~」
「あっ。こんにちわ。ご利用ありがとうございます」
(お、あの男性は下水処理施設の作業服だ…『下水処理施設職員』1人と『下水処理施設職員の家族』4人だな)
再び紙に『正』の字を書き込む。
銭湯の中から声が響いた。
『ご利用ありがとうございました~!』
銭湯から1人の男が出てきた。男が新たにやってきた家族連れの男性に声をかけた。
「おっ。ジュドは家族で風呂か」
「あっ、先輩。そうなんすよ。こないだ話したらみんな入ってみたいっていうもんですから」
「家族の理解があっていいなー…うちの嫁さんなんか『臭い!風呂に入ってから帰ってこい!』だぜ…」
「はは。でも帰ってから嫌な顔されなくなったって言ってたなじゃないすか。…そだ、風呂前で待ち合わせて…ついでに夜はどこか店で食事して奥さんを労ってあげたらいいんじゃないすか?」
「う~ん…それもそうだなぁ…ま、考えてみるわ。お先」
「お疲れ様で~す」
男は街の方へ歩いていった。ジュドと呼ばれた男は石田に向き直り話しかけてきた。
「すいません。嫁と娘は初めて利用するんですけど…」
「あっ。はい。案内を呼びますね、少々お待ちください」
銭湯の男湯の入口から中に声をかける。
「マハさ~ん。新規さんの案内お願いします」
『は~い。すぐ行くよ~』
銭湯の正面には入口が2つある。それぞれ男湯と女湯の入口だ。入口にはそれぞれ『男』『女』と書かれた暖簾が垂れ下がっている。それぞれ暖簾をくぐると横に延びる廊下になっていて、廊下を行くと脱衣所へとつながっている。脱衣所の入口に受付があり、男湯では男性職員が、女湯では女性職員がそれぞれ対応するようになっている。脱衣所の奥には浴室がある。
女性側の暖簾をくぐってフォックス族の女性が現れる。マハは見た感じ50代(実年齢は聞いてない)で、世話焼きな性格をしている。ちょうど今受付の当番をしているところだった。
「マハさん。こちらの女性達の案内をお願いします」
「はい。では、どうぞこちらへ~」
お客さん達は全員銭湯の中に入っていった。
石田は手元の紙を眺める。
(ふ~…やっぱり、利用者が足りないなぁ~…)
男性の欄への書き込みが圧倒的に多く、今日の女性の利用者は今の2人が初めてだった。しかも利用者はアノーア達を除けば全員軍人だった。
(これが意味するところは…銭湯の知名度が足りないってことだよなぁ…)
まだ開店して1ヶ月。新聞やTVといった情報伝達手段に乏しいこのルブアでは、仕方のないことだった。
(そりゃさ、「開店した、大繁盛した、ボロ儲けウハウハ!」とはならないことぐらいわかってたけど…こんなにしょっぱい結果になるとはなぁ…)
この1ヶ月、売り上げから運転経費を諸々引いたらわずかな赤字になる。即刻倒産とはならないが…初期投資の回収は無理っぽいし、このままではフォックス族に自活してもらう計画が危うい。
石田の目標は、石田の領にかかっている制限をすべて取り払うこと。その過程で領内の環境を整備する必要があったり、領外から足りない資源を持ち込んだりする必要があることがわかっている。ルブアで地道に稼いで少しづついろいろと集めてもいいが…この領は物価が高い(らしい)からここで活動し続けるのはあまり望ましいようには思えない。せっかくゲートを使っていろいろな場所に簡単に飛べるのだから、それぞれ安い場所を探してそういった場所から直接買い付けた方が良いと思っている。
(彼らを連れていければいいのだけど…赤ちゃんもいる。ゲーム時代の領関係者なら領へ出入り出来て、安心して休める場所がある。でも彼らは領に入ることができないから常に知らない場所で心休まらない日々を送ることになる…。ってことはやっぱり彼らにはここで生活の基盤を用意してあげなくちゃなぁ…)
