48. 女子会
「ね、恋バナしましょ」
これを言ってくるのがウナだったのなら、どれほど嬉しかったことか。鮮やかな赤い髪を揺らし、生命力の強そうな瞳でにこにことしている。アリサの死を待つという発言なんて彼女にとっては深い意味がなかったのだ。
こちらがうじうじ気にしているのが馬鹿みたい。
ダルデュアが来たことをあとでケイファスに報告しなきゃと思いつつ、彼女の放つ惹きつけられる魅力には抗えず。
これも幻獣の力なのかな。
「行くわよ!」
うむを言わさず腕を組んで引っ張られてしまう。こんなに強引ではないのに、なぜかウナと近しいものを感じてしまった。たくましさ、芯の強さ、底から溢れる自信……といったもの。ウナは品があって謙虚だからしなやかな印象でほどよく感じるが、ダルデュアはよりそれらが顕著だった。
どうしてこうなった。
気晴らしに休日に外を歩いていただけだったのに。
「ここ! ここがいいわ」
アリサには確認もせずカフェのひとつに入っていく。テラス席を指定していた。中途半端な時間なので客の入りは少ない。気兼ねなく話せそうだ。
「ダルデュアさんは、どうしてケイファスを追いかけてるんですか?」
恋してるから、好きだからよ、とは彼女は言わなかった。
「ケイファスの血はどんな味がするのか知りたいからよ。わたくし人間の男専門だけれど、ケイファスって不思議じゃない? 幻獣でもないのに歳も取らない、死なない。いったいどんな血をしているのかしらね」
「血……、ですか」
内心ぞっとしながら、食欲が失せて飲み物を口から離した。
「だってわたくしは “Dearg Due” 、赤い血を吸う者、よ」
わざわざ「赤い」とつけるのは幻獣の血の色は、やはり違うのだろうか。
「そんな意味が……」
「女悪魔、吸血鬼とも呼ばれるわね」
八重歯の間からちろりと出した舌先は艶やかで、目を奪われる。
「吸血鬼……でも、太陽は平気なんですか?」
ちなみに現在は雲もなく快晴である。
「やだ、くだらない迷信ね。太陽に反応するかどうかなんて個体によるじゃない。わたくしは平気なほう。もっとも、別な地域の吸血鬼は太陽に弱い個体が多いとか言うけれど」
笑い飛ばされた。そんな生まれついた性格や花粉症のように言われても。
「そ、そうですか……」
「気に入らない男がいたら教えて? わたくしに惚れさせてから干からびさせてあげちゃう」
おやつ代わりにね、と片目をつむる。物騒すぎる。
「えっと、いないのでだいじょうぶです……」
しかし調子が狂う。ダルデュアはアリサのことを嫌っていると思っていた。少なくとも、邪魔だ、くらいには。ところが敵視することなく友人のように接してくる。
あまりにも本音があけすけで、あっけらかんとしていて、愛らしい仕草をするものだから毒気を抜かれてしまう。このやりとりも彼女にとっては一時の暇つぶし、なのだろうか。
「ケイファスのことは、好きではないんですか? あくまで、食への興味の延長だったりします?」
「ふふ、ケイファスはかわいくて好きよ。だから味見だけして、全部の血を飲むつもりはないわ。そう言ってお願いしても聞いてくれないのだけれど」
その「好き」の程度は果汁が好き、というのと恋人にしたい、とではぜんぜん別物だ。どちらだろう。
「あなたは?」
「え……」
「ケイファスの退院に合わせて来てたじゃない。ケイファスもわたくしを途中で振り切ってあなたを追いかけていっちゃうし」
困る。真正面からぶつかられては、本音で対抗せざるをえない。
「あたしは、好きですよ。本人にも伝えました。でも、ケイファスは進展を望んでいないんです」
「どういうこと?」
「人間じゃないから、だそうです」
「なら幻獣のわたくしになびいてくれてもよくないかしら?」
それには同意できないけれど。
ダルデュアはうっとりとケーキを口に含む。
「うふふ、楽しいわねこれ。わたくし人間の恋バナに混じりたかったの」
はあ、と気のない返事をする。
「だって恋をした人間の女の子たちはきらきらしてかわいいわ。幻獣はなんだかねぇ。殺伐としているの。わたくし、基本的に人間の男は食料として見てしまうしね。あーあ、わたくしもきらきらしたーい」
頬杖をついての笑顔が輝かしくて、う、とアリサは目を閉じた。恋なんてしなくてもダルデュアはじゅうぶんきらきらしている。人間が食糧などと、口にする内容は人間からしたら命の危殆に瀕しそうなのが残念だ。軽い口調で冗談のようなのに、冗談ではない。
「アリサちゃん! 」
「あれ、ウナちゃん」
バチ、と火花の幻覚が見えた。美人同士が見つめ合うと、無の状態からでも化学反応が起きるのだろか。
