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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
35/39

35. Woo You.

「ただいま!」


 親子のような二羽の雪うさぎが出迎えてくれる。驚いたことにケイファスからもらったうさぎたちはいまだそれは元気に動いている。冬も終わりお店に飾っておいてもかわいいけれど、季節を無視しているのもどうかと思いアリサが引き取っている。


「久しぶり」


 魔力の主ケイファスにまとわりつくように懐いているのがまたかわいい。


「ここに置いてくれる?」


 玄関のすぐそばに買い物袋たちを下ろしてもらって、先に靴を脱いだアリサは台所でたっぷりのお湯を沸かしはじめた。実家の離れよりもさらに狭く部屋数もない家だが一人で暮らすにはじゅうぶん広い。


 指示されるままにケイファスはおとなしくダイニングでケーキを箱から出している。アリサの家に行こうと決めて、途中で見たお店で買ってきたものだ。


「まだお湯が沸かないから座って待っててね」


 茶葉を選んで、茶器の用意をしてからアリサもテーブルへ来た。


 家に呼ぶ予定ではなかったし、ケイファスもアリサの家に上がるなんて想定外だったはず。椅子の上で硬くなっている。突っぱねるように膝へ伸ばした腕を取ってどかし、


 ――えいや、とケイファスの膝に乗る。


「アリサ? な、え、どうしたの」


「ごめんね? なんかね、ケイファスを甘やかしたかったんだけど、困らせたくもなっちゃうの」


「うん?」


 ごめんね、困らせて――ではなく、困らせたくなる、と言われれば目を点にしたくもなるだろう。


「傷つけたいんじゃないのに、……この顔が見たくて」


 アリサの両手で包んだ顔を見つめる。焙煎豆色(ブラウン・ブランブル)をした長めの前髪。隠れてわかりにくいが下り眉をしていて、印象の邪魔をしない鼻筋に鼻腔、一重の下で潤むやわらかな春の息吹(ネビュラ・グリーン)を連想させる目。薄い色をした双唇はいつも穏やかな言葉をつむぐ。


「かわいい」


 ふにゃりと表情を緩めると、逆にケイファスの顔は引き締まった。


「これってハニトラ拷問?」


「え、違うよ」


 否定したのに、いとも簡単に両手首を取られ、後ろ手にまとめられる。力は込められてないけれど、抜け出せないやつだ。


 ゆえに背中を反って胸を突き出す形になって、――非常に恥ずかしくてうつむく。鉄壁ではないけれど、自慢できるほどの大きさではない。身をひねるが無意味だった。


「ん……、ケイファス、これちょっと恥ずかし……」


「こんな無邪気に男の上に乗ってきておいて?」


 降参、と眉尻を下げるのだけれど、ぐっと掴まれた腕を下に引かれる。


 そうすることで男の胸板に押し付けられて自分のものが潰れてしまっている、のが見えてしまって。


 わぁ、と脳内だけで騒ぎだす。


 わからないけど。わからないけどこれはよくない。

 いよいよ怒らせてしまった。どうしよう。耳に心臓ができたみたいにドクドク聞こえる。


「男をからかうのもたいがいにしないと痛い目を見

 ――ごめんごめんごめんごめんごめんごめんっ」


 知らないうちに涙が浮かんでいたらしい。


 軽率に謝るケイファスは、悪役に徹せない人だ。


 涙だって、緊張が極まって出た生理的ななにかなのだけれど。頬に落ちるわけでもなく、いやだったとか怖かったわけじゃない。


 体で触れるのは恥ずかしい。でも近づけたのが嬉しくて、涙腺が刺激された。


「ううん、ごめんなさいケイファス」


 やっとお湯が沸いて、気を取られた彼の拘束がゆるんだ。




 警戒するように背中を観察されていたが、普通にアリサはお茶を淹れただけだとわかると、いつものケイファスの空気にもどった。遠慮がちの、おっとりしていそうで、アリサが見つめたり微笑むときょろきょろしだすあの感じ。


 ティーカップを差し出して、受け取る手に自分のものを重ねた。目を合わせて、お願い、と告げる。


「ケイファスいなくならないで。……ね?」


「……どういうこと?」


「だって、いまにも逃げちゃいそうなんだもん。

 あたし、ケイファスのこと好きでいていい?」


 小さく息を飲んで、ケイファスは耳を赤くした。立っているアリサに合わせてか、彼も立ち上がった。この身長差だと、逸らされてしまえば背伸びしても顔が拝めない。


「そういうこと言われると勘違いする。僕、アリサのおもちゃじゃないよ」


「えっ、……もちろん。それ勘違いじゃないし」


 いやがってないか、慎重にケイファスの反応を見ながらやっている。決して笑い物にするだとか、遊んでいるわけじゃない。


 好きだから近づきたくて、行動を起こしている。

 やりすぎることもあるのは否めないけれど。


「その。アリサのは男女関係の『好き』に聞こえるからね」


 かすかに(あらが)うような雰囲気をねじ伏せて、目の前の襟ぐりを掴んで引き寄せる。アリサはまつげを下ろした。ケイファスは避けなかった。


 前髪同士が混じり合う距離にあって、でも感情は相反していた。


「……なんか、悲しそう」


 首を傾げる。気持ちは重なったはずなのに。


 アリサのファースト・キスはしょっぱいものになりそうだ。お茶のおかげで空気の香りだけはいいのだけれど、これでは台無し。


「ほんとはあたしとキス、したくなかった?」


「したくなかった。むなしくなるだけだから」


 言葉とは裏腹に、逃がそうとすまいとアリサの腕を掴む。抱きしめようとしているようでいて、突き放したいようでもあった。


「……あたしとこうするの、むなしいの?」


 好きという言葉は拒まないのに、触れ合いは拒むのか。精神的な繋がりは好ましいけれど、肉欲は嫌悪する人、だったらどうすればいいのだろう。


 アリサはどっちも欲しい。ぜんぶ欲しい。


 胸の奥がズキリと痛む。


 ちらりと春の緑が揺れた。


「……満たされるから、困ってる……」


 それは、アリサも同じ気持ち。ただし嬉しい、という意味だ。痛いくらいの喜びで体がはちきれそうで、油断したら泣いてしまいそうなほど。


「どうしてこんなに幸せなんだろう」 


 アリサはそれを引き出せただけで満足した。たぶん、ケイファスは混乱してるだけ。


 時間が経てば、きっと体に馴染んでくれる。


 アリサが与えた情報(すき)は処理能力を超えていたようで、ケイファスはいっぱいいっぱりになりながら帰ってしまった。

 

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