69. 変化と不変と
ケイファスの危機を教えてくれたのは、またもや雪うさぎのダーとシャオだった。二羽のおかげで、ケイファスとナイトレイヴンが衝突していた現場に行き着きケイファスの肉体を回収できたのである。
鞄に入れていたダーとシャオは、原動力の魔力を失ったためかただの雪となり溶けていなくなってしまった。きちんとさよならも言えなかったことが悔やまれる。ケイファスのもとへアリサを連れてきてくれることが彼らの最後の役割となってしまった。
首都に家があるとはいえ戻れなくなったアリサは幻獣世界にある、ダルデュアの小屋のひとつを借りている。
一般的なサイズのベッドにケイファスはすっぽり収まった。小屋に着くまでに、背が縮んでしまっていたのだ。魔力を使い果たしてもなお捻り出そうと無理をした代償だろう。死を迎えてようやく、本来の肉体に戻った。
けれど、死後硬直がいつまで経っても起こらないのだ。体温は低いけれど、冷たくならない。何日経っても腐る様子のない肉体の世話を、アリサは続けた。それがアリサの希望である。いまは仮死状態で、条件が整ったらきっと……。
最後の決め手になってしまったアリサの手応えでは、ナイトレイヴンも魔力はスカスカだった。奪えたのか実感もないくらいの量で、失敗したのかと焦ったくらい。服装と同じく見栄っ張りなだけで、実力だか魔力の保有量はケイファスといい勝負だったのではないか。
ナイトレイヴンは、また別の小屋でダルデュアが面倒を見ているらしい。意識が戻っても、ぴくりとも動けない状態だったとか。体の自由がない間に各方向からこってり絞られたことで反省はしていると聞いた。ただし後悔はしていない、とも。
幻獣の世界に秩序を重んじる規範はなけれども、人間と仲良くしたい、人の世界へ悪を及ぼしたくないと考える層はいる。人間に好意的な彼らから行動を問題視され、なんらかの処罰は受けることになるだろう、だそうだ。
家事がひと段落し、ケイファスを眺める。彼の体に残る線条痕はもともとであって、新しい外傷はそこまでなかった。それよりも魔力を失い血流が悪くなった結果、内臓への損傷が大きかったようである。
それも樹陰男に作ってもらった薬でよくなった、はず。
アリサはケイファスの目覚めを願い続けている。
目が覚めないのは、いまだ魔力が足りないせいだろうか。分けたいと思って――いつもケイファスに吸い取られるばかりで、魔力を他人へ分け与える方法は教わっていなかったことに思い至り、ベッドへ突っ伏した。
それとも、精神的な問題だとしたら。ケイファスは人生に満足しきってしまったのだろうか。何百年と時の長さに飽いて、もう目覚めたくないと思っているのなら……。
ゆるりと頭を振る。
「待つしか、ないのかな」
アリサは身を起こし、台所に向かった。なんとはなしにカップを二つ用意して、ポットにも二人分の茶葉を入れる。
ケイファスの寝顔を眺めながら、ポットの中でゆったりと茶葉がほどけていくのを待つ。掛け布の上に載せたケイファスの手を掴んで、ふと時間を計っていた砂時計を確認する。
きゅ、とアリサの手の中で長い指が動いた。
視線をベッド側へ戻す。
「…………。お茶、飲む?」
二人暮らししていたとき、なにかと毎日訊いていた言葉だった。
先に「おはよう。」と掛けるべきだったと思いついたけれど、いいかと流す。
ケイファスは答えようとして口を開き、口腔も喉も乾いて声が出ないことに微苦笑すると、こっくりとうなずいた。
「でもお茶より湯冷まし、先に持ってくるね」
何杯か飲み干した後は、ポリッジも食べられるようだった。アリサが「あーん」をする。ケイファスは首を赤くしながらも素直に応じてくれた。
眠そうにしているので、今度はアリサもお昼寝に付き合おうとベッドに横並びになる。
「僕は、アリサに助けられたんだね」
「いいんだよ、もっと頼って」
「そうだね。ナイトレイヴンもアリサが倒しちゃうし」
「それは違うよ? ケイファスがやったの」
「……うん、ありがとう」
目を閉じているケイファスを見ていたはずなのに、いつの間にか寝てしまっていた。本格的に寝てしまうつもりはなかったのだけれど、気が抜けたようだ。
