第26話 祈りの果てに(高山右近視点)
天正十三年五月。
高槻の空は、初夏の光を帯びながらも、どこか冷たかった。
セミナリヨの鐘が鳴る。
その音はいつもより低く、重く響いた。
右近は祈りを終え、
静かに立ち上がった。
胸の奥に、
言葉にできぬざわめきがあった。
――和友。
お前は……無事なのか。
紀州の戦の噂は、
高槻にも届いていた。
根来寺が焼かれた。
雑賀衆が割れた。
太田城が水に沈んでいる。
だが、
左近の消息だけは、
どこにもなかった。
右近は、
胸の奥に沈む不安を押し殺しながら、
セミナリヨの廊下を歩いた。
その時――
高槻城の門が騒がしくなった。
使者が駆け込んできた。
「右近様……!
紀州より……急報にございます!」
右近の心臓が、
一瞬止まった。
「……太田左近殿が……
四月二十四日……
自害されました」
世界が、
音を失った。
風の音も、
鐘の音も、
鳥の声も、
すべてが遠ざかっていく。
右近は、
その場に立ち尽くした。
胸の奥に、
鋭い刃が突き刺さったような痛みが走った。
「……左近……」
声が震えた。
使者は続けた。
「五十三名の家臣と共に……
誇り高く……
自害されたとのこと……
その胸には……
小さな脇差を抱いていたと……」
右近は、
その言葉を聞いた瞬間、
膝が崩れ落ちた。
脇差――
あの日、
左近が密かに送ってきた形見。
右近は震える手で懐を探った。
そこには、
左近が送ってくれた脇差があった。
鞘は冷たく、
だが、その重みは確かだった。
右近は脇差を胸に抱きしめた。
「……和友……
お前……
俺に……
別れを……」
言葉にならなかった。
涙が、
静かに頬を伝った。
右近は武士だ。
キリシタンだ。
強くあらねばならない。
だが――
この瞬間だけは、
ただの一人の男だった。
友を失った男だった。
右近は、
セミナリヨの礼拝堂に入った。
蝋燭の炎が揺れ、
静寂が満ちている。
右近は祭壇の前に膝をつき、
脇差を胸に抱いたまま祈った。
「神よ……
どうか……
彼を……
和友を……
お救いください……」
声は震え、
涙が床に落ちた。
右近は、
初めて神に問いかけた。
「なぜ……
なぜ彼を……
連れていかれたのですか……」
答えはなかった。
ただ、
蝋燭の炎が揺れ、
静かに光を放つだけだった。
右近は、
涙を拭わずに立ち上がった。
脇差を懐にしまい、
空を見上げた。
そこには、
雲ひとつない青空が広がっていた。
「……左近。
お前の死は……
俺が生きて語る」
右近の瞳には、
涙の奥に、
強い光が宿っていた。
「お前の誇りも、
お前の魂も、
俺が……
この胸で生かし続ける」
風が吹いた。
まるで、
左近が微笑んでいるかのように。
右近は静かに呟いた。
「さらばだ……和友。
だが、
お前は……
俺の中で生き続ける」
その声は、
祈りのように静かで、
涙のように優しかった。




