52. dà’s Trick
うさぎの大きいほう、ダーが妙な芸を覚えて帰ってきた。
軍人たちが幻獣と戦闘中のところに鉢合わせたときだ。おりしもジェッドと目があったような気がして逃げた際に逸れたと思いきやアリサのもとへ無事帰ってきたまではいい。
安心して顔を寄せたところ、ダーは頬へキスしてきたのだ。顔を動かしているうちに当たった、とかでなく確かな意思を持ってされたキスに、ドキリとする。
うさぎ相手だけれど、この子がケイファスの心を映すものだと思えば動揺もしてしまう。
そして、首のリボンにはアリサが置いてきた鍵がつけられていた。ケイファスと住んでいた家の、合鍵である。
ダーはばっちりケイファスに見つかったうえで、あえてアリサへ返された。としか思えないではないか。
――いつでも、帰っておいで。待ってる。
ケイファスの澄んだ声で語りかけられている気がして、涙がせりあがってきた。
「そんなこと、されたら……」
帰りたくなってしまう。
つんつん、とダーは何度も白い鼻先でアリサの唇をつつく。
日々を咀嚼して消化するようにダルデュアの家で静かに暮らしていたというのに現れた、呼ばれざる客。
「お嬢さんがここにいると聞いたのだが」
この世でアリサを「お嬢さん」と呼ぶのはたったひとりしか心当たりがない。
わかっても、扉を閉じたまま会話した。
「ナイトレイヴンさんと関わるとろくなことにならないので、さっさとお引き取りやがれください」
「ふむ、面白い。失礼と丁寧が同居しているな」
「お引き取りください」
簡潔に言い直すと、しばらく沈黙した。
「実は、ケイファス殿から報復を受けたのだよ」
報復されたとは穏やかではない。扉を開けると、左頬や目の周辺に青あざを作っていた。
しょんぼりしているのがまた哀愁を誘う……べきところなのに、ちょっと笑ってしまった。
「ケイファスが? 本当に?」
彼を目の敵にしていた軍人たちには、対話を試み殴られても殴り返すことはしなかったケイファスが。魔法で失神させてはいたけれども。
幻獣を憎んでいるとも違うようなのに、幻獣相手であれば初手から暴力に訴えるのは構わないのだ。
「お嬢さんを色欲魔のところへ連れて行ったのがマズかったようだ。未熟な個体だったとはいえ、彼の怒髪天を衝いた」
ケイファスがアリサのために怒ってくれた。困ったほうがいいのだろうれど、どうしよう。不謹慎だが嬉しい。
「なので今日は埋め合わせに来たのだよ」
「学習されたと思いますので、あたしには関わらないでくださいね」
「これからの生活を助けてやろうというのに、つれないものだ」
「もう魔力は要りません、間に合ってます」
あれから幻獣を何体倒したことか。魔力はいまだ尽きることがない。
「薬毒草と価値のある玉石を司るワタシの言うことは聞いておきなさい」
胡乱だなぁ、と眺めてはっと気づく。
ナイトレイヴンの魔力を奪って無力化させてしまえばいい。痛い目を見せるくらい、ねぇ。おかしな考えを起こすこともなくなるだろう。両手を上げると、考えを読まれたのか飛び退った。
「やめたまえ。もうお嬢さんを幻獣の前に落としたりはしない。それに知識を身につけておいて損はないと思うがね」
「タダで教授してもらえるんですね? いえ、いままでの賠償ですね。ならぜひ」
「なかなか不敵な面魂をしているよ」
「なぜでしょう。幻獣の魔力を宿したおかげですかね」
あなたのせいですけどね、と裏に込めた。
「いやはや、乙女とはときに難物であったか」
空を仰いだナイトレイヴンは真面目に、換金できる植物や鉱石の在処を教えてくれた。
いますぐお金に困るわけではないけれども、稼ぎ口を確保し、貯金するに越したことはない。正直助かった。
ダルデュアにナイトレイヴン。
かつて恐れた夢譚夫婦と彼らは同じ枠組み、幻獣だけれどもこうも違う。
彼らにしてみたら自由に振る舞っているだけ、人間をかまうことは有閑のすえなのだろうけれど。それに救われている部分もある。
たまに、気まぐれに家のまわりをダーとシャオを連れて散歩した。見回りしながら、小物の幻獣がいたら魔力を吸い取って弱らせる。アリサを危険だと学んだ幻獣たちは寄り付かなくなりこの辺をうろつく数は減ってきていた。
シャオが立ち止まって、耳を立てる。
「また幻獣でもいる?」
なんとなく視線を感じてきょろきょろするものの、あたりは静かなまま。アリサには幻獣の気配などわからないので、ダーとシャオ頼りだ。
「遊びに来たわ、アリサ」
「ダルデュアさん。……お元気そうで」
こうやって会いに来てくれるのは、彼女とナイトレイヴンくらい。だから感じる視線は彼らのもの。そうでなければ気のせいだった。
本日は続いて次話(53話)を同時投稿しております。




