6. 常連客
アリサの姿が幻獣に見えるか、なんて反応に困る質問をケイファスにしてしまった。単純に頭がおかしいと思われる。結局答えはもらえなかった、というかその前にアリサが会話をぶっちぎった。自分でもあほなことを尋ねたと思うし、彼は明らかに困惑していたから恥ずかしくて。
幸いにも彼はあれからその話題には触れてこない。相変わらずカフェにやってくるし、一言目には季節の確認のような挨拶をしてくる。そして注文は細かくない良客である。
でも今日は彼に変化があった。
目をしぱしぱさせたケイファスがふらふらとやってきたのである。隣には憮然としたジェッドが半目になってさらに凄みを増している。アリサからはただ眠そうにしか見えないけれど。二人ともお疲れだ。
「こんにちは。雲の峰も観測され、黄昏時が待ち遠しくなるくらい日が伸びてきましたね……」
そんなときにも季節の挨拶は忘れない。春から夏へ移りつつある。
「いらっしゃいませ。徹夜でもしたんですか……?」
立派な大人だけれども、まぶたをこすっている仕草はなんだか幼く見える。
「二日寝てない。幻獣退治の報告書を作ってたんだが、寝落ちしそうになった」
「今回退治に時間だけやたらかかって……あともう一息なんですが、いまカフェイン摂ったら夜に眠れなくなりそうで」
「……ぐぅ」
「眠気覚ましに散歩してもこのありさまです……」
腕組みして立ちながらついに眠ってしまったジェッドに突っ込む気力もないのか、ケイファスはカウンターに気持ち寄りかかる。
「持ち帰りで、軽めの、あまり味の刺激がないものを……」
「それならコーヒーよりお茶にしてみては?」
「お茶……」
「はい。ホワイト・ティーとか。あっさり具合ならルイボスティーもさっぱりしているけれど、男性にはあまり好かれないみたいで」
「ホワイト・ティーってどんなのですか?」
「新芽とか若葉で作られる、加工の少ない茶葉のことです。渋みが少ないから飲みやすいと思います。でも、そうですねぇ……」
途中で言葉を区切ったアリサは短く考え込む。いまの時間帯、もとよりお客は少ないので、ひとりあたりに時間をかけて接客してかまわない。ジェッドとケイファスは常連なのだし。
ならば。
「少しお時間いただきますが、おすすめのお茶をお出ししても?
……お時間が許せば、ですけれど」
じわじわと顔の角度を変え、ついには下を向いてしまったジェッドの額をつつくと目を開けた。
「む。……茶だったか」
ぼんやり起きて、わかっているのかどうか怪しいけれども、いいぞ、と了承したのはジェッドだった。ケイファスの飲み物の話をしていたはずだけれど。あくびをかみ殺すジェッドの分も作る予定ではあるからいいのか。
「かかっても十分ぐらいだろ。別に大した待ち時間じゃない。仮眠にちょうどいい」
これ、堂々と店内で寝るつもりだ。騒がないのなら勝手にしてくれていいけれど。女性客向けの展示物にしてやろう。
勝手に返事をしているジェッドを横目に、ケイファスは遠慮がちに肯定した。
「……お願いします」
「では座ってお待ちください」
コーヒーはマスター、軽食とお菓子はマスターの奥さまの大得意分野。カフェに訪れるお客はマスターの淹れるコーヒーのファンが大部分で目立たないが、お茶に関してはマスターと奥さまからお墨付きをいただいている。そこまで言うと自慢みたいで恥ずかしいのであえて言わないでおく。
“ Steamy Bean Bistro” は昼間はカフェ、夜はお酒も呑めるバーを兼ねる。マスターと奥さまがきょうだい夫婦と立ち上げたお店で、当初昼間のメニューは数種類のコーヒーとそれらに合わせたお菓子のみだったが、奥さまの思いつきでお茶をそろえた。さまざまな国からやってきた茶葉を、アリサがお茶について勉強して試行錯誤してメニューに加えられるまでに仕上げた。
適切な温度は茶葉によって違う。
淹れるにしても、お湯を注げばいいというものではない。
茶葉をお湯にさらして洗うようにして淹れた一杯目を捨てるものがあれば、ポットの最後の一滴を至高とするものもあり。高いところから滝のようにお湯を落として淹れるもの、小ぶりなポットを手で転がしながら蒸らして淹れるもの。
お茶って面白い。
集めたのは奥さまだが、持て余してあまりの種類の多さに途方にくれていたところから始まったのがアリサの研究だった。
飲みやすいお茶を、という注文なので今回はそこまで手のかかる茶葉は選ばないけれども。
結局十五分経っていた。仮眠から起きるにはちょうどいい時間だ。
お茶を運ぶ先には、焙煎豆色の頭が揺れている。眠くても、がんばって起きようとはしてくれていた。ジェッドなんて麗しいお客さまたちから投げられる眼差しにも気づかず爆睡しているというのに律儀である。
「お待たせして申し訳ございません。ご用意ができました」
ケイファスがお茶を口に含むと、ジェッドも最初から起きてたかのようにそれに続いた。
「予想してなかった味で、……美味しいです。ほんのり甘く、さっぱりしている。いやな渋みが全くない」
「お気に召したようでなにより。お茶はあたしの領分なんです。言ってくださればその日のご気分に合わせてお作りしますよ」
「いいな、本格的に常連って気がしてきた」
「お得意さまだけの裏メニューね」
今回だって、いうなればアリサのオリジナルブレンドティーだ。メニューには載っていない、つまり他には出したことがない。こっそりウナと楽しんでいるだけだった。
「ありがとうございます。またお願いします」
アリサは胸に手を当てて微笑むことで返礼とした。
来たときよりもぱっちりした目で二人は仕事場へ帰っていった。
お客が捌けたのを確認して、両腕を挙げて背伸びをする。やり遂げた気持ちでいっぱいだった。
自分で作ったものを喜んでもらえるのは単純でわかりやすく嬉しい。




