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右近と左近  作者: 双鶴


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第27話 沈黙の祈り(高山右近視点)

 太田左近が散ってから、

 高槻の空はどこか色を失ったように見えた。


 セミナリヨの鐘はいつも通り鳴る。

 祈りの声も絶えない。

 町の人々も、学者たちも、子どもたちも、

 右近を慕って集まってくる。


 だが――

 右近の胸の奥には、

 深い深い穴が空いたままだった。


 


 左近の死を知った日から、

 右近は教会に籠る時間が増えた。


 蝋燭の炎が揺れ、

 静寂が満ちる礼拝堂。


 右近は祭壇の前に膝をつき、

 ただ祈った。


 言葉にならぬ祈り。

 涙に濡れた祈り。

 友の魂に向けた祈り。


 ロザリオを握る手は震え、

 胸に抱いた脇差は冷たかった。


 ――和友。

 お前は、もういない。


 その事実だけが、

 右近の心を締めつけた。


 


 やがて、

 高槻の町に噂が流れ始めた。


「右近様は……秀吉公の家臣なのに、

 太田左近殿の死を悼んでおられるらしい」


「敵に回った者を悼むなど……

 右近様は、心が優しすぎる」


「いや、あれは“友情”というものだ」


 右近は噂を否定しなかった。

 否定できなかった。


 左近は、

 この世界でただ一人の“和友”だった。


 敵味方など、

 右近にとってはどうでもよかった。


 


 天正十三年、閏八月。


 右近に突然の命が下った。


 ――高槻六万石を離れ、

  播磨国明石六万石へ転封。


 右近は静かに受け止めた。


 秀吉の真意は分からない。

 左近を悼む右近を疎んだのか。

 それとも、

 右近を守るために遠ざけたのか。


 だが、

 右近はただ一つだけ理解していた。


 ――高槻を離れるということは、

  左近と過ごした記憶の地を離れるということ。


 それが、

 胸に刺さった。


 


 明石へ向かう日。

 秀吉は右近に大船二艘を与えた。


「右近。

 お前には、これが必要であろう」


 秀吉は笑っていた。

 その笑みの裏に何があるのか、

 右近には分からなかった。


 好意なのか。

 監視なのか。

 それとも――

 右近の心を試すためなのか。


 右近は深く頭を下げた。


「ありがたく頂戴いたします」


 だが、

 胸の奥は静かに痛んでいた。


 


 明石へ向かう船の上で、

 右近は海を見つめた。


 波は穏やかで、

 空は高く、

 風は優しかった。


 だが、

 右近の胸の奥には、

 ひとつの声が響き続けていた。


 ――和友。

 俺は……お前の死を抱えたまま、生きていく。


 右近はロザリオを握りしめ、

 静かに祈った。


「どうか……

 俺の歩む道を照らしてください。

 和友の魂が、迷わぬように」


 その祈りは、

 海風に乗って静かに消えていった。


 右近の旅は、

 新たな地で始まる。


 だがその胸には、

 左近という“光”が、

 消えることなく灯り続けていた。


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