42. 魔力の供給
幻獣の世界を出ても、しばらく歩かなければ街には入れないと思っていたが、大量の馬車がやけにうろうろしている。停まっている一台から手助けされつつウナが降り立った。
「アリサちゃん! ケイファスさん! お戻りですのね」
ウナと抱擁を交わしつつ、謝罪と感謝を告げた。「構いませんわ」とウナはにこにこしている。
彼女をエスコートしていたのは軍の魔法使いだった。ケイファスと同じ隊なのでアリサも見覚えがある。
しかしなんというか、ウナのエスコートされる姿がまた似合うこと。呆然と眺めてしまった。
「よぉケイファス。送ってくれてあんがとな。おかげで全員無事だぜ」
「それは、重畳……です」
限界がきたのか、軍人にもたれるように倒れた。
「よしよし、よーやったよお前さん。たーんと休め」
ぽんぽんと子どもにするように背中を叩き、ケイファスを担ぎ上げる。
「どうぞ、馬車へ」
ウナに促されて、アリサも乗り込む。
馬車は軍の駐屯地を目指しているとのことだった。
「あの、ケイファスは魔力が足りないみたいです。分けてあげたりできませんか?」
剣を持たない軍人は魔法使いだ。ケイファスの同僚でもある。
「オレの魔力をケイファスに?」
ぽりぽりと頭を掻いてから、指をにぎにぎと動かす。
「悪ぃけどオレも魔力すっからかんなんだわ。休めば戻っから寝かしとくしかねぇな。それに相当相性がよくないと逆に具合悪くさせちまうぞ」
「ケイファスは幻獣から魔力を吸い取ろうとしてましたけど……」
彼は顔色を変えた。胡乱に抱えた長身を見やり、声を潜めた。
「ちょっとそれ、あとで詳しく聞かせてくんねぇ?」
目的地へ到着し、いまはケイファスが優先だからと。
不穏なものを感じつつ、アリサは肯定を返した。
駐屯地の奥へとケイファスを搬送していく。医務室に預けてすぐとんぼ帰りしたのか、アリサはそんなに待たなくてすんだ。
「おっ待たせ〜」
「いえ。……ケイファスの様子はどうでしたか?」
「命に別状はないってよ」
ほっと体の力を抜く。
「そんで、魔力についてだけどさ」
苦々しい、という表情で魔法使いは始めた。
「相性うんぬん差し引いても、ケイファスは保有量が半端ねぇの。人体の転移なんて、ひとりでもやべーのに一個隊まとめてだぜ? 信じらんねぇ。オレごときの魔力満杯三回分譲り渡してもぜんっぜん足りねぇよ」
どのくらいの容量なのか詳しくわからないが、ケイファスはすごいのだということで一時納得しておく。
それにしたってなぁ、と重いため息を吐いた。
「幻獣は魔力のかたまりとも言えっけど、あいつらから吸い出すのはかなりの邪道だぜ。人間には毒みたいなもんだ。軽度の症状でも吐き気と眩暈で戦うどころじゃなくなるわ」
いたずらが見つかった少年のような顔をして、魔法使いは告白した。
「それを知ってるのはオレ自身が過去に試したことがあるからだか、三日間吐きながら後悔したぜ。んで、ケイファスがそれ知らなかったとは思えねぇの。なんかあいつ魔法に関しては学者並みだし」
「苦しむことを知っていても、魔力が欲しかった……?」
「さてなぁ」
自分が開けてはならぬ箱の蓋に手を掛けてしまった気がする。ケイファスは、幻獣だと思い込んだアリサから魔力をもらうのに躊躇なんてかけらもなかった。
「人間同士で魔力を融通するとなったらどういう方法で行うんですか?」
悩ましい、とあごに手を置く。それは教えることを是非して逡巡しているためか、整頓しているのか。
「魔力の巡りって、血の巡りと近い場所にあるから血管の見える場所がやりやすいだろうな。効率いいのはやっぱ口で吸い出す。緊急蘇生法並にやりたくねぇけど」
血管の集中するところが肝だ。手の甲は血管が透けて見えていたし、首には大きな血脈がある。
首がだめだったらもしかして内腿にでも噛みつかれていたのだろうか。ちょっと目が遠くなる。
「握手程度で魔力のやりとりできたら楽だけどよ、それはそれで悪用されるもんな」
そんな簡単に魔力をあっちこっちできるのなら、握手した相手の魔力を奪取してしまえるのだ。それは危険だろう。
彼の背後からジェッドが歩いてくるのを見て、アリサは話を切り上げた。
「お疲れのところすみませんでした。ありがとうございます」
「いや、あいつが馬鹿な真似して損するのはオレらもヤだかんな。教えてくれてあんがと」
手を振った彼と入れ替わりでジェッドが目の前で立ち止まる。
「来てたのか、アリサ」
「うん、ウナちゃんがケイファスと一緒に連れて来てくれたの。ねぇ、あとからお見舞い、ってあたしでもできる?」
「明日には駐屯地の外にある病院に移されるみたいだから、行ってやってくれ」
こちらも疲れた顔で、病院の名前と住所を教えてくれた。
ケイファスはベッドの上で意識を取り戻していた。
「清水掬べば甘露が落ちる、……ええと……」
「まだ睡眠が足りないんじゃない? 挨拶はいいよ」
お見舞いにと果物を差し入れたら喜んでくれている。
「ところでアリサ、ナイトレイヴンに会ったって言った?」
「うん、そう名乗ってたけど……杖持って、時代劇の紳士みたいな格好の人だったよ」
「それはあの人に間違いなさそうだ」
「知ってる人?」
「人じゃなくて幻獣だよ」
ぎょっとしたものの、いやそうかもしれない、とはどこか考えていた。
「……でも、あたし幻獣はもう見えなくなったんだよね?」
擬似第三の目は消してもらったのだから、アリサは正真正銘ただの人。
「ほとんどないことだから人は知らないか、見破れない。幻獣にも序列階級があって、上の位にある幻獣はめったに姿を現さないけれど、意識的に人間にも姿を見せられる」
では、あの人は幻獣だった?
「ナイトレイヴンは……うん、なに考えてるかわからないんだけど。危険じゃないときは危険じゃないけど危険なときは危険で……なにもされなかった?」
「魔除けをしてあげる、って手に触られたくらい?」
怪訝にアリサの指先を見つめる。
「あいつの魔力の匂いがしたのそれか……」
するりと手をとられて、親指でさすられる。
「ナイトレイヴンさんとはどんな知り合いなの?」
「腐れ縁、としか……。面白そうなものを見つけると引っ掻き回すのが好きなんだ」
ふぅ、と辛そうにして目を閉じた。
「ケイファス、まだ休んでたほうがいいよ」
薄目を開けた彼はアリサの髪に指を通して、力を抜く。
いつものアリサならここでキスでも落としているところだが、この場ではためらわれた。
ケイファスが寝落ちるまで見守って、病院を去ろうと軽く握った拳を膝に揃える。




