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(バーンハード視点)
イシダに馬車の改造を依頼してからルブアに引き返した。
「バーンハードさん。なんであのトラックを売ってくれって交渉しなかったんですか?」
宿に向かって歩いていると、ベノイがそう質問してきた。ベノイは俺の部下で、俺が抜けた後は隊商のボスとして活動してほしいと思っている。隊商のルールや運営していくための諸々、経由地の様々な文化など多岐にわたって優秀な働きをしてくれる。組織をまとめる、動かすということについてこいつは非常に優秀だ。だが、商人としての視点でこいつを見ると…まだまだ足りないものが多すぎた。
「お前はあれを見てどう思った?」
ベノイを試すように、質問に対して別の質問で返した。
「へ?…あれがあれば便利だなーとかですかね?移動時間が短く済むので…あ、そうしたら商人たちのために用意している食料や水が少なく済みますね。そうしたら、空いた分の馬車に各地の特産物を乗せて稼げますね」
「はぁ…まぁ、それは正しいな」
そう。こいつは優秀だ。隊商の全員分ほどのトラックを用意できればこいつが言うことはその通りになるだろう。
「ですよね?あれがあれば…あ!傷みやすいものも運搬してしまえるから…」
「待て待て待て」
ホント。こういう所は優秀だ。だが、こいつの世界は隊商の中で完結してしまっているように思う。
「あれを商売に使うならいろいろな用途があるだろう。だが…使用する先が商売だけだと思うか?」
「…えっと?…物を運ぶ以外に使い方があるんですか?」
「物を運ぶのは俺たち商人だけじゃないぞ?具体的には今回あいつらの依頼主を思い出してみろ」
そう。こいつは見ていたはずなんだ。ルブア軍の一団を乗せて帰ってきたあのトラックを。
「…あ」
「そうだ。軍隊もあれを使うことになるだろう。お前が軍のお偉いさんだとしてあれをどう使う?」
「…そうですね。荷物を運び兵站としても使えますが…最近発明された臼砲を乗せて運用すれば絶大な威力を発揮しそうですね」
(臼砲 : 大砲の一種。大砲の中で砲身が短いものを指す。大砲と臼砲を分ける定義は存在しない。ただ一般的には砲身が口径の20倍程度(これを20口径長と表現する)までのものを指すとされる)
「あぁ。間違いない。これまでとは戦争のあり方が変わるだろう。…ということは野心あふれる国がそれを使う俺たちを見逃すはずがねぇ…」
「…はっ!」
世界を旅した経験から言うと野心にあふれる国というのは意外と多い。ちんけな理由から切実な理由まで、その野心を抱く事情は様々だが多くの国が野心を持っている。当然、隊商の通る国の中にもそういった国がある。
「国に狙われたらさすがに俺らもどうしようもない。だから、そんな危険は冒す気にならなかったって話だ」
「…なるほど。納得しました」
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(アノーア視点)
最近、周囲の反応が変わった。飲食店に入っても嫌な顔をされなくなった。話しかけたとき、意図的に話を短く切り上げられなくなった。そして何より、交友の幅が広がった。
もともと俺たちの交友の幅は冒険者に関連する範囲に限定されていた。それが最近ではいろいろな職業の人と話が出来るようになった。
わかりやすい出来事は…そうだな、服屋の店主なんかがわかりやすいな。俺たちがイシダからもらった服は1着だけだ。身だしなみを整えることでこんなにも反応が変わる事を知った俺たちは、もう数着ほどきちんとした服を用意したくなったんだ。で、これまでは入る事も躊躇われたちょっとお高い、オシャレな服屋に行くことにしたんだ。当然その店にはイシダからもらった服を着て行った。
店に入って少しの間物色していると、店の奥からやってきた男に話しかけられたんだ。驚いたことに「どんな服をお探しですか?」って話しかけてきた。正直流行に疎かった俺たちとしてはとても助かった。いろいろな服を紹介してもらいながら好みの服を探して、ほんといい買い物ができたぜ。で、その対応してくれた人ってのがその店の店主さんだったんだ。どうやら店主さんは俺たちの着ている服に興味を持ったようで人おとり商品を選び終えたあたりで俺たちの服の話になったんだ。
俺たちが来ていた服は、イシダからもらったもので、体のラインが出るような服だった。店主曰く、そういった服は王都の貴族様たちが集まるような社交の場でなら時々見られるんだそうだ。逆に言うとそういった場所以外ではあまり見られない。体に布がまとわりついて動きが制限されるため、私生活でそういった服を着るような人間はいないって話だった。…あぁそう、だからダンスパーティーとかの場には着ていくような間抜けはいないし、本当にこういった服を着るような場っていうのは限られているらしい。
