61. 連行
ジェッドとウナを招いたのは、ケイファスとアリサの家だった。四人で席に座るが、まあ気まずいこと。
ジェッドなどお茶を出すも、手をつけてはくれない。
「会館では騒動にしてしまってごめんなさい」
「いえ、他の方達は気づいておられませんでしたわ。主催側としても警備に穴があったのかと調べましたけれど、そうではないようでしたし……軍の方からの調査報告では、幻獣の仕業だったと聞いておりますから。幸い被害もなく……なかったのですわよね?」
話を振られて、しぶしぶといった体でジェッドはうなずく。
「どうぞ我が家のことはお気になさらず」
お礼を言おうとしたときに、ジェッドは割り込んできた。
「被害がない? アレクサンテリ家と軍にはな。だがお前の体はどう説明する」
真顔を崩さないジェッドは、同郷の幼馴染から一転、他人になってしまったかのようだ。
「アリサ。足出してみろ」
お客二人が家に上がるときにもアリサは出迎えず、椅子から立つことをしなかった。歩いてしまえばどうしても足先を隠しきれないからだ。
「ジェッドさん、落ち着いてください」
「落ち着いてるが?」
早口ではあるが声も荒げず、いやむしろ平坦なのが怖い。
「ええ、でも――アリサちゃんの足がどうしたというのですか。あの夜に捻って痛めたのじゃありませんか? だから立つこともできないのだと」
友人の優位になるように考えて、弁明してくれる。ウナはほんとうに、アリサに甘くてやさしい。
「ううん、違うのウナちゃん」
アリサが立ち上がると、ケイファスが支える。そろそろとテーブルの影から出た。
「アリサちゃん……おみ足が」
品の良い紫の瞳は鹿のひづめに釘付けだ。アリサの足首から先にくっついているのだから当惑もするだろう。
「言えなくてごめんね、ウナちゃん」
「その状態なら言えません、わよね。
……驚きました」
ジェッドがフンと鼻を鳴らす。
「夢譚夫婦の事件のときに俺に相談できなかったのはまあいい。俺は相談ごとをやさしく聞くような男でもないし、ケイファスのほうが聞き上手だろうからな」
いいや。長年知ってる仲だったジェッドを勝手に恐れて信頼せず、ないがしろにしたのはアリサだ。
「ごめん、ジェッド……」
相手は謝罪を気にした様子はない。いっそ幼い頃のように裏拳で小突いてくれたほうがよかった。
「お前は自分が何者なのかわかってるのか?」
「人間のつもりでいるけど」
「ジェッド、アリサは人間だよ」
ケイファスも援護するが、ジェッドは冷たい青で黙らせる。
「鹿の足をもつ人間がいてたまるか」
「それは、でもあたしは」
「第三の目も持たないお前が。戦場に現れて手助けをしているつもりだったのか?」
「どういう……ことですの?」
とは、ウナからだった。
「あたし、幻獣から魔力を奪えるの。それでたまに軍が幻獣を倒すときに力を使ってた」
息を吸い込んだウナは立ち上がる。
「アリサちゃん――! そんな危険なことを」
「まったくだ」
丸腰の、戦い方も知らない女からの助太刀は騎士の誇りをひどく傷つける行為だったらしい。
「幻獣になったお前を、軍が見逃すとでも?」
ジェッドの両目がギラギラと猛禽類のように光った。その上にある作り物のような三つめの目には、アリサが持つ妖しい力が透けて見えているのだ。
幻獣だと断言されて、否定するにもこの足では……、と見下ろした。
「アリサは連行していく」
バオバン・シーのときと同じように、ジェッドはアリサを肩に担ぐ。手足の自由を奪わずにアリサを確保するのは、力を低く見積もっているのかそこは信頼しているのか。
「ジェッドさん、やめてください! まだ最後まで話を聞き終わっていませんわ!」
「一般市民に聞かせる話じゃない」
「アリサになにを……!」
この展開についていけないウナはもとより、止めようとしたケイファスも不自然に動けなくなり、途中から声を奪われたように口を開閉させた。
「はいはーい、ケイファスも来るんだよ」
気の抜ける調子で声がけしながら、ドタドタと乱入してきた男はひとりではない。ケイファスが属する軍隊の仲間たちだった。
「ケイファスになにしたの、なんでみんな……っ!」
一度はアリサを助けるために協力してくれた味方が、ケイファスとアリサを敵として扱っている。
「お前の質問に都合よく俺が答えると思うな」
先にジェッドからの質問をはぐらかしておいて、不義理に親切が返ってくるわけもない。
以降、アリサも黙るしかなかった。
拘束帯のついた椅子に縛りつけられて、アリサは朝を迎える。外の光も拝めないし実際朝かどうかは知らないのだけれど、朝食らしい食事が運ばれてきたからそうなのだろう。
朝食の後、魔法使いがやってきた。食事のためだけに解放されていた両腕を帯で固定される。
「やぁ。名乗んなくて悪いね。でも名前教えて仲良くしちゃうとさ、拷問なんか気軽にできないじゃん?」
双方、こんなことになるとは思ってなかったよねぇ、と軽い調子で話しかけられた。
そもそも拷問なんて軽率にするものじゃない。だが大きく出たわりには痛そうな道具も何も持っていなかった。ということは、魔法を使うのだろうか。
「ジェッドは幼馴染みだから油断させてここまで連れて来るのに使われたんだ。あいつに心苦しいことさせんなよ」
そうしてアリサの罪悪感をつつく。すでに拷問は始まっているのか。
「女の子に酷いことしたくないから、サクサク答えちゃってよ」
「……ケイファスは無事なんですよね?」
「ああ、そうそう。どっちかっつーとオレらの目的は、ケイファスなんよ」
ケイファスについて答えているようで無事かどうかは答えていない。
うーん、とかったるそうにぐるぐる肩をまわす。
「戸籍も経歴もめちゃくちゃだけど、真面目に働いてたから問題とされてなかったよ? でも、軍に報告もなく不審な幻獣を匿っているとなっちゃあ、詰問したくもならん?」
不審だとか匿うなんて、アリサは犯罪を犯したわけではない。ちょっとした隠れたい事情はあれども。
「恋人と一緒に住むのはそんなにおかしなことですか?」
「んんー、人間同士ならよかったね」
「あたしが、人間じゃないとでも言うんですか」
「それは自分たちのほうがわかってるでしょ」
顔に伸びてきた手を避けようとして、ガタンと振動がお尻に響いた。自分の体が椅子に縛りつけられていることを思い出す。
指は一番に額へ触れた。
「あーもうマジで同僚の恋人に触るとかオレ嫌われ役じゃんか。やめさせてくんねぇ?」
愚痴には同意せず無言を通した。やめてと言っただけでやめてくれるのなら、こんな場所に連れて来ることもしなかっただろう。
無遠慮な指が、そろりそろりと頬から首、鎖骨の間を通って胸を指す。
「普通は、心臓のあたりが一番魔力が濃いとされてんの。……ちげーな」
胸の下、肋骨に置かれた手のひらは診察のようではあったけれど、ずるずるとさらに下がっていく。
「へぇ、こんなとこに」
魔力の器を探り当てられた。手が離れたと同時に、彼の体は吹き飛んで壁へ張り付いていた。
「いてて……すげーじゃん、魔力ぶつけるとか。そんなことできんなら早く言ってよ」
後頭部をさする彼の真横でドアが開いた。
62話は8月3日朝10時に投稿予定です。




