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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
39/44

39. 遠征後

 ケイファスとジェッドは遠征に出てしまった。


 いまごろケイファスたちの隊はどこにいるんだろう、と時折あさっての方角を眺めてしまう。見える範囲にはいないとわかりきっているのに。馬車移動なのか、列車に乗っているのか。知っているのは遠征だから簡単には会えない距離ということだけ。


 仕事中は笑顔でがんばるけれども、顔も見れなくなると思うと寂しい。


 こんな考えのまま働いてはいけないのだけれど。


 夕方家に帰ると、こころなしかうさぎたちまでもが静かにしていた。


「パパが遠くにいると、ダーとシャオも寂しい?」


 無理に笑うと、昨日より寄り添って寝てくれた。

 ケイファスがベッドで隣にいてくれたら、どんな感じだろう。子どもの頃は姉と並んで寝たこともあったけれど、男の人が――というのは想像に難しい。


 次の日もうさぎを気にかけながら、「行ってくるね」と部屋に置いてきた。


 こんなときは忙しいほうが時間が早く過ぎていいのに、こまごましたものの整理ができてしまうくらいのんびりだ。大掃除になってきている。


「ちょっと、いいかしら?」


「はい、――」


 いけない、お客様が来ていた、と顔を上げて絶句した。生きているのか疑いたくなるほど真っ白な肌に、くっきりとした真っ赤な唇。妖しい強い光をした目に背筋が伸びる。


「ここにケイファスはいないの?」


「ケイ、ファス……?」


 彼の、知り合い? 女性の話は聞いたこともないけれど。


「はぁ、知るわけないわよね。でもこの辺りに魔力が残ってる気がしたんだけど」


 しかめた顔をつんと背ければ、臀部まで覆い隠す鮮烈な赤(ルビー・レッド)の髪が揺れる。


「あの、ご注文は……」


「ん? ああ。ローズヒップ・ティーある?」


 メニューにはないけれど、奥さまが揃えている品にある。


「かしこまりました」


 その後も人を探すような素振りをしていたが、どうしてもアリサからケイファスの名前を出すのはためらわれた。


 どういう関係なのかまったく想像つかない。


 常にムッとしているためか、ものすごい美人だが人を寄せ付けない。お茶を飲み終えるとさっさとカフェも出て行ってしまった。


「なんやえらい強烈なべっぴんさんやったな」


 マスターが渋い顔でアリサの様子を伺っている。接客で取り乱すなんてほとんどないのに、あのお客様には気圧されてしまったからだ。


 アリサに見える以上、人間なのだろうけれど、そうは感じられない。


「マスターは、あの方見たことありませんか?」


「俺は知らへん。ケイファスくん探しとるんやな」


「そう、みたいです……こちらから聞いたほうがよかったでしょうか」


「下手なこと口に出さんでええ」


 はい、となにも言えなかったことを肯定してもらえたようでほっとしてしまう。気にはなるけれど、個人的にケイファスが、彼の情報を渡していないとなるとその程度の人だということだ。


 ……だよね?


 アリサみたいに、押しの強い女に負けてキスを許しているわけじゃ……。違う。いざとなったらちゃんと抵抗できる人、だから。


 じわり、と迫り上がってくるものを押し込んで作業に戻った。

 



 結局赤髪の美人が来たのはそれきりである。


 そんなことは過去にして一週間も過ぎると、アリサの心配ごとは増えていた。それにいち早く気づいたのはウナだった。


「アリサちゃん、どうしたんですの?」


「ケイファスからもらったうさぎたちがね、元気なくなってきてるの」


「まぁ。……病気、にはなりませんわよね?」


「うん。魔法でつくられた雪うさぎだから、動物病院……も違うと思うんだけど、どうすればいいかわからなくて」


「心配ですわね」


 テーブルを拭いて、備品の補填をして。


 そう、アリサには仕事のかたわら気を揉むことしかできない。どれだけケイファスやジェッドと親しくしていても、任務の全貌を知りたいと望んでも、アリサは一般人だから。


「ねぇ、あなた。わたしイーユァン国に行ってみたいわ。お茶葉がたくさん欲しいの。それはもうたくさん」


「せやな。買い付けと新規開拓に行ってくるわ。しばらく店も出ずっぱりやったし長めに期間取るで。なんや悪いけど明日からしばらく閉店や」


 奥さまはさっそく貼り紙を作りはじめ、マスターは長期店仕舞いの準備に取り掛かる。常連客にはマスター特製ブレンドコーヒー豆を持ち帰り用に包み、お詫びをした。ケーキも半額にしてしまったり。


