32. お泊まり会
「お泊まり会、しませんか?」
しますわよね? という念押しだった。
仕事が終わった夕方にウナと手を繋ぎ、「下着だけお持ちください」と家に一瞬帰される。本当に最低限の着替えと歯ブラシくらい――あとついでに肩に乗ってきた溶けない雪うさぎたち――しか持たずにウナの家へ連れ去られてきた。自分の意思で行ったはずなのに、どうしてか「連れ去られた」という表現がしっくりする同行の仕方だったのである。
「ふわぁ……おっきーぃ」
それは家と軽く称しているがもはや城。
ウナは「うふふ」と恥ずかしそうにしているが愛らしいだけだ。いや、お姫様ばりにかわいいし可憐である。
玄関を抜けると、上品なメイドが頭を下げた。
「ジュエレお嬢さま、おかえりなさいませ。
アリサさま、ようこそいらっしゃいました」
「ええ、準備をありがとう」
「お世話になります」
「ごゆるりと」
これからまた、ウナの自室へ辿り着くまでも長かかった。横に並んでいるドアからドアまでが遠いし、いくつも部屋がある。廊下に生けてある花の豪華さだったり、絵画を眺めていたら数えていた部屋数を忘れてしまった。
部屋に入ると同時にお茶が運ばれてきて、アリサは座らせられる。ウナはお茶を淹れて配膳すると、座らずにテーブルから離れた。
あれ? と不思議に思っていると、ウナは珍しくもじもじしている。
「アリサちゃん、我が家に来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう。とっても楽しみにしてたよ。お家、お城みたいだね」
「あの、驚きますわよね……」
「これまで見てきた家の中で、いっちばーん大きいかも」
ちょっと口角を上げてから、ウナは重々しく礼の形をとった。
「ちゃんと名乗らせてください。私、ジュエレ・ウナ・アレクサンテリと申します」
メイドが呼んでいたのはウナのファースト・ネームだったのだ。通名でミドル・ネームを使う人は少なくはない。けれどもこんなに丁寧に教えてくれることのほどでもない――はず。
「う、うん。ジュエレちゃんって呼んだほうがいいのかな?」
ぷるぷると首を横にして否定された。
「アリサちゃんには、ウナの名前で呼ばれたいですわ」
「じゃあ、これまで通りウナちゃんだね」
にっこりすると、ウナは大きく目を見開いた。
「いいんですの?」
「え、ダメなの?」
「違いますわ。アレクサンテリ家を見て、呆れたり幻滅したり、なさってませんか?」
「こんなに素敵なお城なのに??」
ウナは実家を気に入ってないのだろうか。
「いえ、私に……、です」
「だからなんで? ウナちゃんはかわいくて淑女でみんなの憧れだよ」
「私、ずっと家のこと、本名もなにもお伝えしてなくて……」
「あたしも訊いたことなかったしね」
軽い気持ちで訊いたところ、百年単位で続く名家らしいので家もお城風ではなく本物の城だった。
「本当にいままで通りにしてくださいます?」
「どうしちゃったの? なにか変える必要があった?」
気品の紫色をした双眼がうるうるとしだした。
「アリサちゃん大好きですわ!!」
「あたしもウナちゃん大好き〜!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめ合いながら、友情を確かめる。
友情に満足したら、ウナは服を取り出した。
「まずは部屋着に着替えましょう」
色違いのワンピースはウナが彼女の瞳と同じ桃色と言っていい貴賓の紫で、アリサには黄熟した実の色が用意されていた。ウナはうさぎたちも尊重してくれて、手持ちのリボンを首に巻いてくれる。かわいさが増した。
「部屋着も用意してくれたの? ありがとう」
「まだまだこれからですわ。私、お友達とお泊まり会がずっとずっと夢でしたの。お付き合い願いますわ」
「嬉しい〜! とことん楽しも〜!」
ご飯も贅沢なものを用意してもらい、お風呂もバブル・バスを楽しんだ。寝巻きもおそろいですっかり双子のような気分になってくる。
「お泊り会でこうするのが夢だった。」とウナが望むままに、アリサはベッドに寝転がってハーブティーを手にしている。うさぎたちがもふもふとベッドを歩き回る姿に思わず笑みがこぼれる。
「大変な旅でしたわよね。よく無事で帰ってきてくださいましたわ」
「うん、ケイファスのおかげでね」
「デートのお約束をなさってましたけれど、やはり旅の間に仲が深まったんですの?」
「う、ん……たぶん?」
手が落ち着かなくて、無意味にうさぎを撫でる。ぴくぴくと木の葉でできた耳が動いた。
「うふふ、聞かせてくださいな」
「手は繋いで〜〜」
「きゃっ」
うさぎをなでなで。
「抱きついて〜〜」
「きゃあっ」
ひたすらなでなでなでなで。
「……抱きしめられちゃった、かな」
「『かな』? 曖昧ですの?」
「なんていうか仕事の一貫? で、必要があって? 安全のためにしたことだから、ケイファスは自分を恋愛対象になれると考えてないんだよ〜〜仕事中だったのが敗因なのかな〜〜。うん、勤務中はダメだよね」
構いすぎて逃げられてしまったうさぎの次は、ふわふわの枕をもふもふと揉んでみる。
悔しい。アリサはがんばって伝えているのにケイファスからは遠慮しか返ってこない。
「あっ、ひざ枕もしたの」
「まぁまぁ、それで意識していただけないとは。でもデートは申し込んでもらえたのですわよね」
「それね、最初に誘ったのあたしからだよ」
状況を説明すると、ウナは「積極的ですわ〜〜!」と広いベッドの上で小さく転がっていた。そんな姿でさえ品が捨てきれていなくてかわいい。
「とにかく、応援してますわね!」
ぐっと手を握られて、「ウン……」と照れた。
お泊まり会、楽しかった。とてもじゃないがこれほどのことはできないし、ベッドも断然小さいけれど、今度はウナをアリサの家でもてなしたいと考えるのだった。それはたぶんデートの反省会になるだろう。




