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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
30/35

30. 事件解決

 無事にアリサを実家に送り、隊長が「もう危険はありません」と彼女の家族に告げたところで、ケイファスの意識は閉じた。


 コォーケッカックルドゥー!


 ひときわ珍妙な一声だった。窓にかかったカーテンがほんのり透けている。アリサの実家の離れだ。


 顔を洗って居間へ行くとアリサがひとりで座っていた。 


「おはよう。田舎にいると早起きになっちゃうよねぇ」


「おはよう。アリサ、気分は?」


「うん、気分はいいよ。ケイファスは? 二度寝してきたら?」


「いや、せっかく起きたし、どうせすぐ首都に戻らさせられるだろうから……」


 座るアリサを見下ろして、手を伸ばす。


 前髪をどけて傷ひとつない額を見て、息を吐く。

 もう、彼女は完全に幻獣から解放された。


「ケイファスのおかけだよ、ありがとう」


 くすぐったそうに笑う。とろとろにとろけるような南国果実色の瞳(マンゴー・オレンジ)に、ケイファスも頬をゆるめた。


 この笑顔を守れたのなら、他に望むものなんてない。


 朝食を終えたころ、本邸からやってきたのは第五部隊からの二人だった。


「ケイファス、第五のみんなで帰るぞ。船も待たせてるしな」


「幻獣と対峙したのお前だけなんだから、山ほど報告書作ってもらうぞー」


「覚悟しておきます……」


 もはやアリサに危険はないのだから、警衛する必要もない。ここでお別れだと告げられた。


 ちらりと振り返ると、アリサは微笑んでいる。


「あたしはもうちょっと、家族に説明と話し合いをしておくよ。連絡船が復行してから帰るね」


「わかった。気をつけて」


「うん、 “ Steamy Bean Bistro ” で待ち合わせね」


 会おうね、ではなく待ち合わせ? と内心で首をひねったが、どちらにせよアリサに会いに行くのは決まったこと。


「絶対行くから」


「そしたらあたしとデートしてね」


「でぇ……?」


 でぇ、と。待ち合わせ、はここで活きてくるわけだ。そりゃあまあ、デートとくれば待ち合わせするんだろうけど。


 えっ??


 思考停止。


「ずっりぃ!」


 食いついたのは仲間のほうだった。


 デート? デートって言っていた? 男女のあれ? いや、アリサとウナが女性二人で百合をばら撒く勢いで出かけるときにも「デート」と称しているし、その程度の軽いお誘いか? どう受け取るべきなんだろう??


 脳内で思考作業を必死にブン回している間に、同僚がやいのやいの言っているが耳に入ってこない。


 うーん、と悩むふりをしたアリサは接客用の笑顔を浮かべている。


 思えばアリサの笑顔の変化に魅せられていた。最初はジェッドのおまけで会ったものだから、わりと友人寄りだった。それが色づいたと感じたのは自惚れもあった、かもしれない。不安そうにしている顔も、恐れて青くなっているときも一通りは見てきたけれど、やはり笑顔に勝るものはないと――


「ケイファスにフラれたら、考えてみようかなぁ」


 ――ちょっと待って、なにを聞き逃していたんだ。


 これ、アリサは同僚からデートに誘われてないか?

 喉が引きつって声が出せない。一瞬頭髪が逆立ったかと思うほど不愉快な気分に包まれたのを抑える。


「マジかっっっ」


「バーカ。あきらかに断り文句だろ」


「マジか……」


 その肩が上がったり下がったり忙しない。


 ――あれ、断ってたのか……。


「コレはやめとけ。『お断りします』、はい復唱!」


「お断りします!」


「うっす……対戦あざっした……」


 見るも無惨に消沈しているが、こいつは明日には次の女を探しているので同情できない。


「よし! ケイファスは真面目でいいぞ。恋人としては引っ張ってくれそうにないしつまらんがな。旦那にしたら尻に敷けて嫁の言いなりだぞ。――たぶん」


 バシン、と背中を叩かれてよろめく。


「え、僕その評価どう受け取れば……?」


「うっせ! テメェで考えやがれ! 五分後に表で集合な! あとコイツぜってぇむっつりだかんな!」


「なっ……」


 振られた男からも一発お見舞いされて、捨て台詞なのか業務連絡なのか微妙なものを残して去った。


 つんつん、と腕を突つかれて見下ろす。


「断るにもあんな言い方しちゃったけど、同僚さんとギクシャクしちゃったらごめんね……?」


「あ、大丈夫。あの人午後には忘れてるから」


 そこはほんとうに心配していない。


「それより思ったより同僚から関心を持たれていたみたいで、そっちにびっくりというか……」


 くすくすとアリサが笑う。


「みんなからけっこう好かれてるみたいだよ?」


 ケイファスの意識がない間、なにがあったのやら。

 第五部隊はアリサの実家で歓待を受けていたようである。それでアリサの家族が酒責め質問責めにしていたと。


「早く準備しないと、出発でしょ?」


「あ――うん」


 着替えて、荷物をまとめて玄関に立つ。


「いってらっしゃい」


 カフェでは見られない表情、自然な姿で立っている。返す言葉を忘れるくらいには、見惚れてしまっていた。







 ゴウラ市の端、カーケント港の対岸では船が一艘待ち構えていた。居住設備つきの、個人所有の船では最大規模だと思われる。


 近づくと、颯爽と女性が登場した。


「みなさま、お疲れさまですわ〜!」


「……。ウナさん?」


「はい、なんでしょうか?」


 ケイファスが呼ぶと、普通に返事があった。そっくりさんでもなく本物か。


「この船から出てきました?」


「ええ。定期船が動かないと聞きましたので、我が家で第五部隊へ提供させていただきましたわ。お恥ずかしながら持っている中で一番小さい船なのですけれど……すぐに動かせるのがこちらでしたの。アリサちゃんとケイファスさんが渡るときには間に合わなかったようで」


 後半には申し訳なさそうにしているが、ウナが()()()()()と呼ばわった船は最大搭載人員百人は硬そうである。第五部隊は総勢六名。操縦士や航海士、世話人を入れたとしてもせいぜい二十人いかないだろう。大きすぎる。なにが恥ずかしいのかわからない。


「ジェッドが言ってた伝手(ツテ)って?」


「私ですわ」


 姿勢を正して、平民ではありえない美しい礼を披露した。


「ジュエレ・ウナ・アレクサンテリと申します」


 あれか――とケイファスは頭を片手で押さえる。あらゆる事業の背景を調べれば必ず関わっているという、ラセペレセ国屈指の名家アレクサンテリ。


 お嬢様からころっと態度を変えて、アリサの親友に戻る。


「それで、アリサちゃんは?」


「幻獣の心配はもうないですよ。連絡船が復活してから首都へ帰るそうです」


「そうですの。ずっと里帰りもなさってませんでしたし、マスターならアリサちゃんの長期休暇の二ヶ月三ヶ月大盤振る舞いするはずですわ」


「そんなにはかからないですよ……」


「ふふ。アリサちゃんの帰りが待ち遠しいですわね、ケイファスさん」


「あ……え……はい」


「では、出発いたしますわよ!」


 るんるんとウナがタラップを歩く。


 ウナが来ていると知っていたらアリサを連れてきたのに。そしたらきっとアリサの弾ける笑顔を見れた。彼女の親友に見せる笑顔は、幼馴染みとも、ケイファスとも格別だ。


 ちく、と胸に刺さったなにかを無視して船に乗り込む。

 

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