41. 見つけた
本日は40話および41話を同時投稿しております。
読み飛ばしにご注意ください。
「ねぇ、みんなは?」
「ああ、部隊の仲間? だいじょうぶ、いないよ。魔法で駐屯地近くまで送ったから。きみもずいぶんのんびりしてるね、軍のことって聞いたことない?」
では、仲間の無事を優先して自分が帰るぶんの魔力は残っていなかったということ。
「ここにひとりなのね。あたしにできることある?」
「……アリサの姿でそんなこと言うのはずるいよ」
困ったようにしていたが、木から背中を剥がした。
「じゃあちょっと、もらうね。いい?」
なにを? と訊く前に、ケイファスはアリサの手を取り、甲へ口付けた。アリサが――人間が手の甲から出せるものはなにもない、はず。
「……ん? きみはナイトレイヴンと知り合い?」
「あ、さっき会った人がそう名乗ってた」
「すれ違いでもしたんだね」
読み取った違和感を流して、今度は手首、しかも内側に吸いついた。ちう、なんて生やさしいもんじゃない。歯こそ立てていないが、べろりと遠慮なく当てられた舌の次に、皮膚の下の血をもってかれるかという強さで吸った。
「……っ……!」
変な悲鳴を上げそうになって、自由なほうの手で口を押さえる。
何回か繰り返されてから、ケイファスは顔を上げる。
「きみ、もしかして魔力持ってないのか。幻獣なのに」
魔力。幻獣って魔力があるんだ。ケイファスときたら魔力が欲しくてこんなことを。魔力を分け与えるときって、こんな方法しかないのか、手っ取り早い方法だっただけか――。
首を横に振ったのは、「幻獣じゃない」と言ったつもりだった。
「じゃあ首からもらうよ」
と言って、背中に手を当てアリサの首元を暴く。
――魔力なんて、ないってば! 人間なんだから!
でも、心臓がばくばくとして声が出ない。
焙煎豆色の髪が耳をくすぐり、ぴとっと冷たいものが首に当たる。
触れられているのは首なのに、なぜか腰がぴりぴりして勝手にきゅうと両膝がくっついた。
くん、とケイファスが鼻を動かす。
「これ、コーヒー? ……どうしてきみから、 “ Steamy Bean Bistro ” の香りがするんだろう」
彼の腕の中にいるんじゃないかと錯覚するほど近くに迫られていた。
ほんとうにもう、幻獣相手なら積極的すぎる。これは、アリサにしているんじゃない。彼の中では幻獣にやっていることだ。
「……まって。この感じ、ほんとに……」
赤くなったケイファスはゆっくりと体を離す。襟を立て直しボタンをなぞって衣服を整え、居住まいを正した。いくつかボタンは無くなってはいたものの、さほど乱れてはいなかったけれど。地面に正座して、改めてアリサを観察した。
ようやく彼に現実が見えてきたようだ。おずおずと謝罪される。
「すみませんでした。……アリサ」
「さ、最初からあたしだって言ってるでしょ」
「ぅあ、はい……あの、弁解を」
「聞きません」
はっきり返すと、額を押さえている。まったく。顔を隠してしまいたいのはアリサのほうだ。おそらくケイファスは怪我の後遺症で半分意識もなさそうだったときの行動なので不問に処すけども。
「こんなこといつもしてるの?」
ブンブンと首を横にして強く否定された。
「ううん、やらないよ。ほんとうに切羽詰まったときの最終手段」
今回の戦闘でひどく消耗したから仕方なく、と。
まあ、信じてあげなくもない。
「アリサは、どうやって幻獣の世界に?」
「ダーとシャオが連れてきてくれたの」
「そんなことできたの……?!」
我が子の成長、もしくは新たな能力の発覚に驚き喜んでいる。
鞄の中をケイファスにも見せると、二匹はぷるぷる震えていた。この子たちと同じで、アリサも恥ずかしさを引きずっている。
ケイファスを見つけられてよかったという感動は吹き飛んでしまった。それでも弱っているので、連れて帰りたいところだ。
「それで、あたしにできることある?」
二度目の質問に、ケイファスは黙り込んだ。
「なにか食べたい? 軽食ならあるよ」
「いま固形を食べたら吐きそう……」
「お水は?」
「うん、欲しい」
水筒を渡すと、ちびちび飲んでいる。
「魔力は回復しそう? 歩いて帰れる?」
「うん、ちょっと時間かかるけど」
「あたしに魔力があればねぇ」
「それはっ……」
さっきのことを思い出させる。
「ひざ枕する?」
「横になると本格的に寝てしまうからダメ」
最後には真面目に答えられた。こんなにボロボロになって、休む方が危ないほどに疲弊している。それは意識を失う寸前であるということ。たくさん話すのも、意識を保つためだろう。
「いつも、そんなふうになるまで戦うの?」
「いつもじゃないよ。二十年に一度くらいかな」
アリサは口を閉ざすが、ケイファスは穏やかにしている。まるでさっき食べた昼食の献立を話しているかのようにさらっと答えた。その「二十年に一度」が彼には何度訪れたかしれない。
「ごめんね。あたし、なにもしてあげられない」
魔力だって、他から奪いたいほど欲しているのに、アリサには生み出せもしない。
もてあました手をケイファスに伸ばして、長い指をゆるく握る。するときちんと握手の形に直してくれた。
「ここまで僕を探しに来てくれた。ありがとう」
来たって、背負って運ぶこともできない。ほんとうに来ただけだ。しかも自分の安心のために。
なのにケイファスは目尻をゆるめて笑う。
「アリサはね、存在してくれるだけでいいんだよ」
――そんなはずは、ない。
けれど反論することは、いま弱っているケイファスを責めることになりそうで、できなかった。
「アリサのおかげで元気出た。そろそろ行こう」
木の幹に寄りかかりながら立ち上がったケイファスは、アリサと手を繋ぎながら歩く。うさぎたちは鞄の中で横になりながらも、お互い仲良さげに体をすりすりとしていた。




