5 おまけ(マリアンヌ視点)
「やってしまったわ……。」
マリアンヌ・リリュー公爵令嬢は突っ伏した男の前で青白い顔をしながら、公爵邸の広い玄関で一人立ちすくんでいた。その男は婚約者であったのだが、おいたが過ぎて思わず手を出してしまったのだ。
彼とは政略結婚であり、多少の火遊びには目をつむってやっていたが、未婚の領民にまで見境なく手を出したとなれば、正義感の強い彼女はそれを許す訳にはいかなかった。
遠くからコツコツとヒールの響く音が聞こえる。マリアンヌが振り返ると、妹であるナターシャが淡い桃色の髪を揺らしながら階段を下りてこちらに近づいてくる。
「あら、お姉様。派手にやりましたわね。」
ナターシャはそう声を掛けた後、閉じた扇子で男の頭を転がして、顔を確認する。
「やっぱり、オルレイア公爵家のジョセフ・オルレイア様ですわね。」
「……。」
マリアンヌは押し黙っていた。
「お姉様、彼の愚行を考えれば気持ちはわかりますが、これは隠すのが大変そうよ。」
「殺してないわよ。」
「あら、そうなの。残念。」
人形のように美しい肌に、大きな瞳を持つ愛らしいナターシャからは、考えられないほどの冷たい声がする。
「……気を失っているだけよ、でも治療には数か月かかりそうね。」
「お姉様、顔に傷をつけてはいけませんわ。オルレイア公爵様に隠し通せませんもの。」
「そうよねー、困ったわ。婚約破棄させられるかしら。」
マリアンヌは頭から血を流して横たわるジョセフを無視して、これからの展望を思案していた。ナターシャも気にせず、彼の体を扇子でつつき回しながら、口を開く。
「うーん。公爵もこの3男持て余しているみたいですけど、さすがに暴力沙汰はちょっと……。」
「やっぱりナターシャもそう思う?」
「婚約破棄させられたら、私がこれと結婚しましょうか。リリュー家も欲しいのはこの血と家の結びつきだけですし。」
ナターシャはモノでも扱うかのように、彼に目線をやる。
「ナターシャにそんなことをさせるなんてかわいそうよ。」
マリアンヌは首を振る。ナターシャは微笑むと、手に持っていた扇子を広げて口元を隠しつつ、淡々と語り出す。
「悪くはありませんよ。私は両親も領地も大好きですから、婿を取れるなら嫁がなくて済みますし、子供を3~4人産んだ後は彼がどうなっても、うちの家の人間なら誰も気にしないでしょうし。」
「んん?」
「問題はお姉様の嫁ぎ先ですわよね。」
ナターシャは顎に手を置いて、頷きながら何かを考えているようだったが、マリアンヌが口を挟む。
「それは問題ないわ。テオに依頼したら、王宮で会計官として働けると思うの。」
従兄にあたる第2王子テオドールは、以前から王宮に努める役人を探していると言っていた。会計官の枠がなくても、花嫁修業の侍女の枠ならあるだろう。
「それなら、テオ兄様にいい嫁ぎ先でも探してもらいましょうよ。」
「うーん。」
「まあ、お姉様なら騎士団でも勤められそうですけど。」
「その方が私には合っているかもしれないわ。」
笑うマリアンヌはテオドールに手紙を書こうかと自分の部屋に戻ろうと踵を返す。
「あ、ごめんみんな、それ上手く処理しておいて。」
それと呼ばれた男、ジョセフはまだ意識のないまま、使用人たちにベッドに運ばれていった。
◇ ◇ ◇
「お姉様、テオ兄様から聞いたかしら!」
マリアンヌの部屋に息を切らしたナターシャが手紙を片手に駆け込んでくる。今日は淡い水色のドレスを身に纏い、儚げな美少女と言ったところだろうか。
「ブリューゲル王国第1王子との見合いでしょう?」
マリアンヌはソファに座っており、ナターシャにも対面に座るよう促しながらそう答える。昨日、王宮で会計官として働いているマリアンヌをテオドールが呼び出して、1週間後に見合いがあるから顔を出せと言われたのだ。
「お姉様が嫁ぐ相手なら、私が見定めてやるわ。」
そう言うハニートラップもお得意のナターシャに掛かれば、イチコロかもしれない。マリアンヌの元婚約者は痛々しい顔面のまま、ナターシャに鼻を伸ばしていたほどだ。
「ただ、ナターシャがそんなことをする必要はないと思うわ。」
マリアンヌはテオドールから直接聞いた、その王子の人となり、これまでの様子を包み隠さず話した。そこから推測するに、彼は本気で見合いをする気はないだろう。
「失礼な殿方ですね!」
それを聞いたナターシャは、頬を膨らませて憤慨している。姉の贔屓目なしにしても彼女はかわいい。
「そもそもテオは私の姿絵すら送ってないらしいわ。」
「テオ兄様もたいがいですわね。」
マリアンヌの発言に、ナターシャは天を仰いで額を抑えた。
「それでも念のため、侍女として潜入してやりますわ。テオ兄様もそんな見合いの申し込みを送ったとなれば、リリュー家のお願いは断れませんわね。」
「もう、ナターシャ心配し過ぎよ。これではどちらが姉かわからないわ。」
マリアンヌは、ここ最近の鬱屈した気持ちを忘れたかのように晴れやかに笑った。




