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時間は少しさかのぼる。石田とアサドが会談を終えたすぐ後。
アレーシャはアサドが石田を取り込もうとしないことが不満だった。石田と話を終えて謁見の間を出ていくアサドをアレーシャは急いで追いかけた。
「領主様!なぜ彼を領に取り込もうとされないのですか!?」
公務中は家族でも公人として振る舞う(or扱う)べき。そういう取り決めがあるので、さすがに「父さん」とは声をかけられなかった。
「アレーシャか。報告で聞く内容だと確かに彼は凄い力を持つし、ぜひともその力を領のために役立ててほしいと思う。しかし、一領主としては法律を破るようなことはできない」
「しかし・・・」
「それに彼は本当に神と呼べるような存在なのか?」
「え?」
「長年、領主としていろいろな人を見てきたが・・・彼はどう見ても世渡りを知らないお坊ちゃんにしか見えなかった」
これはアサドの率直な感想だった。アサドの隣に立っていたハスナも頷いた。
「そうね。少なくとも貴族や王族に見られるような風格はなかったわね。軍人に見られるような独特の威圧感もなかったわ」
「あぁ。傭兵のような意地汚い感じも無かったし、金に汚い感じでもなかった。おそらく、基本的には悪い存在ではないのだろうね」
多くの人と交流してきたアサドとハスナであったが、その二人はイシダの正体をつかみかねているようだった。しかしおおむね悪い評価ではないようだ。
「そうですか。では領主様としては正規の手続きさえ踏んでくれれば彼を受け入れることに反対はないということなのですね」
「そうだ。ただ、彼に直接尋ねて断られたが、軍に所属するつもりはないようだよ」
「分かりました。他の方法を当たってみます」
アレーシャは石田と話をするために謁見の間に戻った。しかし、すでにそこから移動していたようで走って城の入口へと移動した。城の中にはいないようで外を見ると城壁の側に天幕が張ってあるのを見つける。天幕へ走る。
「お待ちください!」
天幕の入口から中を見るとイシダは何か話をしているようだった。ただ、ちらっと聞こえた会話からどうも行商の仕事をするようだった。それはつまりこの街を去るということになる。
「この街を出られるのですか?」
「えぇ。そうですね。いずれここに帰ってくると思いますが、行商の仕事をしようと思います」
どうやら急いで引き留めなくてはならないらしい。一応、そのための計画はあった。
「あのっ、仕事を依頼したいのですが・・・」
「仕事ですか・・・?」
「はい。軍での仕事なのですが、お力を借りられればと思いまして」
「伺いましょう」
「その前に、できれば2人で話したいのですが・・・」
イシダは天幕を出た。天幕から少し離れたところまで行きそこで振り返り話してきた。
「ここでいいですか?」
「はい。今回依頼したいのは盗賊の調査です」
「盗賊の調査・・・ですか?」
「はい。協力いただいた盗賊の砦も、冒険者の方に調査してもらったうえで私たちが攻撃しに行ったんです」
いや、正しくは時間がないことなどがあり冒険者へ依頼したのだ。
本来冒険者に依頼すると費用が掛かる。また情報の漏洩などのリスクを抱えることになる。このためあまり一般的に行われることではなかった。だが、全く行わないということではなかった。
「へー・・・そうなんですね」
「えぇ。ただ、仕事を依頼するにあたってですね、一般人に対して仕事を依頼するこはできないんです」
「?」
「皆さんに冒険者として登録していただきたいんです」
「あー・・・冒険者ですか」
「冒険者のランクは新人がFランクからスタートで、E、D、C、B、A、Sとランクが上がるんです。軍からの依頼をこなせるのはDランクからなんです」
「ということは・・・そもそも無理じゃないですか?」
「えぇ。通常ですと無理です。ですが、軍の退役者で冒険者になりたいものに推薦状をしたためることがあります。軍の推薦状を持っていき、冒険者組合の出す簡単な認定試験をパスすることでDランクからスタートできるようです」
「ほんとですか?」
「えぇ。なので仕事を依頼する前に、一つ手間になりますが冒険者としての登録をお願いできますか?」
「分かりました」
(よし!これで多分、引き留めれる!)
