62. 愛のかたち
魔力で魔法使いを吹き飛ばせば、さすがに外部に音で気づかれた。
「――おい、なにやってんだ」
ちらりとだけ拘束に緩みのないアリサを見て、ジェッドは魔法使いをねめつける。
「怪我させるなよ」
「ええー怪我させられそうなのオレだったんだけど」
「……手を貸すか」
「うんにゃ、要らね」
ひらひら、と手を振ってジェッドを追い出した。
壁に背中を預け、床に胡座を組んだ魔法使いは、余裕を見せる。膝と膝の間に橋を渡すように指を組んだ。
ヒタと見つめてくるのは、三つの目。彼の額にある第三の目が開眼していた。のっぺりとした光のない瞳とぶつかれば、心臓がどくんと拍を崩す。
魔力に覆われて、ぐわんぐわんと脳が揺らされているようで気持ち悪い。体が痺れ、首から下の感覚が消えた。かろうじて、発声するだけの力を残してある。
これ、危ない魔法だ。口周りだけ動くというのはたぶん、自白強要の。
「ケイファスの恋人なら、知ってる? あいつが何者か」
やけに響く声だ。その声に思考を支配される。
考えるな、ただ質問に答えろと。
「軍人です。国を守る魔法使いです」
「それだけじゃないっしょ?」
「自分の利益なんて考えてなくて、他人のために動ける人です」
「そうそう、ちゃんと隊でも協力的だし、いーい奴なんよね」
なぜか肯定のうえにケイファスを褒めている。
このおしゃべりな男をどんな目で見ていいかわからなくなってきた。敵のようなのに、ケイファスに好意的なのはなぜだろう。
「力を持っていても、ひけらかしたりしなくて手柄にもぜーんぜん執着しねーの」
それならわかっているだろうに。
「ケイファスは……ずっと国を守るために働いてただけです」
「キミはさ、なんでそんな体になっちゃったの? 彼氏は守ってくんなかった?」
「これは、あたしの自己責任です。あたしが望んで、ケイファスの知らないところで授かった力」
なにを訊かれても言われても、アリサはひたすら、ケイファスが真面目でやさしいという内容だけを繰り返した。
だって、ケイファスの全ては知らない。ちょっと他より長生きかもしれないけれど、アリサにしてみたら、繊細な人間なのだ。いくら彼が自身を幻獣に近いと自認していたとしても、彼は常に人間の心を持とうとしている。
くらくら、くらくら。魔法使いの輪郭がブレる。もう視界もあやしくなってきた。
ケイファスも同じ目に合っているのかな。
ああ、ケイファス、ケイファス、無事でいて。
「ケイファスもずいぶんと愛されちゃってんねぇ」
くつくつと笑う姿に、顔をしかめる。
「愛なんて……そんな綺麗なものじゃ」
執着。独占欲? とは違うかもしれない。恋して、焦がれて、愛されたいと願う。アリサのわがままだ。
「尋問受けといて最後まで好きな男褒め倒して庇うなんて愛以外なくね?」
「――――……」
ふっと酸素が脳に行き渡る。
アリサのどろどろとした感情を、愛だと呼んでしまっていいのだろうか。愛とはもっとあたたかくて、喜ばしいものだと信じていた。ケイファスがアリサに対して常にそうであるように。
思うがままに突っ走ってときに暴走するアリサを、ケイファスは叱りつつも決して見捨てなかった。家から逃げ出したときも、居場所を作って帰りを待っていてくれた。それは愛だろう。
でももしかしたら。
追いかけて、困らせたくて、囚われたいと願う愛もある?
静かに会話だけしていたというのに、また人が入って様子見をされた。
「どうですか、危険性は見られましたか」
「いーえー。だって隊長、この子が脅威に見えます?」
危険性は、あった。誤魔化しようのない攻撃を彼に加えたところなのだ。だから彼はへこませた壁に背を預けて座っている。
「もーなに訊いても聞かされるのずっとケイファスの惚気すよ。この子なんもないす」
ケイファスがどれほど素晴らしいか、語ることは……惚気か。惚気なのか。惚気だった。
「わかりました。こちらで拘束を解いてお待ちいただいてください」
隊長が去ったあと、あの、とアリサは話しかけた。
「……ごめんなさい、その、ぶつけてしまって」
「いーよー。その器、壊れかけでもう大きな攻撃はできないっしょ。あとオレが体触ったのと相子ね。ケイファスには秘密にしてくんね?」
うなずこうとしたその時、室内で風が旋回する。
なぜかカラスの鳴き声がした。
「アリサ。恋バナするならわたくしを呼んでくれなくちゃ。どのくらい聞き逃したかしら?」
鮮やかな赤毛をかき上げて、ぱちん、とふっさふさのまつ毛でウィンクする。
「ダルデュアさん?!」
ふふ、と口端を上げて魔法使いに向き合う。
「オンナノコだけの恋バナよ。殿方はご遠慮くださる? あ、でもその前に味見していいかしら?」
「わーお。やばーい感じのきれーなお姉さんすね」
やばい、というのが「きれいな」を強調しているのか、「(危険な素行の)お姉さん」を意味するのか……どちらに掛かっているのやら。男はケラケラ楽しげにしているものの。
ダルデュアのしなやかな腕が軍服に絡み、首を狙う。
「じっとしててね、お兄さん」
「おっと、大胆」
両手を上げて降参のポーズを取るが、余裕は消し去らない。
「アリサの釈放に協力したげるわ。わたくしの数少ない友人ですもの。その後で恋バナね」
「待ってください。えっと、それがなんだかおかしいんです……」
「あら、どういうこと?」
顔を上げてアリサを振り向く。
「いまから拘束解くとこだったんすよね」
「ま」
ほほ、と口元に指先を当てて、ダルデュアは男から手を引いた。
「じゃあわたくし、退散したほうがよさそうね」
「ちょい待ち」
がっしりとダルデュアの手首を掴んだ魔法使いは、
「あなたの味見はまた今度」
というダルデュアに翻弄される。
アリサ側からはダルデュアの後頭部で見えなかったけれども、「ちゅっ」と音がしたのでなにをしたのかわかってしまった。
くるん、とその場で一回転すると彼女は跡形もなく消え去った。
緊張もへったくれもあったもんじゃない。
「逃げられちった」
悔しそうにするでもなく、舌なめずりをしている。
味見、の意味を教えた方がいいのか逡巡する。けれど彼はダルデュアが人の血を吸うことなど知っていそうだ。知っても気にしなさそう。
「んで、いまのダルデュアお姉さんとはどういう知り合い?」
尋問が再開されてしまった。
63話は8月4日朝10時に投稿予定です。