そんな珍しい服を着ている客がいると最初は呆れてたらしい。だがどうも様子が変だと気づき、しばらく眺めていたんだと。そうして気づいたのが、まず見た目がおかしい。そういった体のラインを出す服はそもそも貴族様が着るからそういった高級感あふれるデザイン(笑)だそうだ。だが、俺たちが着ていたのは平民向けのデザインをしている。だから用途とデザインが合わなくて違和感だったんだそうだ。そして次に気づいたのが、この服は俺たちの動きを全く阻害していないって事だったと。腕を上げたときに脇の生地が伸びて居ることに気づいたらしい。正直肩より上まで腕が持ち上がったことに驚いたって。
で、その後あれやこれやがあってこの服を譲ってほしいって話になったんだ。さらにその生地を取り扱っている商人に心当たりはないかとも。服はイシダからもらたものだから少し考えさせてくれって断った。で、商人ではないが心当たりはあると答えた。で、イシダと会って話をしたいってことなんで紹介することになった。
イシダに都合を聞きに向かうと運悪く彼らは冒険者として依頼をこなしに出かけた所だったらしい。行先は国境の駐屯地。軍隊とともに行動するってことで片道3日ほどの距離だ。往復6日は帰ってこないのか…と思っているとその翌日には帰ってきたらしい。
イシダたちが帰ってきたって話を聞いたのが、俺たちの依頼を終えて組合に帰ったところで職員からだった。この日は少し依頼をこなすのに時間がかかってしまい、すでに夜だった。翌日石田達のところへ行くことになった。
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馬車の改造は材津と浦風が中心になって取り組んでくれた。まず2日ほどでバーンハードの馬車を仕上げた。ダンパーを装備した馬車はとても乗り心地が良く、バーンハード達は喜んだ(乗り心地が良いのは理由があって…実際はサスペンションから交換してたりする…)。おかげで馬車の改造の追加注文を貰った。
バーンハードから追加で依頼された馬車の数は43台だった。驚いたことにこの43台は隊商の運営組織の所有する馬車らしい。隊商には個人や商会の行商人も参加しているため、隊商全体から言うと2割程度でしかないらしい。恐るべき規模の隊商だ…。
さてしかし、ここで問題が発生した。石田達の処理能力ではとてもそのすべての馬車を改造しきらなかった。そこでフォックス族の人たちにも手伝いをお願いした。これについてはむしろ彼らに仕事を斡旋できたのでよかったと思う。彼らの協力もあり、改造の仕事はおよそ10日ほどで終了した。
馬車の改造以外にも動きがあった。アノーアの連れてきた服飾店の店長さんから生地の販売を依頼された。どうもアノーア達に渡した服を見てから興味を持ったようだった。生地の販売と言っても全くノウハウのない石田はタミーナを頼った。彼女に仲介をしてもらうことで買いたたかれないように注意した。
服飾店の店長さんに生地を卸した後、生地の販売もタミーナに依頼することにした。資源の確保に領の改造など他にもやることがたくさんあるため手が回らなかった。
そして銭湯については……正直あまり進んでなかった。というのも開発・施設を行う人材がバーンハードの馬車改造作業に係っきりになってしまったからだ。唯一の進展は石田がアレーシャと話を詰めて用地取得について交渉したことだった。話し合いの結果、銭湯は街の中で最も下水処理施設と領主の館に近い場所となった。いくつかの候補地があったが太陽光を集める必要があるのでそれなりの広さが必要だった。この条件を満たせるのがその場所だった。元々領が汚臭の問題を想定していたため街の建設当初からその周辺の土地を買い上げていてかなり広い土地が余っていた。もちろん下水処理施設そのものからは距離が離れており、匂いが漂って来るということもなかった。結構いい土地が確保できたように思う。
馬車の改造に生地の販売、土地の交渉とこなして日々が過ぎていくと、例の駐屯地から一部の部隊がルブアへと帰ってきた。彼らが帰還して間もなく『国境周辺で活動していた盗賊を撃退し、交通の安全が確保された』という発表があった。その翌日には街を出る行商人が多くいた。が、その中にバーンハード達の隊商は含まれていなかった。
なんでわかったかというと…・安全宣言がされた翌日の朝、ネムレの食堂でミーティングを行っていた所にバーンハードがやってきたからだった。
「本日の全体の動きを説明します。1.販売手伝い。2.銭湯の建設。3.冒険者の仕事。4.地形情報の収集の4つの活動を行います」
全員が席について石田の方を向いている。石田は1人だけ立ち、全体を見渡しながら話す。その手には資料があり、資料を時折眺めながら話す。ちなみに馬車の改造は既に終わり、用地の調査も終えた所だ。手元の資料によると今日から銭湯を立てるための基礎工事に入るとのことだ。
「「「「はい」」」」(全員)
「販売手伝いはファティにお願いします」
ファティには店の警護をお願いしているが、そもそも襲われるようなことは起こっていない。警護というより、店員として活動しながら言語習得を目指してもらっている。驚いたことに彼女は既に片言ながら普通に会話できるレベルまでなったそうだ。
「分かったのじゃ」