フォックス族の中でも若い人は職を得ていた。冒険者として活動したり、商店で働いたりしている。だが年を取った人や、赤ちゃんを抱えたフィルは難しかった。
(あ~…せめて医療関係者が解放されて彼らを領へと呼べるようになると助かるんだけどな~…それは難しいし…)
うだうだと考えながら利用者の情報を集め続けた。
太陽が沈み地平線の空が赤く輝いている頃、見知った顔がやってきた。
「おっす。儲かってるか~?」
ルブアの衛兵、アディだった。大きな商店に生まれ育った彼はとても世渡りがうまい。ルブアに着て間もないころ、アディの方から話しかけてきて知り合った。
「…ぼちぼちでんな~」
「おー…ぼちぼちでも儲かってるならいいじゃん」
アディはとてもいい笑顔で返してきた。が、この返しに石田は違和感を覚えた。
「ん?あ…ごめん。掛け合いだと思った」
そう。石田はアディの声掛けを別の意味で受け取ってしまった。
「んん?掛け合い?」
「あ~…俺の出身地では商人同士の挨拶で『儲かりまっか~?』『ぼちぼちでんな~』っていうのがあってね…」
「あぁ。それでそいつだと思ったわけだ。……じゃあ、掛け合いだから『ぼちぼち』って答えたってことはどっちなんだ?」
石田はしばし口を閉じる。どう答えるべきかを悩む。
「…………………………赤字だ」
「おぉぉぉいっ!大丈夫か?!」
「額は大きくないからしばらくは何とかなると思うが…正直マズイ…」
「…まじか…俺にできることあるか?」
実はアディ、銭湯を建設している頃に衛兵をやめて銭湯で働きたいと打診してきたことがあった。銭湯の稼ぎは基本的にフォックス族の者たちにと考えていたし、どれだけ稼げるか自信がなかった(現に現在稼ぎが少なくて困ってる)。そのため断った。
なぜ彼は安定した今の衛兵をやめてそんな危険なことをしようとしたのか。それは単純な理由だった。彼はフォックス族の女性、フィルに恋をしている。一緒の職場で働いて少しでも交流の機会を得たいとの事だった。
銭湯が完成してからは毎日のように風呂に入りに来ている常連だが…まぁ、その目的も多分フィルだ。ただ女性スタッフは女性側を担当してもらうことになっているから…彼の努力が実るような機会は訪れそうになかった。
ちなみに、彼にそのフィルと会話できる機会を提供したこともあった。が、以外にも彼はガチガチに緊張した上、言葉が少なくなってしまって会話が続かない様子だった。機会があっても彼はフィルと仲良くなれるのかは…分からなかった。
「う~ん…分からない。利用者をいろいろと眺めてみてたんだけど…軍人さんが中心で、冒険者の知り合いとかしか使う人がいないんだよね…。多分この銭湯の知名度が足りないっぽいんだよねぇ…」
「あ~…確かに。街でも話題になってないしな。…あと立地がな。この辺は人の往来がほぼ無い場所だしな…」
そう、銭湯は街のはずれにあり、凄いニオイをばらまく下水処理場に最も近い建物となってしまっている。ただし下水処理場からは少し距離があり、下水のニオイが漂ってくることは無い。
人の往来がほとんどないというのも正しい。銭湯前の道を通る人は下水処理場に用がある人ばかり。彼らは下水を馬車などに乗せ運ぶ。水は非常に重たい荷物だ。ルブアは砂漠で暑い。その中で力仕事をする彼らは気温が上がり切る前に仕事を終わらせるようだ。昼を過ぎると店の前を通る人はほぼいなくなる。
「…やっぱりかぁ…」
薄々分かっていただが、他人からはっきりと指摘されるとやっぱりショックだった。石田が目に見えて落ち込む。アディは手を顎に当て少し考え込むと、いい笑顔になる。
「フフ。俺にいいアイディアがあるぜ」