「あ、あの……マスター、奥さま……」


「ええねんええねん。夫婦水いらずの旅や。長い付き合いのお客さんもこないなこと慣れっこやからな」


 先日も一ヶ月近く休暇をもらったというのに。アリサとうさぎのためにここまでさせてしまって申し訳ない。ところが奥さまが旅行にとても前向きなので、悪いことではないような気がしてきた。アリサが気に病まないようにしてくれている。


「休みの間、二人ともゆっくりしーやー」


 夫婦は腕を組んでとっとと帰ってしまった。ぴったり寄り添う影に頭を下げる。


 戸締りをウナとともに二重確認して、最後に裏口も閉めた。


「アリサちゃん、うさぎさんたちを見せてもらってもいいですか?」


「うん、行こう」


 うさぎたちは帰ってきた主人に見向きもせず、部屋のすみへ固まっている。壁の一部を叩いていた。


 ペソペソと頼りない音を出し、短い腕を震わせて、一方向だけを指し示す。


「ダー、シャオ……?」


 一度振り返るも、長い耳を立てて壁へ向き合う。


「あちらになにかあるようですけれど」


「……だよね?」


 どうにも、あちらへ行けと伝えようとしているようにしか見えない。


「この子たちはケイファスの魔力でできてるから、ケイファスが生きてる限りはずっと元気だって言ってたの」


 生みの親の精神状態に強く影響される、とも。

 ケイファスが生きてる限り。反対にケイファスが死にかけていたら、この子たちもそれ相応に振る舞う。ちょうどいまのように。


 壁にはなにも違反はないから、


「お外になにかあるのでしょうか?」


 意見は一致した。


「出かける準備するね」


 アリサはダーとシャオを両肩に乗せ、肩かけ鞄に水と軽食、タオルと――あとなにが必要だろう。




 ウナと並んで夢中になって走ってはうさぎの示す方向を確かめ、走っては方向を確かめ……としていると、袖を引かれた。


「ア サ  ん」


 後ろを見てびっくりした。ウナの体が半透明になっている。ウナだけでなく周囲も、街と森を重ねたみたいにごちゃごちゃしていた。現実と創作の絵が溶け合うように境目があいまいになっている。


「ウナちゃん!」


 彼女の指が向こうを指差す。


「いっ く さ 、 リ ちゃ 」


 ばいばい、と手をあげたウナにアリサは自分の手のひらを押し当てた。手のひら同士は合わさっている、はずなのに感触もぬくもりもない。


「――行って!」


 凛とした声に弾かれるように、アリサは先の世界へと踏み込んだ。
















「さて、どうしましょうかしら」


 アリサはウナが入れない世界へ飛び込んでしまったようだ。壁があるようにも見えないのに、アリサがここを境に半透明になってしまい、仕方なく見送ったのが十秒前のこと。


 アリサが帰ってくることを前提に、家でお泊まり会の準備をしておこうかしら。そうでなければ絶望しかない。


 家を目指して町を歩いていると、いつもの道の途中になんだか見たことのないゴツゴツとした黒い丘ができている。というか人が積み重なっていた。そして彼らが着ているのは見慣れた軍服。


「……第五部隊のみなさん?」


 過去、アリサ救出に協力してくれたジェッドたちの果てた姿だった。いや命はまだ落としていない。


「みなさん、しっかりなさってください!」


 ウナは急いで実家から馬車と人手を呼んで、彼らを駐屯地まで運ぶのだった。

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