元気にうなずきながら返事が返ってきた。ファティの側にはラエレン、ナーダ、ザリファ、ターニャの4人がいる。ファティと(見た目の)年齢的に最も近い4人だが、気が合うのかよくこの5人で動いていることが多い。辛い経験をした4人だが時々笑っている所を見かけることもある。元気を取り戻しつつあるようで何よりだった。
「次に銭湯の建設。湯川さん、材津さん、浦風さんとフォックス族の有志の皆さんにお願いします」
馬車の改造を終えてすぐに地質調査&施設の設計に取り組んでもらった。馬車の改造からのつながりでそのままフォックス族の皆さんがいろいろと手伝いをしてくれているとのことだった。あっ…もちろん、給金は支払ってる。
「「「はい」」」(湯川、材津、浦風)
「「「ハイッ」」」(フォックス族の有志(主に男性))
フォックス族の皆さんは計算が苦手らしい。改造作業で一緒に仕事をした材津曰く…計算を頼んだりすると間違うし、難しい話をするといまいち理解できてないみたい、との事。出来るだけ簡潔に、そして具体的に作業を指示する必要がある…ってこれは湯川が話していた。ただその体力と筋力は驚くべきものがあるそうだ。重たい部品も軽々持ち上げるし、長時間の作業をこなしてもケロッとしているとのこと。彼らの助力のおかげで改造作業がかなりはかどったそうだ。
「ナイチンゲールさん達は熱中症の発生に備えて待機をお願いします」
「OK~」
砂漠の熱波に覆われるこの街では日向は驚くほど暑い。乾燥した空気のおかげで日陰に入ればなんとかなるが、日向で連続作業は意外と危ない。ナイチンゲールと数人のフォックス族の女性達で炎天下で作業する男性陣の体調管理をお願いしている。
「で…冒険者の仕事は飛ばして、地形情報の収集。これは古井さんお願いします」
古井には街道沿いに飛んでもらってルブア以外の街を探してもらっている。すでに数か所街を発見しており、PC(或いはタブレット)で確認できる地図もかなり広がってきた。ただ調査方法が街の発見を優先しているため、街道と街の周辺しか地図が作成されておらず、蜘蛛の巣の様な状態だ。
「はい。調査は先日同様の調査でいいですか?」
「大丈夫です。先日同様でお願いします」
「了解しました」
「で…最後に……」
「お~い。イシダ居るか?」
全体にそれぞれがどういう動きになるのかを簡単に話していると、そこへバーンハードがやってきた。バーンハードは本日もベノイを後ろに連れていた。
「あれ?バーンハードさん。おはようございます。何か御用ですか?」
「おう。おはよう。あぁ。ちょっと聞きたいことがあってな。…それより忙しそうだな。出直そうか?」
「いえ。大丈夫です。少しお待ちください」
バーンハードは気を使ってくれたが、別に大したことは残っていない。石田は全知全能でもないし特殊な技術を持つわけでもなかった。すべてのグループに対して適切に指示を出せるはずもない。だからこの後はそれぞれの活動するグループに分かれてもらってそこでより細かな打ち合わせを行ってもらうだけだ。石田は全員に向き直る。
「えっと、それぞれの活動グループに分かれて本日の活動の確認を行ってください。京藤さん、冒険者の班での打ち合わせをお願いします」
「「「「はい」」」」
バーンハードへと向き直る。
「はい。これで大丈夫です。ご用件を伺います」
「おう。すまねぇな。これを見てくれ」
バーンハードが取り出したのは服だった。デザインはルブアでよく見かけるタイプのもので、これといった特徴は無いように思う。
「…服ですか?」
「あぁ。服だ。デザインとしては今年流行りのモノではあるが、やや地味に抑え日常使いできるようになっている。…が、その件は割とどうでもいい。重要なのはこの生地だ」
バーンハードは服を両手で持ち生地を引っ張った。するとその服はよく伸びた。
「あぁ。ストレッチ素材ですね」
「ほほぅ。やっぱりこれを知ってるか」
「えぇ。まぁ、私たちがタミーナさんを通じて販売させてもらってますから…」
「やっぱりか。…単刀直入に言おう。これを大量に売ってくれ」
タミーナを挟みながらバーンハードと交渉した。ストレッチ素材の生地を30反(1反あたり110cm x 50m)も購入することになった。
「いやぁ。いい買い物だった!」
交渉を終えたバーンハードはいい笑顔で石田とタミーナに握手を求めた。
「よし。じゃあ、結構量があるから馬車をここに持って来させるが、かまわないか?」
「えぇ。どうぞ」
バーンハードは後ろに控えていたベノイに馬車をここに運んでくるように指示を出した。ベノイが宿を出て行った。
「…そういえば、昨日国境付近で暴れていた盗賊が撃退されたって話ですね」
「あぁ。らしいな。おかげで俺たちは明後日、この街を出ることになった。だから急いで珍しいもんをかき集めに走ってるってわけだ」
「なるほど。それでこちらへ…」
その後少し話をして、ベノイが動かしてきた馬車に生地を運び込み別れた。
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ベノイが生地を買いに来たあの日は、これといった出来事もなく終えた。そしてバーンハードはその2日後に街を出た。
石田達は銭湯の開店を目指しながら、手の空いたもので冒険者として活動した。
すいません。遅くなりました。




