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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
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5.騎士と魔法使い

 ナッケラヴィーの退治から駐屯地へ戻った翌日。


「コーヒー飲みに行かないか」


 あまりにもジェッドからの個人的な誘いが珍しくて、ケイファスが「うん?」と聞き返したのを了承したと受け取られていた。


 薄い唇を引き結んだ騎士は、晴れ空の下を散歩するのに似つかわしくない。仕事をしていない間くらい、楽にすればいいのに。でもそうでもしてなければ女が寄ってきて大変なのかもしれない。


「ジェッドは、どうして軍を目指したんですか?」


 カフェに着くまでの、間を持たせる会話のつもりでケイファスは質問した。ケイファスとジェッドは編成の折りに同じ隊に振り分けられた仲間、になりたてである。


 知り合って一ヶ月も経っていない。

 ひとつふたつ任務をともにしただけの間柄で、答えを濁したって構わなかった。ジェッドは難しい顔をして、十五歩を歩く間無言を貫く。無理に答えなくていい、と質問を取り消そうとしたときに口を開いた。


「どうしてかを短く言うなら、憧れ……だと思う」


 国の防壁であり、わかりやすい強さを持つ軍は子どもの将来の夢になりがちだった。騎士と魔法使いを題材にした幼児から青少年向けの本はあふれている。


 現実には憧れだけで目指せる職業ではないし、ジェッドにはそれ以上のものを感じていた。


「詳しく言うと?」


「俺は地元にやってくる騎士や魔法使いを多く見てきた。村に寝泊まりする彼らと話すこともあって、いろいろ聞いてたら俺にもなれるかもしれない……から、いつの間にかなりたい、なってやる、に変わっていたな」


 そして付け足す。


「根本には強くなりたいっていうのがあった」


「……それだけですか?」


 強さをうらやむ男児は後を絶たないだろうが。憧れは長くは続かない。夢はうつろうもの。


 実際、その身分、身なり、逸話から騎士はモテる。魔法使いよりも前線で戦い、魔法使いよりも体格は立派になりがち、目立つので調子に乗りやすくもあった。


 元が朴念仁でも、周囲の扱いから女に傾倒したり、ナンパをはじめたり、発散してしまう者もいた。

 それでも騎士が強いことは誰しもが認める。魔力で魔法使いに敵わない反面、腕力で意地を張っている気がしないでもないけれど――と思うのはケイファスの矜持か。


「強ければ守れるものも多いだろ。田舎だからな、腕っぷしがモノをいうんだ。そのまま都会に出て大人になって、こうして騎士になれてるんだから俺にはこの方向性が合ってたんだろ」


「そうですね、ジェッドには騎士が似合ってます」


 名声を得たとハメを外してしまう騎士が少なくないなか、ジェッドはしなしな寄りかかる異性にもへらへらおだてる同性にもなびかない。潔癖なほどだ。本来の騎士というイメージの模範である。


 男なら剣を振るえてなんぼだと、騎士は剣技を誇りにする。そこまではいい。だが一部には任務の同行支援役である魔法使いを見下す者もいた。魔法使いは線が細い者が多くを占めるから、理屈はわからなくもない。


 魔法使いを下に見ることもないジェッドは一本筋の通ったいい奴だ。だからケイファスもジェッドをよく知らない仲までもコーヒーに誘われてついてきた。


「お前は?」


 どうして魔法使いを目標にしたのか尋ね返されて、軽く笑う。


「僕もジェッドとそこまで変わらないです。たまたま魔力に多く恵まれてて、できることをやってたら魔法使いになれただけ」


 この世の中、魔力を持つ者はなにもケイファスだけではない。軍人は騎士が八割魔法使いが二割で占められる。その中で魔力量が多いことは稀だけれども、魔力があるからといって使いこなせる才能をも持ち合わせるかは別の問題で。魔法が使えるけども騎士に転身する者もいたりする。ケイファスは努力で魔法をモノにできるようになった。


 たいした憧れや目標はなかったけれども、自分にできることを続けるのは苦ではない、という点では幸せなのだ。




 駐屯地の近くには食堂も酒が飲める場所も多い。屋台だって選べるほどある。たいがいの軍人は肉々しく重めの食事と酒が飲める店を好むので、カフェ “ Steamy(スティーミー・) Bean(ビーン・) Bistro(ビストロ) ”はなんというか、景色に埋もれていた。


