第5話 俺、君がだあいすき(キモ)
レポート提出も終わって、財布は空っぽ、体力もゼロ。でも俺の推し活魂は燃えていた。
(推しがいれば生きられる!)
そんな謎テンションで居酒屋バイトに突撃した。
今日も皿洗い、ジョッキ運び、オーダー取り。ペールピンクの初恋Tシャツを思い出しては、にやにやして、先輩に「直人くん、キモい笑いしてるよ」と軽くツッコまれた。
(うるせぇ、俺は今、聖戦中なんだよ!)
そんなときだった。
「すみませーん、注文お願いしまーす!」
ふわっと耳に馴染む、優しい声。
(まさか──)
顔を上げた俺の視界に、ツインテールとペールピンクのリボン。
(まゆちゃん!?!?)
一瞬で血の気が引いた。でも、周りは忙しそうで、俺が行くしかない。
(落ち着け俺。これは、推し活チャンスじゃない。ただの、偶然の来店だ!!)
心の中でわけわからん理論を唱えながら、震える足取りでテーブルへ向かった。
「ご、ご注文お伺いします……!」
声が裏返った。最悪だ。
でも、まゆちゃんは、ふわっと笑った。
「砂肝と、枝豆くださいっ!」
(かわいいいいいいいい!!!)
俺は必死に取る必要のないメモを取った。そして、砂肝と枝豆を持って再登場。
「お、お待たせしました!!」
なるべく冷静を装って料理を置いたその瞬間。
まゆちゃんが、ぴたっと顔をこわばらせた。
(え……?)
そして、目を逸らしながら、ちいさな声で言った。
「あ、ありがとうございます……。」
その声が、妙によそよそしい。
(えっ、なに、俺なんかした!?)
血の気が引いた。足元がぐらついた。心臓がズドンと沈んだ。
(え、もしかして俺……嫌われた……!?)
頭の中で緊急アラートが鳴り響く。
特典会10回ループとか、ぐしゃぐしゃハートとか、救急車呼ばれた過去とか、全部思い出して、心の中で土下座した。
(そりゃそうだよな……キモオタだもんな俺……ごめん……ごめんまゆちゃん……)
魂が抜けかけた俺を置いて、まゆちゃんは砂肝をつつき始めた。顔、真っ赤だったけど、俺は気づかなかった。
ただただ、「嫌われた」と思い込んで、心の中で号泣していた。
(うっ……ぐすっ……でも……それでも推しなんだよおおおお!!!)
ジョッキ運びながら、心だけ大号泣してた。
バイトが終わった。
時計を見たら、もう23時近く。
着替えを済ませてロッカーを閉めながら、俺は死んだ目をしていた。
(あぁ……今日は……推しに……嫌われた日……。)
思い出すたびに心がえぐられる。特典会10周したキモオタ認定されたんだ、たぶん。
まゆちゃん、枝豆つつきながら顔真っ赤にしてたし、絶対ドン引きしてた。
(……でも。)
手が、勝手に動いた。
スマホの画面を開く。
SNSには、俺があげた奇跡の一枚が、いまだにバズり続けてた。
(まゆちゃんは、笑ってくれてた……)
特典会でも、ライブでも、今日だって、ほんの少しだけ、笑ってくれた。
(だったら、俺も、逃げない。)
最後くらい、ちゃんと、伝えよう。
バイトのエプロンを握りしめて、俺は、店のフロアをそっと覗いた。
──まだ、いた。
まゆちゃんは、カウンター席で、枝豆つまみながら、スマホをいじってた。
(……今しかない。)
足が震えた。心臓がうるさい。でも、行くしかなかった。
(大丈夫、変なこと言わなければ……いや、それが一番ハードル高いんだけど……!!)
自分を必死に鼓舞して、俺はゆっくり、カウンター席に向かった。
まゆちゃんまで、あと数歩。
どきどきする。
手汗がすごい。
でも、でも、
(行け、俺!!!!!!!!!!)
カウンター席に、ぎこちなく立った。
まゆちゃんは、スマホをいじってた指を止めて、顔を上げた。
一瞬だけ、目が合った。
(やばい、無理、息止まる!!!)
でも、俺は覚悟を決めた。
震える声で、それでも真っ直ぐに、言った。
「……俺、死ぬまで応援します。」
ガチトーンだった。変に盛ったり、照れたりしなかった。心から、本当にそう思ったから。
言ったあと、空気が──しん、と凍った。
まゆちゃんは、何も言わずに俺を見てた。
(あ、やった。これ、やったやつだ。)
俺の脳内警報が鳴り響く。
やばい、やばい、やばい。
(なに死ぬまでとか言ってんだよ俺!!!!!キモオタじゃん!!!!!!怖いよな!!!ドン引きするよな!!!!!)
顔が熱い。耳まで真っ赤だ。
死にたい。ここで死にたい。
もうやめてくれ、俺のライフはゼロどころかマイナス──!!
そう思いながら、手で顔を覆った瞬間。
「……ありがと。」
聞こえた。
小さな、小さな声。
俺は、びくっとなって、顔を上げた。
まゆちゃんが顔を、真っ赤にしてた。
目をそらして、指でグラスの縁をなぞるみたいにしながら、耳まで赤くなってた。
(……タメ語……!?)
びっくりして何も言えなかった。
でも、胸の奥が、ぎゅうっと熱くなった。
嫌われたって思ってた。
怖がられたって思ってた。
でも、まゆちゃんは、「ありがとう」って、言ってくれた。
(ああ、もう……。)
俺は、心の中で、静かに誓った。
(はい。嫌われたとしても、君がだあいすき。)
どんなに拙くても。
届かなくても。
不器用でも。
俺は、ずっと君を、応援する。
それが、俺にできる、たったひとつのことだから。
ふと、まゆちゃんが顔を上げた。
真っ赤な頬のまま、まっすぐ、俺を見た。
──その瞳に、言葉にできない意味が込められているのを、俺はまだ、知らなかった。




