第3話 俺、まゆちゃん布教に命を燃やす
バイト代、消えた。
いや、正確に言うと、推し代にすべて消えた。
特典券。
ライブチケット。
ペンライト。
交通費。
カフェ代。(←カフェで推しレポートやったついでにケーキまで食った。)
全部合わせたら、財布が空っぽになってた。
(嘘だろ……俺、こんなに稼いだのに……?)
ため息つきながら、コンビニのATM前で口座残高を確認したら、小銭みたいな数字が表示された。
(通帳の数字、桁バグってない?)
本気で疑ったけど、現実だった。
でも。
でもだ。
(後悔は、ない!!!!!!)
ライブのまゆちゃんは世界一だったし、特典会で大好きしか言えなかったけど、それでも笑ってくれたし、なにより、あの奇跡の一枚を撮れたんだ。そんなの、金で買えるもんじゃない。プライスレス。
……とはいえ、問題は明日からの生活費である。
「やべぇ……マジでやべぇ……」
米も、インスタントラーメンも、買い足す余裕がない。次のバイト代日まで、あと二週間。
とりあえず、帰宅。冷蔵庫を開けたら、もやしと卵だけが俺を迎えてくれた。泣きそうだった。
(もやし、神食材……!!)
夕飯はもやし炒めと卵かけご飯だった。泣きながら食った。でも、心は満たされてた。
だって──
(俺、推しのために生きてる……!!)
ペールピンクの初恋Tシャツを着たまま、布団にダイブ。
スマホで、あの奇跡の一枚がどれだけ伸びてるかチェックする。
通知が、止まらない。
「かわいすぎる……」「推し増しします!!」「天使降臨」
そんなリプが、次々に流れてきた。
(……やった!)
胸がぎゅっとあたたかくなった。
バイト代が吹き飛んでも。もやし生活になっても。
これでよかったんだ、って、心から思った。
「まゆちゃん……俺、これからも全力で応援するからな……!」
スマホに向かって、そっと誓った。
そして、疲れ果てた俺はそのまま、ペールピンクのTシャツに包まれて眠りに落ちた。
すべてを推しに捧げた男、高瀬直人。財布は死んだけど、魂は超元気だった。
今日も今日とて、俺は特典券を握りしめていた。しかも、10枚。アホかな?って自分でも思った。でも、思考より先に体が動いていた。
(まゆちゃんのためだ!!)
ライブ終わりの熱気がまだ残る会場で、俺は無心で列に並んだ。
今日も「大好き」伝えに行くぞ、と気合いだけは満タンだった。
そして、順番が来た。
目の前、ふわふわのツインテール。ペールピンクのリボン。天使、再臨。
俺は叫んだ。
「だ、大好きですッ!!!」
声、裏返り。顔、真っ赤。手、ブルブル。足元、ガクガク。伝説の4コンボ達成。
まゆちゃんは、ぱちくり瞬きしたあと、ふわっと笑ってくれた。
「ありがとうございます……っ」
(………………尊死。)
理性が崩壊しかけたが、なんとか耐えた。指でハートポーズを作ろうとしたけど、毎回ぐしゃぐしゃ。もはやハートなのか団子なのか自分でもわからない。
そのまま列をぐるぐるループ。
何回も何回も、同じやりとりを繰り返す。
毎回「だ、大好きです!」しか言えない自分に絶望しつつも、また並ぶ。
周りのオタクたちのひそひそ話が耳に入った。
「あの人また来てる……」
「かわいそう……またしても大好きしか言えてねえ……」
(やめろ!!!!!!!聞こえてんだよ!!!!!!!)
耳まで真っ赤。でも、心は超元気。負けねえ、絶対負けねえ。
(まゆちゃんのためだ!!!!!!!!)
ぐしゃぐしゃのハートを握りしめ、俺はまた並んだ。
特典会の終盤、ふと目が合った。
まゆちゃんは、にこっと笑った。
それだけで、心臓がバクバク跳ねた。
(伝わった、かも……?)
ふわっと、胸があったかくなった。
でも──
ほんの一瞬だけ、まゆちゃんがふいっと視線を外した。
(……ん?)
言葉にできない微妙な空気。でも、たぶん、ライブで疲れてるんだろうなって、俺は勝手に納得した。
(だって、今日も全力だったもんな……。)
全力で、ペールピンクを照らしてくれたまゆちゃん。
俺も、負けちゃいけない。
そんなことを思いながら、ペンライトをぎゅっと握った。
帰り道、夜風が少し冷たかったけど、心はぽっかぽかだった。
(終わった……。)
特典会が終わり、燃え尽きた俺は、ライブ会場を出た瞬間に現実に叩き落とされた。
スマホに鳴り響くリマインダー。
《レポート提出、明日正午》
(ぎゃああああああああ!!!)
財布は空。体力も空。でもレポートだけは待ってくれない。
(俺は、やれる男……俺は、やれる男……!)
自己暗示をかけながら、近くのカフェに駆け込んだ。
カフェはおしゃれだった。俺はぺたんこ財布を握りしめ、ドリンク一杯で居座る覚悟を決めた。
席に着くと、ノートPCを開いて、レポートに取り掛かる。
テーマは「プログラミング言語の進化」。得意分野のはずだった。はず、だったんだけど──
(頭の中、まゆちゃんしかいねぇ)
必死でタイピングするも、脳内には特典会でのまゆちゃんの笑顔、声、ツインテール、ぐしゃぐしゃハートしか浮かばない。
(だめだ……俺の脳内、推し一色だ……!)
唸りながら画面に向かってたら、なんか、視線を感じた。
(ん?)
ちらっと斜め向かいを見る。
パーカーにマスク、銀縁メガネの男が、じーーーーっとこっち見てた。
(え、なに?俺、そんなにキモい?)
ビクッとしつつ、そっと自分のTシャツを見る。
──ペールピンクの初恋Tシャツ。
──星川まゆ推しスマホケース。
(あ。)
推しバレ。
完璧推しバレ。
やっべええええええええ!!!!
俺はそっとパーカーのフードを引っ張り上げようとしたけど、もう遅かった。
銀縁メガネ男、完全に俺をロックオン。
(怖っ……!! なんでこんなガン見なの!? 俺、なんか悪いことした? キモいけど、一生懸命生きてるんです)
必死にパソコンに集中するふりをするけど、手汗でキーが滑る滑る。
(頼む……!気のせいってことにして……!!!)
祈るようにキーボードを叩き続けた。
でも、銀縁メガネ男の視線は全然外れなかった。
(これ、絶対、声かけられるやつだろ……!!!)
直人、絶体絶命だった。