「昼間も開いてたんだ……」


 人工の明かりで照らされる夜とは雰囲気ががらりと変わっている。連れて来られなければ昼営業を知ることもなかった。


 夜には立ち寄ったことがあるけども、カウンターの奥にいるマスターも別人に見える。見えるどころか似ている兄弟だったらしくて、時間によって入れ替わっているのだそうだ。




 店内を照らす明るい日差しに包まれる女性を、ジェッドの幼馴染だと紹介された。見た目は人なのだ、人間なのだけれども――なんだこの見逃せない気配は。かすかにまとわりついているのは、深い大自然の奥底にある、秘められた幻獣の気配。もしくは彼女の大きさなら妖精よりも精霊だったりして。


 まさか。


 姿形を変える幻獣は存在する。人間を惑わすために、美しい姿に変化するのだ。精霊だって全てとは言わないが人を騙すために好ましい見目をしているというのが定説だ。それで人外の類いなのかと思った。だからジェッドはわざわざ魔法使いのケイファスを誘ってカフェへと連れ出し、この女性を見せた。


 なぁ、こいつ幻獣だろう? と確認するために。


 そんな妄想をしてしまったけれども、現実は違った。カフェに溶け込んでいるアリサは正真正銘人間で、ジェッドの地元から続く大切な友人でしかない。堅物騎士が気を許せる数少ない女性のはずだ。でなければ、ぽんぽん軽口を叩いたりしない。


 頭のてっぺんがケイファスの鎖骨くらいまでしかなく、小柄なのが引き立つ。


 下から向けられるすっかり熟(マンゴー・)れた常夏果実(オレンジ)の瞳はみずみずしくて、見つめられるともうわけがわからなくなってしまった。


 そんなことを考えていたので、意識なく自分の口から出た言葉に驚く。


 よりにもよって。

 ……そもそもなにしに来たんだっけ。


 そうか、コーヒーか。誘ってきたジェッドも隣にいた。


 コーヒーが美味しかったから、この日からケイファスはジェッド抜きでもカフェに通うことになる。


 そう。コーヒーが、美味しかったから。




 “ Steamy Bean Bistro “ に通うようになって三ヶ月も経ったころ。


 注文を終えてぼんやりとカウンターの奥にあるメニューを眺めていると、アリサのほうから話しかけてきた。



「……あたしが、人間には見えませんか?」


 は、と吐息のような疑問が口から落ちた。やや不安そうに眉を寄せ、だがそれを打ち消すような笑みを口元に貼り付けるアリサは声をひそめる。他に聞く者は誰もいないのに。


「すみません。なんだか、ケイファスさんの態度があたしに対する時だけ違うような気がして」


「それは、失礼しました。わざとじゃなくて……」


「軍人は、幻獣や妖精が見えるんですよね? あたしは警戒するべき幻獣に見えますか?」


 出てもいない汗を拭うように、自分の額を指先で横へ撫でた。


「……幻獣の中には人間に化けるものもいますが……」


 なにを口走っているんだ。

 アリサが幻獣に見えるからではない。アリサが、彼女自身を幻獣なのではないかと疑っている素振りだったから驚いてしまった。なぜ彼女はそう感じたのだろう。


 そもそもがありえないのだ、だって――。



 どさり。


 麻袋がカウンターに載った。袋の中でじゃらりと豆が鳴る。持ってきたのはマスターだった。


「アリサくん、豆ができたさかいあとで小袋に分けとってくれへんか?」


「はい、すぐに!」


 パッとコーヒーカップから白い手が離れる。

 明るい声はいつも店で聞ける、看板娘の調子に戻っていた。仕事の邪魔をしてはいけない。頭を下げるアリサに手を振って、ケイファスは店を出た。


 彼女の悩み。

 悩み、だろうか。

 なにを抱えている。

 ぐるぐると思考は回った。



 アリサが幻獣や妖精だなんて、ありえない。だって、一般人にそれらは視ることができないのだ。その上人間の社会生活に溶け込んでいる――仕事をしているなんて幻獣がこなせるわけがなかった。


 でもだからこそその疑問が際立った。彼女が自分を幻獣だと疑う理由がわからない。

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