26
反応がない2人を前に特にすることがなかったので、そのほかのことを片付けることにした。
ターニャさんとタミーナさんの2人は腰が抜けてしまっていた。背中に隠れた3人とナイチンゲールさんに協力してもらい病院天幕へと運び込む。異常はないと思うけど病床のほうへ座ってもらって休んでもらうよう指示しておいた。
病院天幕を出ると、司令天幕からガージが出てきた。彼はまっすぐにイシダの元へとやってくる。イシダの少し手前で立ち止まり、頭を下げた。
「先ほどの無礼、本当に申し訳ありませんでした」
とても真剣な態度で謝るガージにイシダは驚く。
(・・・ファティの咆哮はそんなに怖かったか・・・グッジョブ)
宗教的な話を知らないイシダは盛大に勘違いする。
「はい。こちらこそ、大人げない対応申し訳なかったです」
「?・・・あ!いえ、俺・・・じゃない、私の口から出た災いです。むしろマジに・・・本当になる前に勉強できたのでいい経験でした」
「そう・・・ですね。それはよかったです」
(そりゃまぁ、20mもあるドラゴン相手に人が剣や槍だけで勝負を挑むとか無謀にもほどがあるわな。現実になる前に知れたのは・・・確かにいい経験だな)
「はい。ありがとうございました。少し失礼します」
ガージはイシダの横を抜け、いまだ呆けているヒシャムとアレーシャさんのところへ移動する。そして彼らの肩を叩き意識を戻し何やら話をしている。しばらく話し込むとアレーシャさんとヒシャムさんがやってきた。
「あの、イシダ様。あのドラゴンとの戦闘訓練をお願いすることはできますか?」
「え?・・・えぇ。できますよ。何人ほど挑戦されますか?」
(おっ!早速興味を持ってくれたみたいだな!)
「はい。その前に伺いたいのですが、一人当たりの訓練費用はいくらほどになりますか?」
「あ・・・あ~・・・そうですね。この辺の相場がわからないので・・・」
「そうですね・・・例えばその金額で小麦を買うならどれぐらいの量になりますか?」
(小麦か・・・確か現実世界の小売りで1kgが100~200円ぐらいだったな。中央をとって150円として考えるか。訓練を・・・ゲーセンの1プレイなら100円?・・・だから3人で小麦2kg分?・・・それは安すぎる気がする。魔力量から考えるか?全魔力をフィールドの付与に使うとして・・・魔力量的に今は1日当たり1000人に付与できそうだな。いや、でもそんなに訓練を希望する人が訪れるとも考えられないし・・・そうだな・・・今領には自分を入れて4人いる。この4人が一日当たり1万円の給料で働くとして・・・4万円稼ぐ必要があるよな?一日当たり40000 ÷ 150 = 266.66.....だからざっくり270kgとするか?一日当たり100人の来客を目標とするなら・・・2.7kg/人と言ったところ?・・・いやでも給料だけでは領が回らないな。食料の輸入やら、金属資源やら・・・どうするか・・・う~ん・・・まぁ、とりあえず小麦3kgとしておこうか?)
とここまで考えたところでふと思い出す。
(いや、この値段決めは私一人の生活がかかってるわけじゃないな。さっきの件でも「先に相談してほしかった」って言っていたしこの件も相談すべきだな。・・・はぁ・・・ってか、あっち行ってこっち行ってを繰り返すことが多いな・・・。いちいちの物事に振り回されているっていうか・・・。うん。色々な実力が不足してんだなぁ・・・)
すこし憂鬱な気分になりながらアレーシャさんに断りを入れる。
「少し失礼しますね」
距離を取る。タブレットを取り出し通信する。
「京藤さん、古井さん、ナイチンゲールさん今大丈夫ですか?」
『はい。こちら京藤。大丈夫だよ』
『はい』
「は~い」
ナイチンゲールさんが病院天幕から出てきた。
「訓練費用についてなんだけど、どれぐらいが適切かって話になって、今困ってます」
『あー・・・そうだね』
『どうしましょう?』
「今回はお試しで無料ということではどうかな~?」
『・・・うん。物価や貨幣もわかってないことだしね。賛成』
『同じく賛成します。先行投資・・・という事でいいと思います』
「了解。そういう方向で話してみます。ファティ、もう一仕事お願いします」
『うむ。任せるのじゃ』
再びアレーシャさんらのところに戻る。
「失礼しました。今回はお試しってことで無料でやらせてもらいます」
「え・・・そんなわけには」
「いえいえ、できるだけ多くの方に体験してもらって、お得意様になっていただければと思っているだけです。ですから遠慮なさらずに!」
「・・・そうですか。では遠慮なくそうさせていただきます」
