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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
65/69

65. また……?

「アリサ……」

 

「うん、どうしたの?」

 

 落ち込んでいるというか、憎々しい思いをまだ引きずっているっぽい。

 

「また、僕の魔力を吸ってるね」

 

 想定外のことを指摘されて、目を丸くする。

 

「どういうこと? あたし、もう魔力の器はないんだよ」

 

 ケイファスと一緒にいるときに完全に破壊されて、依代のフクロウの羽根も処分したというのに。

 

「アリサの体が魔力の溜め方を覚えてしまっているんだ」

 

「そんなこと、……ある?」

 

「じゃあこれ、どう説明するの」

 

 そっと下腹に手のひらをぺったりとつけられて、意識を集中する。懐かしい魔力が、体の内側でぽかぽかしていた。

 

 これは……。

 

「溜めてます……ごめんなさい」

 

「謝ることじゃないけど……うん。とりあえず、体洗っておいで?」

 

 そうする、とそそくさと寝室を出る。

 お風呂を上がれば、ケイファスは真面目な顔をしていた。

 

「アリサに宿題を出すよ」

 

「えっ……どんな?」

 

 ひらりと手に乗せられたのは指三本を束ねたくらいの幅のリボンだった。装飾目的ではない、目は麻袋のごく荒く古ぼけた布。

 

「魔力を扱う練習に使う道具だよ」

 

 軍に入った魔法使いに配られて、特訓させられるとか。

 両端をピンと張るように手で持つと、リボンの上を一直線に光が浮かんだ。それが右から左へ、また左から右へと光がヒュンヒュン移動する。今度はジグザグに走ったり波になったりいろんな形を描きながら往復した。

 

「魔力に感応する特別な繊維が編み込まれているんだ。こんなふうに操作できるようになること、が宿題。暇があったら練習して」

 

 頑張って、とリボンを渡されたが、アリサは魔力を勢いに任せてぶつけることしかしたことがない。とりあえずは持ってみるけれども。

 

「おいで」

 

 と脚の間に受け入れられ、後ろから抱きかかえられながらリボンごと手を取られる。張り詰めたリボンに、再度光が走る。自分の左手を素通りして温かいものが駆け抜けて、右手にたどり着いたそれがまた逆走する。

 

「できそう?」

 

 お腹にある魔力を、一気に出してしまわないように気をつけつつ肩まで引き上げ、腕を通し、指から放出――できてるのか?

 

「っと……んっ……!」

 

 左の端っこがぼわっと膨らんだ感覚があって、すぐさまシュウと消えた。線にすらならない。

 

「そんなに力まなくていいよ」

 

 ゆるやかに頭を撫でられて、口をへの字に曲げる。家事をはじめなんでもとくに繊細な作業は嫌いじゃないのに、これではひどく不器用みたいだった。

 

「毎日こつこつ、が肝心だから」

 

「……ケイファスはこれ、どのくらいでできるようになったの?」

 

「…………、わりとすぐ?」

 

 この答え方、ケイファスはリボンを手にした瞬間から魔力操作なんて難なくできていたに違いない。そうでなくともアリサほどの苦労はなかった。

 

「ほら、僕はもともと魔力あったし。本格的に魔法を習う前からいろいろ自分でも試して遊んでたから」

 

 うーん、と唸っているとリボンを取られてしまった。

 

「今日は寝るよ。最初から根を詰めすぎても体調を崩してしまう。練習はまた明日からね」

 

 キスをくれて、ケイファスは隣で横になる。

 もやもやしつつも、慣れないことをした疲れから寝てしまった。




 そうして隙間時間に魔力操作の練習に励むようになった。朝、支度して家を出るまでの時間。仕事から帰ってベッドに入る前のちょこちょことした家事の合間だったり。

 

 一週間ほどして、魔力を維持して左右を渡すことに成功した。

 

 ぐ、ぐ……とカタツムリの遅さで魔力が布を這っていく。光の太さはケイファスのときより細くはないけれども、布の幅には収まっている。

 

「おお……」

 

 ケイファスは目を細めて「頑張ったね」と褒めてくれた。

 

 そういえば、なぜ魔力操作をさせられているのかも知らずにやっているのだけれど、この練習に意味はあるのだろうか。

 

 急に宿題だと言われて、リボンに線を走らせるのが楽しそうだったから挑戦していたが。

 

「溜め込むだけはもったいないからいっそ、魔法を教えようかと思って」

 

「魔法、教えてくれるの?」

 

「興味があるならね。身を守る手段にもなるし」

 

 ただ魔力を乱暴に放出するだけでなく、使い道を模索できるのなら。いつか、ケイファスのようにかわいい雪うさぎを作れるようになれたらいい。

 

「教えてください」

 

「はい、請け負います。でも、焦らずゆっくりだよ」



 

 さらに一週間、練習に余念のないアリサはリボンを走る光を加速させた。次の段階としてギザギザに挑んでいるところだ。

 

 直線の次の段階、なめらかな波状にするのはとても難しい。ガタガタに崩れてしまい速度も不安定だ。


 ベッドの上でひたすら訓練していると、お風呂から上がったケイファスがぺたりとくっついてきた。アリサは先にお風呂を済ませている。

 

「まだ寝ないの?」

 

「うん、なんか掴めてきた気がするの」

 

「宿題出したのは僕だし、一生懸命なのはかわいいんだけど」

 

 背中側からお腹へ腕が回ってきた。乾き切らないしっとりした髪がアリサの髪に混じる。犬が匂い付けするように、つむじに頬ずりをされた。

 

 かわいいのはケイファスのほうだろうに。

 

 他愛のない触れ合いが、いつしか色と湿度を帯びてきた。

 

「……ケイファス?」

 

「僕、がまんしてたんだよ」

 

 あ、これ、もしかしなくても拗ねてる……?

 二週間、起きてから寝るまで魔力操作に集中するばかりで恋人はほったらかしだった。

 

「ごめんなさい」

 

 謝罪を何回も繰り返し、なんとか許してもらった。

 

66話〜69話(最終話)は8月9日朝10時に一気に投稿予定です。

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