66. ダルデュアたちへ報告
ケイファスはよき魔法の先生だった。
気が長いためか怒ることはなかったし、アリサが失敗してもかわいいと思われているだけのような気がする。
リボンに魔力を通す練習は三ヶ月をかけて修了した。
表面上、ケイファスもアリサも日常に戻った。働くときはケイファスは軍へ、アリサはカフェへ。枷をつけられたもの同士、愛し合っていることは救いである。お互いを支えにして、苦しみを分かち合うことができた。笑い合い、手をつないで毎日を歩むことができる。
アリサが魔法を覚え、慣れてきたら今度は実地訓練だ。幻獣を相手に、魔力を奪ったり、また奪った魔力で魔法を使い目標を倒すことをケイファス同伴で行っている。
魔法は万能のように見えて、仕組みを理解していないと成り立たない。ただ頭の中に結果を思い浮かべるだけでは実行できなかった。
ケイファスの真似をして雪を降らせようとしたのだけれど、まず雪を作る自然の環境条件や過程を知らないとならない。空気の温度の上げ下げも、それを範囲限定することも簡単なことじゃなかった。
入れ子状態の勉強に次ぐ勉強である。
勉強中でも、枷を外す方法を模索することは諦めなかった。縛りなんてものはないほうがいい。
樹陰男にも相談したが、幻獣が作ったものならまだしも、これは人が作り出したもの。両者しるしについて調べるしかない、と望ましい答えも役に立ちそうな薬ももらえていない。
「ケイファスはこのしるしに干渉できないって言ってたけど、どういうこと?」
「僕の魔力を受け付けないんだ。改変とか修正しないようにだろうね。しるしを消したりするなってこと」
「そうだよね、自力で消されたら困るだろうから」
スカートの上からしるしのあたりを押さえる。試しに魔力を流すとその部分が膨張しているのか、皮膚が肉から浮くような感覚があった。痛みを引き起こす寸前で止める。ただ単に、魔力を流すだけでは発動するわけではなさそうだけれど……。
ギリー・ドゥへの相談がてら幻獣の世界へ来たついでに、ダルデュアの家を訪ねた。
ノックをするも、返事はない。
「……留守みたいだ」
「他の場所にいるのかもね」
彼女はいくつも隠れ家を持っているので、ここにいるとは限らない。ケイファスと顔を見合わせて、仕方ない、ときびすを返したところ。
「わたくしにご用かしら?」
「――ダルデュアさん」
「ずいぶんいいところで来たな」
「この家に誰かが来た気配がしたから立ち寄ったのよ」
さらりと肩に乗る真っ赤な髪を払いのけて、家の玄関を開いた。
「用事というよりも……近況報告がてらの雑談に来たの」
「あら。ナイトレイヴンも呼んでおく?」
振り向きざまでの問いに、ケイファスはうなずいた。ダルデュアが知らせを飛ばす。
ぴしりとした礼服を着こなし、王冠を頭に乗せた青年はすぐさま現れた。
「前回呼び出されたところよりはマシな部屋だな」
「わたくしの家をあんな牢獄と比べないでもらえる?」
二人ともそれぞれケイファスとアリサが尋問を受けている場にかけつけてくれた仲なのでこんな皮肉が通用する。それぞれ苦笑や笑みを浮かべながら全員が席に着いた。
軍にケイファスの正体が暴かれ、行動制限をかけられたことを説明する。ダルデュアは机に立て肘をして顔を乗せた。
「人間ってときどき幻獣より悪趣味よねぇ」
というのが、しるしへの感想である。
「くだらぬものに縛られておくつもりか?」
「できたら解きたいですけど……、取れないんですよね」
「なぜそんなもので縛る必要がある」
「僕が力をつけすぎたから……」
「ワタシのほうが力があると見せつけてこようか」
「目立ちたいだけならやめてください」
ナイトレイヴンは長い脚を組み替える。
「幻獣は人間を食い散らかしたり殺すこともあるが、人間はつまらぬ益のために同胞の自由の権利を踏み躙るのだな」
空気がピリッと音を立てた。
「享楽で他をもてあそび道徳を無視するなどあんたの種族こそが得意とするところでしょう。笑いながら人に毒草盛りまくった悪魔がよく言えましたね」
「それはキミが望んだことでもあったろう」
自殺願望をこじらせた過去を、ナイトレイヴンはさらりと流した。
ケイファスはふぅと短く息を吐いて、アリサに微笑む。
「もうずっと昔のことだよ」
心配しないで、と込められていた。涙をこらえてへにゃりと笑ったアリサはケイファスの手を握る。
「二人で生きていこうね。大好きだよ」
あら、とダルデュアが目を細める。その隣でナイトレイヴンが興味深そうに瞳孔を大きくして、赤くなったケイファスを見つめていた。




