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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
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56. ケイファスと、ともに。

 ケイファスから「愛してる」と言ってもらえてからというもの、アリサは人生の進路を模索していた。ケイファスのために、自分ができることはなにか。


 軍の人に見つからないように注意を払いつつ、アリサはいまでもこっそり幻獣の討伐を助けている。


 うさぎに従って進めば、ケイファスのいる場所つまり、だいたい軍が幻獣と戦っている場面が多いのである。


 そこで自分の魔力の限界許容量を確かめたいという気持ちもあった。攻撃もできるようになったところだし、陰ながら応援できればと。


 ダーとシャオに導かれて幻獣世界を出ると、荒野が広がっていた。


 緑色と茶色がぐしゃぐしゃに潰れている。粉砕された破片から推測するに、もとは耕作地、果樹園だ。

 ズシン、と地面が揺れて、後ろを向いた。


 人が三人縦にしたほどの体長を支える、片足。腕は胸の真ん中から一本だけ生えていて、トゲつきの棍棒を握る。片目、片耳、――本来対となっているべき体のあらゆる部品がひとつしかない。


 サテュロスでさえ、体は羊と混じっていたものの目や足は揃っていた。まさに、はっきり異形と判別できる幻獣の姿で――息を飲んだまま立ち尽くした。


 口が悪意の形に歪む。


 棍棒の影が動いてやっと、前転する勢いで両足を伸ばす。転ぶ。肘と側頭部への衝撃。


 両手を着いた地面、指すれすれに無骨な足が踏み込まれた。バチンと叩く。


 ぶつけた箇所が火傷のように痛む。鉄の匂いがした。腹に溜まる重い魔力を、両腕で抱えるようにする。実際にはいくら魔力を吸っても腹部が膨らむことはないけれども、そうしたほうが落ち着く気がして。


 ズズン、と幻獣が倒れ込み、よろめいた拍子に体がやっと体を動かすことを思い出す。そのままアリサは走った。くらくらするが、まっすぐ走れている。

 

「待てっ!!」


 とは、ジェッドの声だったと思う。


「あれ……変化能力の(シェイプ・)ある幻獣(シフター)かよ!」


「ジェッド、追わなくていい! 目標はこの “Peg(ペグ・) Leg(レッグ・) Jack(ジャック)” だけだ」


「だがあいつ、アリサの姿を……」


 聞きたくない。必死に走った。

 

 ああ、やってしまった。


 ジェッドに見られた。宿した魔力のおかげで幻獣と間違えられたけれど。悪いものと認識されている。




 震える手で小屋の扉を閉める。幻獣の世界に入ってしまえば、ジェッドたちが追ってくることはほぼほぼ不可能だ。完璧に追跡しているのでない限り。


 こめかみに手をやると、ズキズキとはしているが血は出ていない。あとから腫れるだろうか。目のあたりを打った覚えはないのに、視界がなんだか狭い気もした。怪我もしていないはずの右腕もやたら重い。


 脇腹のあたりには黒い汚れがついている。


 腕を伸ばしてひじを見ようとひねると、腕の半ばまで引っ掻いた傷がついていた。木の枝とか、石とか転がり放題の地面に突っ込んだからだ。ぬるりとひじを覆う、黒い液体。


 乾いた血が黒く凝固することはあるけれど、まだ濡れている状態で真っ黒だ。


 思い出すのはケイファスの軍服にまだらに張り付く黒い染み。それでわかった、これは、幻獣の血だ。


 すぅ、と喉を氷のように冷たい空気が落ちる。


 ――またひとつ、幻獣に近づいた。

 


 トントントン、とやや強めにノックされた。


「……アリサ、いる?」


 次いで透明感のある声がアリサを求める。


「ケイファス?」


 玄関が開いて、長身が飛び込んできた。


「怪我の手当てをするよ」


 人間でないものの血に動揺することもなく、平然と黒い液体を拭い、洗浄して患部を保護する。


 ダルデュアが置いていたわけではなく、万が一怪我したケイファスを発見するようなことが再度あれば、とアリサが用意したものだ。自分に使われるとは予想してなかったが、あってよかった。


 頭のほうは治療が必要なほどではなかったようだ。もう痛みも引いている。


 座り込むアリサは隙間なく腕に閉じ込められた。


「心臓が止まるかと思った」


「幻獣の魔力をあたしが奪って無力化すれば、戦いは楽になるでしょ?」


「僕らは覚悟してる。手助けなんかしなくていい」


「あたしだって、ケイファスたちが怪我するのいやなんだよ」


 一度は助けてもらったから。ケイファスならば一度や二度どころじゃない。


「訓練をしてる。軍人の心配は要らないんだよ」


「余計なお世話なの? 人間じゃなくなったのに、弱いままのあたしの存在なんて」


「アリサ」


 キッ、と鋭い目に貫かれた。


 思考は消えて、ふ、と開きかけの口からは空気だけがこぼれる。アリサの悲しみを共に落とさないようにか、ケイファスの唇が重ねられた。


「もう考えるのやめて」


 呼吸の合間は与えても、言葉を紡ぐことができないように、連続して口を吸われる。


 軍服に包まれた腕を掴んでいたものの、そこから抜け出されて逆に手のひらを合わせ、指をがっしりと組まれた。

 

 頭も体もほわほわしてしまう。


 アリサのほうから好きだと伝えて、デートに誘って、キスを仕掛けて――としてきたというのに。


 もうすっかり、ケイファスの手のひらの上だ。これも惚れた弱みとでもいうのだろうか。


 でももう、後には引けない。


 人間でなくなったのなら、幻獣として強く生きて行く道を探すまでだ。

 ケイファスと、ともに。












続・プロポーズはいらない(R18版) へ


ひとまず、ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

長いことかかりましたが、R15版での「プロポーズはいらない」はここで区切らせていただきます。

さて、本作品はR18版として続編がございます。

R18版は全77話、20万字弱となりました。


ご興味を持っていただけましたら、ムーンライトノベルズさまにて投稿を続けてまいりますので、ぜひご覧くださいませ。


ちなみに、執筆中の仮作品名「季節の話しかしない男」

でした。二転三転してやっと「プロポーズはいらない」になりましたが……ネーミングセンスってどこで修行できますか???


書きたいことを好きなだけ書き殴っていたら、20万文字近くに膨らんでおりました。

なんとか完結はさせたものの、自分の力不足を痛感させられた作品でした……ちゃんと書けてないことが多かったと感じています。次はより良い作品を書けるように頑張ります。


……と、ここでR15版を完結、としようとしてましたが終わり方があまりにもぶった斬り状態に見えるので、こちらでもすっきりできる終わり方にまとめたいと思います。

R18版の話の進め方との兼ね合いもありますので、不定期更新となります。

一日置いて、57話は7月28日の朝10時に投稿する予定です。

もうしばらくご一緒できましたら幸いです。


All Rights Reserved. This work is solely created by 5’4”. 2026.

NO AI Training.

NO Copy. NO Reproduction.

Thanks a million for reading my work.

Have a fantastic day!

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