「はい。お願いします。・・・あっ、軍が依頼を出すということは伏せておいてください」
「?・・・わかりました。何か不都合があるんですね」
「はい。では、私は推薦状を書いてもって来ますので、もう少しお待ちください」
アレーシャは急いで私の執務室へ戻った。執務室の机につき引き出しから羊皮紙とインク瓶、羽ペンを取り出した。
羽ペンは羽柄と呼ばれる羽の芯を削って作る。日本の身近なところでいえばカラスの羽ほどの大きさであれば作ることができる。ただ、カラスの羽柄は細くやわらかいため持ちづらく書きにくい。実用的なものを作るなら、白鳥などの大型の鳥の羽を使うことが望ましいとされている。
アレーシャの羽ペンは液溜が小さい。このため、羊皮紙にすべてを書き込むのに6回ほど羽ペンにインクを継ぎ足す必要があった。インクを継ぎ足すのはまず、羽ペンをインク瓶に差し込みインクに浸す。そしてペン先に過剰についたインクをインク瓶の口で落とす。この2工程が必要となる。この2工程目が存在するため新品でないインク瓶の口にはインクが付いている。そう、インクを継ぎ足すときに誤って手にインクが付いてしまう事がある。
案の定アレーシャも手にインクが付着してしまう。正式な文書として書きあげている推薦状を汚してしまうことはできない。このため誤って手を汚すたびに書き損じた紙を取り出しそれで手を拭った。
幸い、文書を作ることに慣れているアレーシャは書き損じることはなく一回で書き上げた。それを封筒に入れる。続いて封筒の口に封蝋を施す。
アレーシャは机に置かれているロウソクに出力を絞った火の魔法で火をともす。赤色の蝋を適量金属の匙に入れ、それをロウソクの火で温める。溶けた蝋を封筒の上に流し固まる前にその上に印鑑を置く。蝋が固まったところで印鑑を外し完成だ。
(ふぅ。文書を作るのにもだいぶ慣れたけど・・・やっぱりいつやっても緊張する。特に今回は軍内部の文書じゃなくって、冒険者組合に出す文書だからなおのこと緊張したわ・・・)
アレーシャは椅子に座った状態で両手を上にあげ背もたれに体重をかける。文書作りでこわばった体をほぐす。一息をついて、降りてきた手が汚れているのを見つける。
(それにしてもこの手が汚れるのだけはどうにかならないかしら。昔は手についたインクのおかげで文章は間違えてないのに汚れて書き直しとか・・・大変だったなぁ・・・。あとは印を押すのに蝋が足りなくて印の全体が転写されてないからやり直しとかもあったわね・・・。でも多すぎると勿体ないって怒られるのよね・・・)
文書作りにまつわる記憶がよみがえる。
(・・・と、こうしてはいられない。これを渡しに行かないと)
机の上の道具を片付けアレーシャは天幕へと歩いた。
天幕に到着し、中に入る。イシダは天幕を入ってすぐのところに立っていた。
「イシダ様」
推薦状を渡そうと近づくと、イシダの近くに女性が立っていて。その手には固い板に張り付いた紙が握られている。女性はその板をあろうことか垂直に立てて、その紙面がアレーシャから見やすいようにしている。そして突然手に握った棒を紙の上に走らせ始めた。
「推薦状が用意できまし・・・え、あ?えぇぇっ!?」
(えぇぇぇぇぇっ!?垂直に立てられた紙に書き込んでる!?しかもあんなに乱暴に取り扱ってるのに飛び散ったり、にじんだりしてないよ!?)
