57. お家に帰ろう
怪我が治るまでアリサはダルデュアの小屋で引きこもった。とはいっても、怪我した当日にすでにかさぶたになっている。頭もたんこぶはできたけれど、二日もすれば引いた。完治というか、腕の傷跡が目立たなくなるまでの間のことだ。
肌の色味もよくなったのでケイファスの家へ帰ってきた。
連れてきたうさぎたちも跳ねている。
「この前は治療をありがとう」
「どういたしまして。ちゃんと治療に専念してるみたいだね」
「うん、お外に出るの久しぶり」
「幻獣と戦うなって意味で、別にうちには来てよかったんだよ。いつでも戻るの待ってるから」
「町を歩いてうっかりジェッドに見られたりしたら、退治されそうじゃない?」
幻獣の魔力を秘めてしまっているものだから、アリサの姿を借りた幻獣だ、と言って斬りかかってきそう。
「それは、ありえそうだね……」
お茶を飲みながら、体を寄せた。
ね、とアリサは話題を変える。
「ケイファスの生い立ち、ちゃんとケイファスの口から聞きたい」
お願いすると、唸ってしまった。
「なにしろこれまでが長いから……かいつまむと……」
実の両親は揃っていた。成長しても体格の頼りない、魔法だけが自慢の子として育つ。
そこそこの魔力量および魔法を使えることを買われ、騎士から仲間になれと誘われた。彼は明るくて、挨拶するだけで周囲から人望を集める奴だったよ、とケイファスは目を細める。
みんなを困らせる幻獣を倒そう、と言う騎士の志と眩しさに憧れていた。三人、四人と仲間を増やして、いつしか “Aberrants”と呼ばわる。
「軍の始祖の」
「うん。あいつらはみんな寿命をまっとうしたのに、僕だけがこうして残ってる」
皮肉っぽくありつつも、ケイファスの使う「あいつら」には親しみが込められていた。
「どうして、ケイファスだけ?」
「幻獣の血を浴びすぎた、魔力を吸いすぎたせいもあるだろうね」
他人事のようにさらりと言うのは、確証がないからだろうか。
「ほかに心当たりがあるとすれば、僕だけ未練があったからじゃないかな。仲間はおおむね人生に満足していたからね」
ケイファスはそんなにも不満があったのか、とは顔に出てしまっていたらしい。
「あの頃は騎士に憧れてもいたけど、妬んでもいたと思う。あいつらモテるけど僕は女性から度外視に置かれる。支援役で、騎士のように華々しい活躍はできなかったしチビだし根暗だし。いまは支援役は悪いことじゃないと思ってるけど、いかんせん幼稚だったからね」
「ケイファスが小さかった、ってほんとに信じられない」
「ちょうどアリサくらいだったんだよ」
「見たかったなぁ」
「……見られなくてよかったよ」
照れて笑うのが思春期の少年のようで、ずいぶん久しぶりにかわいく感じられた。ここのところ、彼のかっこよさが優勢だったので。
染まる頬を見られたくないのか、誤魔化すようにキスをされる。アリサからキスをしなくなった、というよりかはケイファスが自発的にキスしてくるから、アリサからする隙がなくなってしまった。
ケイファスは本来、甘えん坊だと思う。
成人して以降、ケイファスは彼の両親とは疎遠になったという。軍人として活動しており休みが不定期だったせいもあるが、大きな理由は体の異変に気づいたから。面と向かって会うのを避け、手紙のやりとりで最後まで済ませたそうだ。
「 “ Yīyuàn ”にも滞在したし……体が老いないな、と気づいたあとに自分の体を調べようと思って。あそこは昔から医療大国だったから。老いないだけじゃなくて大怪我しても死ねないって判明してからは逃げたよね」
唇を歪め、苦々しいものを浮かべる。
「普通に実験動物扱いされそうだったから」
「なにもされなくてよかった。ダルデュアさんがケイファスと初めて会ったのはイーユァンって言ってたけど、覚えてる?」
「うん。普通の人間と匂いが違う、血を飲ませろって迫ってきたからね」
「なかなか衝撃的な出会いだね……」
「何度断ってもめげずに来るし。でも無理強いされるわけじゃないから適当に流してる」
「長年諦めないってことは本気でケイファスの血が欲しいんだよね?」
「死なない僕の存在が珍しいし、暇つぶしなんだよ、きっと」
どことなく寂しそうにした。幻獣にとっては、人間に構うのも時間潰しというわけだ。アリサもダルデュアやナイトレイヴンと言葉による意思疎通は可能だけれども、どこかズレている、根本的なものが違うとまざまざと知るはめになった。
いくら人の理から外れようとも、幻獣よりかは人間のそばにいたいと願う。
「なにもしないままでもよかったけど、時の流れを無為に眺めていると、自分を見失ってしまう」
だから、軍に籍を置き続けている。
「人を守っていると思い込むことで、人としての意識を保ってるから、かな」
「ケイファスは、人間が好きなんだね」
人の生活を守る、軍に長くながく勤めているからわかる。
幻獣になってしまったアリサはもうその対象にない。
「……実は寂しがりなだけなんだよ」
面映そうにしてから、眉尻を下げる。
「アリサ、きみに触れてもいい?」
それは前から覚悟していたことだった。ケイファスを好きになって、大好きになって、その先へ――とは自然の摂理だから。
とっくに、手を繋ぐときには断りを入れることなんてなくなってしばらく経つ。だから、この場合の「触れる」は普段服に隠れる場所のことを指す。
こくん、とうなずくと軽いキスをされてから、腕が背中と膝裏に回ってきた。すんなり持ち上げられて、寝室へ向かう。
このときはまあ、触れる、以上のことはなかったと言っておこう。人間関係において、ケイファスはとても慎重な様子である。
58話は7月29日朝10時に投稿予定です。