「カフェにいらしたお客様でしょうか?」
「ええ、一度行ったわね。それより恋バナよ恋バナ。せっかくだからあなたも座って」
「アリサちゃん、そんな親しげに大事なお話をなさるお友達が……」
貴賓の紫色の目がうるうるとしだす。
「ううん、この人とまともに話すのいまが初めてだからね? ウナちゃんも時間あったらお茶する?」
ひとりでこのギラギラ女子を相手にするのは荷が重い。
「ええ! いま中を回ってまいりますわ」
追加の注文を頼み、ケーキと飲み物が揃ったところでみんなの自己紹介は終わった。
「わたくしとアリサはケイファスが好きなの。気が合うわねって話してたのよ」
そんな雰囲気だっただろうか? まだダルデュアの「好き」の判定が、食か恋か出ていないのだけれど。
ウナの目がキリッと厳しくなった。
「三角関係、ですわね」
「え、そうなるの……?」
話を聞いてからだと、ダルデュアとケイファスの関係は食事としての比重がやや多くを占めていそうなのだけれど。
「けれど私はアリサちゃんの味方ですわ。すみませんけれど。ダルデュアさんはご存知ですの? アリサちゃんのお住まいは……」
「ああ、一緒に住んでるんでしょ? それでケイファスから家には来るなって言われてるから知ってるわよ。別にいいもの」
「……よろしいんですのね……?」
アリサはたまらなくなって口を出す。
「だって共同生活は、あたしの身辺を心配してのことだから。好きとは関係のないことだよ。どちらかというと仕事の延長で義務感からやってるのかも」
こほん、と愛らしい咳のあとにアリサへ向く。
「改めて聞きますわ。アリサちゃんはケイファスさんのこといま現在はどう思ってますの?」
「相変わらずだよ。優しくて、なんでも受け止めてくれそうなところが好き。……だからちょっと困らせたくなる……」
顔の火照りを感じながら、お茶を飲み進める。
「わかるわ〜〜〜! からかうと楽しいのよね」
なんと、食いつかれた。ここって気が合っていいところなのだろうか。
「では、ダルデュアさんとケイファスさんのご関係はいかがですの?」
「膠着状態、かしらね。なにしろケイファスが小さかったころからこうだもの、焦らないわ」
「まあ、幼馴染みでしたのね」
「前から味見させてって頼んでるのよ。でもいつも断られるわ」
「そ、それは……」
たじろくウナに真実は話せない。ダルデュアはケイファスの血が目的なのであって、肉体関係でいう味見とは異なることをうまく誤魔化した。
「アリサちゃんと出会う前からの知り合いで、ダルデュアさんに傾かないだなんて、ケイファスさんってずいぶんと硬派でしたのね」
株が上がったのか見直したような言い方をする。
「でしょおぉ〜〜?! ケイファスは手強いわよ」
「アリサちゃんも手こずってますものねえ」
そう。とにかくこちらから気持ちを伝え続けるしかない。
「デートはしたし、否定されることはないけど、ね」
「あら、いいわね! デート!」
興奮するダルデュアに、えっ、とウナが声を上げる。
「先ほどからそうですけれど、ダルデュアさん、嫉妬はなさらないんですの?」
「いちいち目に角を立てたりしないわよ。こっちは長期戦なの」
「なるほど、幼馴染みの余裕ですわね」
まるで本妻が、夫が浮気でふらふらしても最後には戻ってくることを確信しているような態度だ。ううん、もやもやする。
「あたしは、嫉妬しちゃうし余裕ないよ……」
ウナが両頬を押さえる。
「そこがアリサちゃんのかわいいところですわ〜〜」
「そうよ、かわいいわよ自信持ちなさいよ!」
恋(?)の好敵手に励まされるのはいかがなものか。
こうして女同士の打ち明け話は楽しいと思ってしまったアリサだった。ダルデュアが抱くケイファスへの思いは想像していたものと違っていたからこそ、だけれども。
そのうちウナの恋物語も聞いてみたいものだ、とこっそり願いながら解散した。
(おまけ)
帰宅してから、「あのね」とケイファスに話しかけた。
「街でダルデュアさんに会ってお茶したよ」
ただいまの後、うさぎを撫でてほんわかしていたケイファスの顔は不愉快に染まった。
「なにか言われた?」
「えと、……応援、された」
「うん? ……応援」
「かわいいから自信待って、って」
「どういうこと? いや、アリサはかわいいけど」
うん、ほんとにどういうことだろうね。曖昧に微笑んでおく。
「ダルデュアさん、ケイファスの血を諦めるつもりないみたい。気をつけてね」
「もちろん、僕の血をあげることは絶対にないよ」
ダルデュアに関しては、安心、していいのだと思う。