目が覚めたその夜はみんなからの伝言を伝えたり、ナイトレイヴンとダルデュアの現状を説明したりした。
二日後、ベッドから立ち上がったケイファスは落ち込んだ。
「うう、格好がつかない……。身長が戻るなんて考えたこともなかった……戻らなくてよかったのに……」
「そんなに背が高いの気に入ってたの?」
「アリサは、彼氏が身長高いほうがよくない?」
「なんで??」
「いや……えっと、僕の唯一の男らしいところだったし。たぶん……」
両頬を手で挟んで、アリサは顔を近づけた。
「こっちはこっちで、キスしやすくて好きだよ」
「そ、そう……」
身長が近いとほんとに、表情の変化もつぶさに見れる。これはいい。
「ケイファスの男らしさは別なところにあるからね?」
同じ高さにある首に腕を回して、キスを求めた。
体調が安定して、完全に回復できたといえる状態になってから、ケイファスとアリサは幻獣世界を出た。
人口の少ない田舎でスローライフ……なんてことはせず、都会を渡り歩いた。人が多い場所の方が紛れ込みやすいからだ。ただし第五部隊が協力してくれたとはいえ、追っ手を警戒しないわけにはいかない。
知られているのは外見的特徴が主だ。いまとなってはケイファスを表す超高身長という条件は捜索の邪魔しかしていない。髪と瞳の色が正確であろうとも。
さらにアリサの場合、望む色へ自在とはいかないが、幻獣の魔力を取り込むことで瞳の色は変えられる。髪型も工夫しておけば印象だって違ってくる。
これでまず、声をかけられることはなかった。
ケイファスは服を新調した。同じく買い揃えた服を着たアリサをデートに誘ってくれる。
「アリサの生きる世界を変えてしまうけど、僕に攫われてくれる?」
「もちろん、望むところだよ」
アリサは目の前の手をとった。ふたりの足はこれまでと違う世界へと踏み出す。
足を止めた先は湖のように見える。水辺の端が見えないため、海かとも思えたが周囲の空気に塩気はない。また向こう岸にも木々が生えている。奥には滝もあったから、川から繋がっていそうだけれど。
「ちょっと待ってて。どこか座れるところ……」とケイファスが周辺を探りに行ってしまった。アリサは軽く散歩としてうろつくことにした。
ぐるりと水を包む緑の中でも、ぽつんと白いものが目立つ。しゃがんでみれば、なんなのか見当がついた。
ざらざらとした実感で、自然分解しかけのぐずぐずに溶けた紙で、文字が書かれたと思わしき跡がある。おまけにハート型の葉っぱが散らばっていた。
かつてのデートで、恋占いに使った舟の残骸だ。ちゃんと調べてもおらず、直感だけれども。きっとそうだ。
「アリサ」
立ち上がり、水辺を背にする。ケイファスはキノコの椅子を抱えて持ってきてくれた。
向かい合って座れば両手を取られる。じっと見つめられて、アリサは微笑んだ。思い詰めたような顔をするケイファスに、不安などないと伝えたくて。
「堂々と表を歩ける人生にはならないかもしれないけれど、どんなときも一人にはさせない。きみを愛してる。
アリサと永劫のときを過ごしたい。
僕と生きてくれますか?」
ぱあっと笑みを広げた。
「もちろん、ケイファスのそばにずっといる」
「そして、アリサの死に水を取るのは僕にさせて」
「ふふ、ありがとう。よろしくね」
この人は、アリサが幻獣や化け物と呼ばれることになっても欲しかった人だ。
「あたしもケイファスを愛してるよ」
愛を語りあい、口づけを交わす。教会で崇める神さまになんかじゃない、お互いへと不変を誓った。
R15版「プロポーズはいらない」完。
改めまして、R15版「プロポーズはいらない」69話にて完結いたしました。
連載に一ヶ月以上もかけました。
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読んで……くださっている……?!
願わくばまた別な作品でお会いできますように。
みなさまにおかれましては、引き続きよいなろう生活をお送りくださいませ。




