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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
36/41

36. A Next Level Date

「ようケイファス坊や、アリサちゅわんとデートしたって?」


 同僚に肩を組まれて、ケイファスはむりやり体を折り畳まされる。ダウドは常日頃から(ガラ)が悪い。性根は悪くないくせに、悪ぶるのがかっこいいと信じてそうだ。


「フッてませんからね。あなたの出番はありません」


 とは、以前彼がナンパ紛いをしでかしたときにアリサが発した「ケイファスにフラれたら考える」との言に由来する。


「イキりやがって……っ!」


「次のデートも予約してあるのでご遠慮ください」


「ほう。うまくいってるようでなによりです」


「た、隊長ぉ……ケイファスの味方っすか」


 すっと現れた隊長は眼鏡のレンズを拭いてかけ直した。燻し銀のしぶい40代である。


「愛する人ができれば任務にも張りが出ます。

 時にケイファスくん、そのままの姿でデートに臨んでいるわけではありませんよね?」


「服は、彼女の好みに照らして買ったものがあるのでそれを今度着ていく予定です」 


「身だしなみは大切ですよ」


「はい、着る前に洗って――」


「身だしなみは大切ですよ」


 隊長は台詞を繰り返した。心なしか眼光が鋭くなったような。身だしなみとはどこからどこまでを含むやら……。顔は洗うし、シャツにアイロンはかけるし、ハンカチは持ち歩く。それから?

 ガッ、と頭を鷲掴みにされて硬直する。


「せっかくいい目を持ってるんですから、彼女さんに見せてさしあげませんと」


「へ……」


「額を出すなら眉も見られますね。整えなさい」


 これでもこの隊長、早いうちに結婚して成人済みの子どもがいる。いやだからこそやたら若者の事情に詳しいのか。はたまた自身の子どもの恋愛事情に介入できないぶん、ケイファスに構って楽しんでいる。


 髪型をあれやこれやいじられ、自分でも整えられるように練習させられた。

 よけられた前髪により出てきた眉毛まで処理され、まあ結果に自分でも驚いた。よくぞなよなよした印象から涼やかになったものだ。


「あとは姿勢を正しなさい」


 しまいには剣の鞘を胴体にくくりつけられる始末。隊長が剣を引き抜いたとき、抜き身のほうを刺されるのかと怯えてしまった。


「背すじを伸ばせ」


 気を抜きそうになるたびに低いつぶやきが耳にこだましている。
















 二回目のデートでは、ケイファスがアリサを甘やかす日とされている。


 それはそれとして、前回のデートで購入した彼好みのひらひらスカート姿で現れれば、ケイファスは卒倒しそうなほど赤くなっていた。喜んでくれたら本望である。


 ケイファスだって、アリサが選んだ服を着てくれていた。それだけに留まらず、いつも下ろして目まで隠してしまいそうな前髪を横に流して、額の三分の一ほどが見えている。さわやかな春の芽吹き色(ネビュラ・グリーン)の両目がすっきり現れていて、ものすごくよかった。



「今日は来てくれてありがとう」


 一輪の薔薇を差し出されて、わかりやすく喜んで受け取る。デートで歩き回るから、花束は困るがこれならちょうどいい。


 さて前回は午後のティータイムでケイファスが根を上げたため、今回は夕ご飯まではがんばりたいところだ。

 

「きみを攫っていいのなら、アリサ、手を」


 求められて、笑って大きな手を握る。


「今日は安全な道を行くから気を楽にして」


 ケイファスは街方面ではなく、お店もない場所へ、自然が多い場所へとアリサを連れて来た。いつの間にか青かった空は真っ白になっていて、透き通る(ノーザン・)光の帯(ライツ)がゆらゆら揺れている。


 幻獣たちの住む場所には、こんなにわかりやすく異世界の様相をしている地域もあったのか。そしてすべての幻獣がぜんぶ、好戦的で危険なわけじゃない。そこは人間と同じだった。


「アリサは占いって好き?」


「うん。頭から信じるわけじゃないけど、面白いと思うよ」


「よかった。なら遊び感覚でやってみよう」


 そのまま三分ほど歩いて手を離したのは、川だった。ケイファスはポケットからざらざらした、けれど向こうがうっすら透ける紙を一枚、それとペンを取り出して、名前を右寄りに書いた。


「ここにアリサの名前を」


 空けられた空白、左寄りにアリサの名前を書いた。ケイファスが紙を受け取って、立体的な舟の形に折る。川縁に生えていたハート型の葉が連なる植物を採って舟の中心に乗せ、重りとした。


「これが、占いなの?」


「そうだよ。この川に流して、浮き舟が浮かんでいる時間が長ければ長いほど長続きする関係なんだって」


 川の流れがケイファスの手から舟をさらっていく。


「見てるのちょっとドキドキする」


 ときにくるりと水流に回転させられたり、左右に揺れながらもたくましく浮いている。泳いでいく舟から目を離してケイファスを振り返ると、微笑まれた。色気を感じるのは、風景が幻想的なせいだろうか。


 ケイファスは舟を見送るために屈んでいたから、吸い込まれるようにアリサは唇を寄せた。


「アリサ……」


 唇をくっつけたまま、呼ばれた名前は舌たるく、骨の芯まで痺れる感覚が走った。脊椎から恥骨までぴりぴりと、ケイファスから発せられる魔法なのかも。魔力なんて知覚できないし、そんなことできるか、されたこともないからわからないはずなのに。自身の体内まで彼の魔力に染められてしまいそうな気がする。ううん、染めてほしい。染められたい。


「うん……」


 名前を呼ばれた返事ついでに、彼の下唇を()む。


 あなたが欲しいとねだるのは、アリサからばかり。そろそろ寂しくなってきた。悲しくはないけれど、苦しいの手前まできている。


 全身彼の好きなもので固めて、好きになってもらって、全力で求められたい。なんて欲張り。でも欲張りにでもならないと、きっとケイファスからは来てくれないのだもの。


 川に流した舟はもう見当たらなくなっていた。沈んでしまったのか、見えないほど遠くに流れたのかどちらだろう。


 沈む瞬間を見たくなくて、キスをしていたのかもしれない。下流まで追いかけて探すこともできるけれど、いまはデートを優先させた。


 占いを楽しみはすれど、二人の行く末を委ねることはしたくない。

次話(37話)も同時投稿します。

引き続きケイファス先導デートをお見守りくださいませ。

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