「はい。そうしちゃってください。で、何人訓練を希望されますか?」
「はい。ではこの場にいる全員でお願いします」
「え・・・」
ざっと見渡すと60人以上はいる。魔力量的な問題はないが付与する時間を考えると少し憂鬱になりそうだ。
(効率よくやってかないと時間がかかるな。そうだな)
「能力を・・・あ、私の能力フィールドっていうんですけど・・・これを付与するために少し協力をお願いします」
「はい」
「皆さんを一列に整列させてください」
「了解しました」
そういうと2人は部隊の元へ走り大きな声を上げ整列させた。その後、右手を胸のあたりまで上げそれを肩より外側へ出してもらう。野球選手が一列に並びハイタッチしていくあのスタイルで全員にフィールドを付与していく。最後にアレーシャさん、ヒシャムさんへ付与して終わる。
「フィールドの付与は終了です。戦闘相手はあのドラゴンで問題ないですね?」
「はい。大丈夫です」
「部隊のほうで何か準備することはありますか?」
「陣を組み立てるくらいですね」
「どれくらいの時間が必要ですか?」
「先ほどと同じ陣を作るので3分ほどあれば大丈夫です」
「了解です。では今から5分後に開始しましょう。あのドラゴンがあなた方に向かって動き出したら開始です」
「承知しました。ありがとうございます」
アレーシャさんらは足止めのために出かけた部隊が作った陣形を組み立てに動き出した。
「古井さん、今からファティ対現地部隊の戦闘が行われます。録画お願いできますか?」
古井さんはファティが近づいてくるときからずっと上空で監視してくれている。
『コピー』
「京藤さん、先ほどの3人は領内のほうへ転移してましたか?」
3人とはガパティ、フェーネ、ガージのことだ。
『いいや。領主の館内をいろいろ見ていたけど特にこちらに来ている様子はなかったよ』
「了解です。こちらに戻りますか?」
『そうだね。そちらに向かうよ』
「了解しました」
「あの~・・・」
ナイチンゲールさんが後ろから話しかけてきた。振り返る。
「ん?何かあった?」
「あの人数が一度に転移してきたら・・・司令天幕がパンクしませんかね?」
「あ・・・」
「ファティに一度にたくさんの人を転送しないよう話しておきますね」
「お願いします」
(なるほど。司令天幕の拡張機能ってもしかしてそこらへんが関係しているのか?・・・施設の拡張も視野に入れないとなぁ・・・はぁ・・・ますます稼がなきゃならんな・・・)
といろいろ考えているうちにルブア軍の陣形が整った。タブレットで通信を入れる。
「ファティ始めてくれ」
『承知じゃ』
陣形は先ほどと同様でファティを包むよう左右に部隊が展開し、ファティの正面に大きめの部隊が陣取っている。ファティが彼らのほうへ歩き始めるとそれを受けて部隊も動き始める。
左右に展開している部隊は中央の部隊と比べ規模が小さい。このため開幕当初にぶつかるのはよくないと考えたのか左右へ広がりつつ前進する。中央の本隊が前進しファティへと突撃を開始した。
この陣形・・・相手が軍とかの大きな集団であれば有効なのだろう。というのは集団で移動を開始した場合、方向転換が容易ではないため細かく動くことができないからだ。が・・・相手はドラゴン1体だ。いきなり大勢がいるところにぶつかろうなどとは思わない。さらに「一度にたくさんの人を転送しないでくれ」という事前情報も悪かったのだろう。ファティは前進を開始した左翼の端の部隊に目を付けた。そこへ向けて移動を開始し、一瞬でたどり着いてしまう。人間なら少し時間がかかるであろう距離をファティはものすごい速度で移動してしまった。おかげでほかの部隊が対応できない。
左翼端の部隊でもファティに最も近い位置にあるものは盾を構えていた。一応あらゆる状況に対応できるように準備されているのだろう。ただ、相手が悪い。ファティは盾を構えた相手を前足で払う。盾越しに横殴りにされた兵士は高く舞い上げられ地面に激突する瞬間消えた。
「うわぁぁぁぁ」
「後退だ!ドラゴンを誘引し本体に側面を晒させるぞ!」
盾持ちの最も防御力に優れた者が1撃で倒された。このことを受けて、左翼端にいた部隊の分隊長の判断は早かった。部隊は言葉の通り左斜め後方へと下がる。当然それを追いかけてファティは前進する。こうなるとファティの側面が他の分隊にさらされることになった。この意図を素早く受け取った中央本隊から魔法や矢がファティに向かって飛ぶ。しかしファティはそれら魔法や矢を気に掛けることなく追いかけていく。そして、4枚ある翼のうち攻撃の飛んできた方向にある2枚を動かし受け止めた。矢は翼に当たると突き刺さることなく折れてしまう。魔法も翼に当たると少し大きな炎を上げた後、すぐに消えた。見たところ翼には焦げ跡などなく、効果がないことがわかる。