「羽ペン」は「つけペン」の一種として考えられる。つけペンはペン先に表面張力でインクを保持する。その保持力は弱く、インクの付けたペンを振れば、インクは容易くペンを離れ飛び散ってしまう。だからインクの付いたペンを乱暴に取り扱うことはない。
つけペンの取り扱いを前提にその乱暴な書き込みを見せつけられたアレーシャはとても驚いたのだった。
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タミーナがアレーシャを驚かせた後、2人は交互にペンの使い心地を確かめていた。
「このペン凄い。ペン先が全然紙に引っかからない」
「クルスーム様、ペンだけではないんですよ。見てくださいこの紙」
「えぇ。とても白い・・・だけじゃなくてとても滑らかな表面ね」
「そうなんです。まだ比べてないのですが、おそらくインクの染み込みも少ないようですよ」
「えっ?!・・・ということは、この紙を使えばペン先からインクが吸われることなく書けるということよね?」
という具合だった。京藤が間宮に話しかけた。
「イスズ、こういう感じの表を領で刷ってきてほしいんだけど頼めるかな?」
「はい。任せて。何部必要ですか?」
「う~ん。とりあえず50部ほどお願い」
「分かりました。行ってきます」
「お願い。さて、フォックス族の皆、集まってー」
京藤がフォックス族を集めて説明を始めた。
ナイチンゲールが京藤の隣にやってきた。
「司令~、私たちどうしましょう?」
「う~ん・・・アレーシャさんの紹介状をもらって冒険者組合へ・・・って話なんだけど・・・」
石田の目線がアレーシャに向く。
「まだ時間かかりそうだね」
「ですね~・・・」
「・・・そうだ。ナイチンゲールさん。この文は読めますか?」
石田はタブレットを取り出し日本語で文章を打ち込んだ。
「?・・・えぇ。読めますよ」
日本語で書かれた文章を見てナイチンゲールは普通に読めた様だった。
「ちなみに言語は何で書かれてます?」
「英語ですね」
「なるほど。私は日本語で書いたんですけど英語に見えるんですね」
「わ~お・・・ということは司令の『翻訳家』のスキルは万能ですね~・・・」
「だね。とりあえずフォックス族にまとめてもらう文書は読めそうだね」
さてそんな話をしていると間宮が帰ってきた。手にはクリアファイルが抱えられていて、その中には表が書き込まれた紙が入っていた。
「はい。できましたよ」
「ありがとう」
間宮はクリアファイルごと京藤に渡そうとした。クリアファイルを見つけたタミーナとアレーシャが声を上げた。
「「待って!」」
受け渡しを止めた。2人は間宮に近づきそのクリアファイルを指さした。
「これはなんですか?」
「・・・えーと、クリアファイルです」
「ちょっと触らせてもらっても?」
「・・・はい」
間宮は一枚中から取り出して、タミーナにクリアファイルを渡した。
「これは・・・全部同じものが書き込まれていますね?」
「えぇ・・・。ちょっと失礼しますね」
アレーシャが中から2枚取り出した。それを入口の方に向けて光で透かせた。そうして2枚を重ねる。すると書き込まれている表が一致し、それを見た2人の顔が驚きに変わった。
「「完全に一致した!?」」
2人がやはり驚いた声を上げた。
(う~ん・・・話が進みそうにないな・・・)
石田がちょっと迷惑そうな顔をしたところ石田の上着の裾を引っ張るものがいた。裾を引っ張ったのはザリファだった。
「・・・ヒマ・・・」
と少し不貞腐れた顔をしていた。周りを見ると話しに加われていないターニャ、ラエレン、ナーダ、ファティが暇そうにしていた。ユニットの古川、ナイチンゲール、湯川、瑞山も手持無沙汰でいた。また天幕の外ではヒシャムさんが直立不動を保っている。
「うん。状況が落ち着くまでコーヒーでもしてようか」
天幕内から机と椅子を天幕の外へ持ち出し水orコーヒーで一休みしたのだった。




