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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
63/69

63. 釈放

 ダルデュアの説明が終わった。今度こそ椅子から解放されて、アリサは魔法使いを見上げる。


「お名前、訊いてもいいですか?」


 どうやらこの人は敵ではないようだったので、知り合うことにした。


「アッティ。偽名だけど」


「……わざわざ偽名って言う必要あります?」


「便宜上そう呼んでってこと。そこからオレの面が割れるこたないしさ。もうわかってると思うけど諜報員なんだわ」


「はい……?」


「ん?」


「いえ、諜報員とかわかりませんでしたけど……」


「マジ? あちゃー。もうちょっと世間を勉強しよ?」


「普通に生活している一般市民は、諜報とか尋問とは無縁だと思います。勉強したってわかりません」


「おりょ。一理あり」


 もはや常識と良識が仲良く行方不明である。そのうち帰ってきますように。

 


 












 自宅でジェッドと話していたら第五部隊の同僚たちに拉致された。アリサとは分かれて、どの部屋にいるのかも不明である。


 ケイファスは指先も使えないように拘束服(ストレートジャケット)を着せられ、床に座らせられていた。椅子すらも武器になるのではと懸念されたのだろう。


 暴れる危険性のある囚人扱いとは……アリサになにかあれば、その心配も無駄にはならないだろうが。椅子がなくたって暴れてやる。


 隊長が残念そうに見下ろしてくるのが悲しい。


「ケイファスくん、あなた幻獣を家で飼育しているのですか」


「いいえ、僕の魔力で作った雪うさぎなら二羽おりますが。幻獣ではありません」


「そちらではなく。出入りしている存在がいるでしょう」


「家に出入りできるのは恋人のアリサだけです」


 隊長が眼鏡を外して眉間を揉む。


「ついに幻獣を恋人にする部下が出ましたか……」


「アリサは人間です」


「人間だと信じたい気持ちは尊重したいところですがね。あの子鹿さん」


「他に答えられることはありません」


 それきり、口を閉ざす。

 何個か質問をされたが、答えは返さない。

 隊長は鼻から息を吐いて、片膝をついた。


「軍の七不思議のひとつ、定期的に出没する内助の存在。危険な幻獣が生まれると知らぬ間に片付いているという。……都市伝説ごときを信じたくはありませんがね」


「隊長が信憑性のない話(オカルト)を持ち出すとは思いませんでした」


 くい、と眼鏡を上げればレンズが光を反射して目を隠す。


「上層部にもいるんですよ、信じてるのがね。認めざるをえなかった、と異口同音にしますが。国の窮地を助けられこそすれ、害にはならぬ。正体を突き止めようとすると消えてしまう、それこそ幻獣とも言われてます」


 なにを言ってもケイファスから反応を得られずとも、隊長は意に介さず話し続ける。


「ケイファスくん。経歴記録では目立った活躍がないようなのに、きみの魔力量は功績と不釣り合いに膨大。人外だ」


 言いながら立ち上がり、足をそろえ、背筋を正した。

 幻獣を相手にしているつもりであれば、これはおかしな態度だ。


「まさか私の代でお目にかかれるとは。

 元祖苛烈隊(アベランツ)、初代魔法使い殿」


 こうしてヘマをして捕まるのは何度目だったか。ずいぶん減ったと思っていたのに。アリサといられることで浮かれすぎていた。彼女をも危険に晒してしまって……早く助けなければ。


 ケイファスが目を伏せた。上からふわふわと落ちてきたフクロウの羽根が膝の上に乗る。

 窓もない室内にバサバサと羽音が聞こえた。


「――ごきげんよう」


 紳士はくるりと杖を回し、帽子を軽く上げた。


「友人を迎えにきただけだ、失礼するよ」


 この人に頼るのはあまり気が進まないが、魔法を使えなくされていれば致し方ない。


「お待ちを。我々軍はあなたに報いたいだけなのです」


「なら放っておいてください」


 唯一自由な二本の足で立ち上がれば、羽根は膝から落ちた。それが床に着く前に――


「毎度戸籍を作り直すのは面倒ではないですか? 我々であなたが過ごしやすいよう環境を整える用意をさせてください。なにはともあれどうか、お話しする機会を」


 どういうことだ、とケイファスは隊長をこれまでにない目つきで瞥見する。


「あなたの清純な恋人と、この国をともに守ろうではありませんか」


 始まったのは交渉かはたまた通達か。










  




 ケイファスが助け出す前に、アリサは助かっていた。ダルデュアはアリサがもはや安全だと知り逆に自分が捕まってはいけないと逃げ出したが、ウナは違った。


 これは後からきいた話になる。アリサが乱暴されるかもしれないと邪推したウナは、


「アリサちゃんが誰かを騙したり貶めたりするような子じゃないって、ジェッドさんならご存知でしょう! ケイファスさんだってあんなに信頼しあったお仲間ですのに! お二人をいますぐ解放してくださいっ」


 と激越な口調で飛び込んで来たらしい。

 魔法使いとともにアリサは詰問部屋から出て、ぽかぽかジェッドを叩き続けるウナを目撃してしまった。


「拷問なんてひどいですわ!」


「尋問だ。口頭での質問に限る」


 止まらないやわらかい攻撃を避けもせず、ジェッドはその鉄の体幹で動じることなく胸板で受けている。


「ケイファスとアリサの身を洗うのにこれが一番手っ取り早かったんだ。俺ひとりが熱弁したって、軍は感情で動く組織じゃないんだぞ」


 ウナの詰問のほうが精神的には苦痛が大きそう。呆気に取られて、声をかけるのをためらってしまった。


「……えっと、ウナちゃん?」


「アリサちゃん!」


 パァッと表情を明るくして、アリサに抱きつく。


「お前らが繋がってる妙な連中はなんなんだ」


 アリサのもとにはダルデュアが、ケイファスのもとにはナイトレイヴンが現れてしまった。彼らは幻獣で、害悪ではないが、善良な隣人というわけでもない。またそこも突かれたのである。


 暴力はなく、アリサに傷はないと見せるために部屋から出されたが今度はウナにダルデュアの正体の説明をしなければならなかった。


 それからもう迷惑をかけすぎたからと、カフェを辞めさせてもらいたいとお願いをした。従業員が軍に連行されたなどと風評被害が恐ろしい。ウナは寂しそうに、「でも落ち着いたらまた戻ってきてください」と告げた。

64話は8月6日朝10時に投稿予定です。

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