一切遠距離攻撃の効果がないことを分かっているのかファティはそのまま左翼端の部隊を攻撃する。応援に駆け付けた左翼の部隊が到着し左後ろ足に剣で切りかかるがその表面にはじかれてしまう。本当に戦車を相手に剣で切りかかっている状態だ。それでも攻撃を続けているといつの間にか左翼端にいた部隊は全滅していた。
ファティは正面に捕らえていた部隊がいなくなったため後ろから攻撃を加えている人間に標的を変える。まず後ろ足を攻撃していた相手をその足で踏みつぶす。さらに尻尾を振り上げて叩きつけ瞬く間に左翼が全滅した。
『のぅ、今少し多めに送ってしまったが大丈夫かの?』
とファティから通信が入る。
「ちょっと待ってよ」
司令天幕に走る。入口からは転移させられた兵士が次々と出てきている。中に入る。何もないところに突然、寝そべった状態の兵士が転送されてくる。兵士たちは転送された直後でもきちんと意識があるようで起き上がっては天幕の外へ出ていく。どうやら転送地点にたむろしていなければここが混雑することは無さそうだ。ということで近くにいた兵士に声をかける。
「あ、すいません」
「っ!はい!」
やけに驚いた様子で返事をしている。先ほど兵士が転送された場所を指さして話す。
「ここに転送されてくる人たちが、転送場所に留まらないように外へ誘導してもらっていいですか?」
「了解しましたッ!」
ザッと音を立てて踵を合わせ、背筋を伸ばして返事をした。
(とても気合が入っている・・・?)
その兵士の上司でもないのにその対応に若干違和感を覚える。しかし、ファティと部隊との戦闘の方が気になる。天幕を出て戦場に目を向ける。
見るとファティは左翼を倒した後一度距離を置いたようでどこの部隊ともぶつかっていなかった。部隊のほうは左翼が壊滅したことを受け対応を変えたようだ。まず本隊を先にぶつけその後包囲する方向へシフトしたようで、本隊を先頭に右翼が少し後方に下がった陣形となっていた。雁行陣だった。
「ファティ、大丈夫だ。中は混雑していなかったよ」
『そうか!では少し一度に倒す人間を増やしてもよさそうじゃの』
「あぁ。でもほどほどにね」
『了解じゃ』
ファティが動き出した。先ほどの接近するときのような素早さはなく、ゆっくりとした歩みで近づく。これを受け人の部隊も前進を開始した。本隊が先頭となり近づいていく。人間の部隊が速度に乗ったところでファティは突如方向を変えた。ファティから見て左、人の部隊から見て右に動いたのだ。行進中にいきなりは方向を変えられない。このため人の部隊が向きを変えるのに時間がかかる。しかしそこで、ファティは速度を上げて雁行陣の最後尾に向かって走り出した。ものすごい速度で突っ込む。ファティの突進をまともに受けて右翼端の部隊の4人が転送されていった。ファティはそのまま走り抜けていき、距離をとると止まった。
『如何じゃ?今度は4人送ったがの』
とどうも転送機能というか・・・司令施設の受け入れ能力を試しているようだった。
(あー・・・マジありがたい。でも、なんか歯牙にもかけないって意味でルブア軍の人らが可哀そうだ)
「今確認する」
天幕の中に入る。すると、まだ転送されていなかった。少し待つと4人が転送されてきた。4人が横並びに倒れていて、結構狭いが・・・まぁまだ大丈夫そうだった。
「ファティ大丈夫だった」
『うむ。では次は思い切って人数を増やすぞ?』
「了解」
見ていると先ほど誘導をお願いした兵士が倒れている4人にすぐに天幕の外へ出るよう指示を出している。
天幕から外に出る。兵士がざわついていた。ふとそちらの方を向くと京藤さんがこちらに向かって歩いてきていた。
「やぁ。到着したよ」
「お!お帰り。天幕の中で転送されてくる人たちを見ておいてもらていいかな?」
「了解」
「お願いします」
天幕内のことを京藤さんに任せて自分は天幕の外で戦闘を観戦する。
ファティの突撃を受けて半壊した部隊は隣の部隊に吸収され、再編成されていた。これにより本隊と、右翼の2隊を残すのみとなった。
ファティが人間の部隊を中心に円を描くように移動する。獲物を前に舌なめずりでもしそうな感じだ。そしてファティから見て本隊と右翼が重ならないように見える位置まで移動するとそこで止まった。そしてその大きな口を開くと、その口からブレスが放たれた。そのブレスは炎ではなく、強力なレーザーのようだった。ファティはブレスを放ちながらわずかに顔を動かす。右翼が全滅した。
(おい!あれ、十数人はいたぞ?・・・天幕内は大丈夫だろうか?)
