2 令嬢との勝負
マリアンヌの提案を断ってもよかったのだろうが、ルーカスは彼女との見合いをだしにして抜け出してきた負い目もあり、その提案を断らなかった。
24フィートの円の中、膝をつくか、はみ出したら負けというルールで勝負することになった。白線で描かれた大きさを見るに、ルーカスがいつも騎士たちを鍛えるのに使っている演習場とさして変わらないだろう。
対峙するマリアンヌの剣は背中に抱えられており、刀身ははっきりとは見えない。だが、女性剣士は素早さで勝負することが多く、細身の獲物が一般的だ。
付き合わされることとなったテオドールが審判役として中央に立ち、その手を上げて、相対する二人は構えの姿勢を取る。
剣を抜いたマリアンヌは、それを正面に向けることなく、剣の平地、つまり剣の太い方をルーカスに向けた。『赤灼の剣士』とも呼ばれるルーカスに勝負を挑むとは、彼女は多少の心得があるのかと考えていたが、全くの初心者なのだろうか。
「はじめ!」
テオドールの掲げられた手が振り下ろされると同時に、金属のぶつかる高い音が響く。蹴りだされた砂が舞い、視界が悪くなる。ぶつかった衝撃が体に響く。
一度体勢を整えようと、両者互いに後ろに引いた。先ほどの交戦で腕がじんじんしている。剣の持ち方も知らない令嬢の一撃でこうなるとは、ここ最近、ろくに鍛錬できなかったことが影響しているのだろうか。
否。
彼女の剣は『剣』ではなかった。一瞬の対峙の際に見えた彼女の剣は柱のように太く、まるで剣のような金棒を振り回しているに過ぎない。
(細腕であんな剣を振り回すとは、なんて怪力なんだ!)
ルーカスが次の1手を打とうと歩みを進めたとき、彼女は間合いを読み損ね、ルーカスが射程圏内に入るよりも早く剣を振り下ろしたかのように見えた。だがそれは、地面を穿ち、砂を巻き起こして、彼女の姿が全く捉えられなくなる。
(目くらましを狙ったか。)
思わぬ攻撃に、飛びながら後ろに下がる。やっと視界が開け、ルーカスが剣の構えを取った時、
「勝負あり!」
とテオドールの声が響いた。なるほど、剣術の訓練時には砂埃をわざと起こすことは反則ではないが、礼儀として反する行為とは言えよう。
「別に目くらましをするのも実践ではあることだ。反則は取らなくて構わない、続行しよう。」
ルーカスは剣を抱えたまま、袖で額の汗を拭う。
「いや違う。ルカ、足元を見てみろよ。」
テオドールの言葉にルーカスは足もとを見ると、自身の右足が半分ほど円から出ていた。嘘だろ、いつもの鍛錬ではこんなミスをしないはずだが、どうしてしまったのだろうか。
「ご存じですの?貴国よりアーべライン王国の者は体が小さいですから、同じ24フィートでも円が少し小さいのです。」
マリアンヌの指摘に、ルーカスがよくよく円を観察すると、確かに1歩分小さいようだ。
「これはしてやられたな。面白い令嬢だ。」
ルーカスは赤い瞳を細めて、ニヤリとほくそ笑む。
「いいな、マリアンヌと言ったな。お前、ブリューゲル王国の闘技場に一緒に行ってみないか。」
「まあ、ブリューゲル王国で有名な剣技が見れますのね!赤灼の剣士に案内していただけるなんて光栄ですわ。」
マリアンヌははしゃいでいる。テオドールはやれやれと言った表情で手を上げる。彼はマリアンヌの様子にも、ルーカスの思いがけない発言にも呆れているようだ。
「まだ酔いが残っていたのかもな。」
ルーカスは二人に聞こえないほどの小さな声で、一人つぶやいた。
どんな令嬢にも心を動かされることはないと思っていたのに、少年のようにその日を待ちわびる自分がいた。
続きは明日19時に投稿します。
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