第4話 俺、まゆ推しの同志に出会う
やばい。完全に見られてる。
カフェの一角でレポートを書いてただけなのに、正面のパーカー銀縁メガネ男の視線がバリバリ突き刺さってくる。
なんだよあの圧。教授より緊張する。俺、大ピンチ。
(やばい、やばいやばい、絶対なんか言われる……!)
って思った瞬間だった。
「すみません。」
声かけられたああああああああ!!!!!!!
俺はビクッと肩を跳ねさせながら顔を上げた。
そこには、例の銀縁メガネ男が、ガチ真顔で立ってた。
(え、なに!?俺なにかやらかした!?!)
彼は俺をじっと見つめて、静かに言った。
「推し、星川まゆ、ですよね?」
──え。
一瞬、脳みそがフリーズした。
そのあと、爆発的に理解した。
(ああああああああああバレてるうううううう!!!!)
ペールピンクの初恋Tシャツ。
ペールピンクの初恋スマホケース。
全身ペールピンクオタクスタイル。
バレるに決まってるだろ!!!
顔を真っ赤にして、俺はかすれ声で答えた。
「……は、はい。」
認めるしかなかった。もう、逃げ道はない。
でも、彼は、にこっと微笑んだ。
「俺も、推してます。」
……え?
想定してた100倍くらい優しい声だった。
思ってたより怖くなかった。むしろ、ちょっと親しみすら感じた。
(なにこの人……めっちゃいい人じゃん……!!)
ホッとした瞬間、変なとこから声が漏れた。
「……ま、まゆちゃん、かわいいですよね……!」
何言ってんだ俺。でも彼は、まったく動じずに即答した。
「うん。世界一かわいい。」
真顔で。思わず、ふふっと笑ってしまった。
なんだろう、初対面なのに、ちょっとだけ肩の力が抜けた。
俺と、銀縁メガネ男。同じ推しを応援する同志。
たったそれだけで、こんなにも心強く感じるなんて。
銀縁メガネ男──じゃなかった、まゆちゃん推しの同志──と、俺はぎこちなく笑い合った。
(……なんか、不思議な気分だ)
まさか、カフェでこんな出会いがあるなんて。ライブ会場でも、特典会でもない、普通の場所で。しかも、全然怖い人じゃない。むしろ、めっちゃ話しやすい。
彼はコーヒーを一口飲みながら、ぽつりと言った。
「俺、最近は現場行けてないんだけど。」
「えっ」
反射的に声が出た。このガチ感あるオーラで、現場いないって、マジ?
彼は、ちょっと笑った。
「いろいろあって。今は、顔出さないようにしてる。」
(……顔出さない?)
一瞬ひっかかったけど、深くは聞かなかった。きっと、事情があるんだろう。オタクには、誰にも言えない事情がある。俺もそうだから、わかる。
だから、代わりにこう言った。
「……でも、応援してるんですね。」
彼は俺の顔をじっと見て、それから、ふっと笑った。
「もちろん。ずっと、推してる。」
その笑顔が、すごく、あったかかった。
なんだろう。ライブで、ペンライトを振ってるときみたいな、あの熱い気持ちが伝わってきた。
ちょうどそのとき、カフェのスピーカーから、聞き覚えのあるイントロが流れた。
『ペールピンクの初恋』のデビュー曲、「君がだあいすき♡」。
すぐに気づいた。なんて偶然だろう。
当然、彼も気づいていた。
「この曲、まだ流れてるんだな」
「……はい。すごいですよね、もう二年も前なのに」
その瞬間、彼の表情がやわらいだ。
「……最初はあんなに小さい箱だったのに、よく頑張ったよ」
小さくそう呟いた彼の声は、ほとんど聞こえないくらいの音量だった。
そのとき俺は思った。この人、ただのファンじゃない。まゆちゃんの「最古参」だ。
きっと昔から、彼女の下積みを見てきた。そんな重みのある一言だった。
カフェの中、BGMとコーヒーの香り。
俺たちは、たった数分だったけど、確かに「同志」になった気がした。
「じゃ、またね。」
銀縁メガネ男──いや、同志──は、コーヒーを飲み干すと、さらっと言った。
ひらっと手を振る仕草は、なんだかやけに手慣れてる。
(え、もう?)
ちょっとだけ拍子抜けしたけど、無理に引き止める理由もない。
俺は、椅子に座ったまま、小さく会釈した。彼は軽い足取りで、カフェを出ていく。
その背中は、どこか舞台を降りる人みたいで、不思議と目が離せなかった。
残された俺は、半分飲みかけのカフェラテを見つめながら、ぽつんと考えた。
不思議な出会いだった。名前も聞かなかったし、向こうも名乗らなかった。
(推しがつなぐ縁って、すげぇな。)
素直に、そう思った。
俺も、頑張らなきゃ。
まゆちゃんの光を、もっと広げるために。こんな偶然が、また起きるかもしれない未来のために。
ふっと、カフェの窓から外を見た。夕焼けが、じんわりオレンジ色に滲んでた。
あの人と、またどこかで会える気がする。
たとえば、ライブ会場で。
たとえば、またこのカフェで。
いや、もしかしたら、もっと予想もしない場所で。
そんな、なんの根拠もない確信が、胸の奥でふわっと膨らんだ。
俺は、ぐっと背筋を伸ばして、再びパソコンに向かった。
(レポート……書かなきゃ……!!!)
推し活戦士、高瀬直人。
明日も、全力で生きる予定。