『ふっふっふ。どうじゃ!?』
タブレットから聞こえてくるファティの声は自慢げだった。
天幕の中をのぞく。どうも転送には少し時間がかかるのかまだ現れてはいない。少し待つ。すると大量の兵士が寝転がった状態で、さらに上下に重なり現れた。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
「どけッ!」
「おいッ!俺の足を踏むな!」
と天幕内のスペース的には余裕があったのだが、転移場所に制約があったようだ。人間がおよそ4人寝転がる程度のスペースに転送されるようで、その数を超えると上に重なるように転送されるようだ。そのため今回は4~5人程度重なった状態でそれが4列転送されてきた。
(これ絶対キャパオーバーしているな・・・)
周辺にいた兵士に手伝ってもらいながら一人ずつ降ろしていく。すると最悪なことが起こっていた。一番下になった4人の兵士が息をしていなかった。
「メディーック!」
と叫ぶ。急ぎAEDを取り出しチャージを開始する。隣の病院天幕から人の走る音が聞こえる。
―ピピッ
チャージが完了した。4人並ぶ中の左端の兵士にAEDをかける。すると呼吸が戻ってきた。
次ぎの兵士がいつ転送されてくるかわからないので、京藤さんがすかさずその兵士の腕を引き起き上がらせる。
「キミッ!大丈夫?こっちへ!」
蘇生されたばかりで状況のつかめていないその兵士に声をかけ移動させていった。
ナイチンゲールさんが駆けつけてきた。
「どうしました?!」
「下敷きになってそこの3人に呼吸がない!AEDをかけてくれ!」
「了解!」
ナイチンゲールさんがAEDを取り出しチャージを開始する。イシダもチャージを始める。二人がかりで取り組んだおかげで全員すぐに意識を取り戻した。
「よし。安全のため下敷きになった人は簡易自動診療システムで診ておいて」
「了解です」
とその4人を任せて再び天幕を出る。既に結構な人数がやられてしまったので天幕入り口にはたくさんの兵士がたむろしている。というか混雑していた。
(なるほど。これは訓練するときは転送された後の誘導も大事になってくるんだな・・・)
人込みを抜けると、ファティが本隊に突っ込んでいた。数人吹き飛ばされて転送されている。ぶつかられなかった場所にいた魔法使いが呪文を唱えると近くにいた兵士の体から赤いオーラが上がる。
(あれは・・・攻撃力アップの魔法かな?)
オーラをまとった兵士がファティに切って掛かる。そうするとその剣はファティの鱗にはじかれることなく振りぬかれた。ファティの鱗に傷が入っていた。
(おぉ!どうやらようやくダメージを与えることに成功したのか・・・)
しかしその兵士も尻尾の薙ぎ払いを受けすぐ転移させられる。
状況としては集団の中にファティがいて全方位から攻撃されている形だ。ルブア軍の方が優勢に見えるのだが・・・オーラをまとっていない兵士の攻撃は鱗にはじかれてしまい、まったくダメージを与えられていないようだった。
魔法使いが走り回り、魔法をかけていく。しかし、すでに時遅く多くの兵士が転移させられてしまってほとんど残っていない。ファティの一方的な攻撃が続き・・・そしてルブア軍は全滅した。
『ふー・・・。終わったのぅ』
「お疲れ様」
『歯ごたえがなかったわい』
ファティがイシダの元へやってきて、そこでまた人型に変身した。今度は先ほど渡された服(野戦服)を着ていた。
「そっか・・・うん。手伝ってもらえて助かった。ありがとう」
「うむ。お安い御用なのじゃ」
ファティは腰に手を当て胸を張って誇らしげな顔をした。イシダはファティの頭に手を置きそして撫でた。
「ほんと、ありがとね」
ファティは一瞬驚いたが満面の笑顔になった。
「ふふふ。うむ。また何かあれば頼るのじゃぞ?」




