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右近と左近  作者: 双鶴


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第18話 光の中の影(高山右近視点)

 山崎の戦いから一年。

 天正十二年の初夏、摂津の空は澄み渡り、

 高槻の町には新しい風が吹いていた。


 右近は、秀吉からの加増を受けていた。


 高槻領に加え、

 摂津国能勢郡三千石、

 近江国千石――

 合計四千石。


 武功としては破格である。


 だが右近は、

 その石高をただの“領地”とは思わなかった。


 ――これは、神の御心を広めるための地だ。


 右近はすぐに動いた。


 安土セミナリヨが焼失した今、

 その代わりとなる学び舎を高槻に建てるべきだと考えた。


 高槻城下の丘に、

 白壁の建物が建ち始めた。


 鐘楼の骨組みが空に伸び、

 南蛮風の窓枠がはめ込まれ、

 町の人々が不思議そうに眺めていた。


 やがて、

 イルマン・ビセンテをはじめとする学者たちが

 高槻へ到着した。


 彼らはラテン語の書物を抱え、

 数学、哲学、神学を語り、

 高槻の若者たちに新しい知識を授けた。


 高槻は、

 まるで小さな異国の都のようになった。


 右近は、

 その光景を見て胸が熱くなった。


 ――信長公が生きていれば、

 きっと喜んでくださっただろう。


 だが、

 その光の中に、

 右近はどうしても拭えぬ影を感じていた。


 


 紀州の噂が、

 高槻にも届き始めていた。


 太田衆、雑賀衆、根来衆――

 紀州惣国一揆が再び動き始めている。


 秀吉は、

 紀州の寺領七十二万石を召し上げようとしている。


 抵抗すれば、

 殲滅。


 その標的の中心に、

 太田左近の名があった。


 右近は、

 セミナリヨの窓から夕暮れの空を見つめた。


 空は赤く染まり、

 鐘楼の影が長く伸びている。


 胸の奥に、

 言葉にできぬ不安が広がった。


 ――和友。

 お前は……無事なのか。


 雑賀孫市が秀吉に擦り寄り、

 左近を“反秀吉勢力の中心”として売り渡したという噂もある。


 秀吉は、

 敵と見なした者には容赦がない。


 右近は拳を握った。


 自分は秀吉の側にいる。

 だが、

 左近は――

 秀吉の刃の前に立たされようとしている。


 右近は祈った。


 蝋燭の炎が揺れ、

 セミナリヨの静寂が満ちる。


「神よ……

 どうか、彼をお守りください。

 あの男は、

 この世界で私が唯一“友”と呼べる者なのです」


 祈りの声は、

 夕暮れの空に静かに溶けていった。


 高槻の町には光が満ちている。

 だが紀州には、

 嵐が迫っていた。


 右近は知っていた。


 ――左近の戦いは、

 これからが本番だ。


 そして、

 自分の戦いもまた、

 避けられぬ形で始まろうとしていた。


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