29. Case Closed.
「あ、起きた?」
開ききらない目がアリサを捉える。春の芽吹き色をした瞳はどこか潤んでいた。
「ひざ枕してるけど、体起こさなくていいよ」
ぱちぱちまばたきをするが、覚醒していない。
「……アリサ?……ひざ? ……」
眉根を寄せたケイファスが自分の頭を触って、その下を確かめるようにさわさわする。服の上からとはいえ、アリサの太ももなのだけれど。
「んー、ちょっとそれはくすぐったいから、やめてほしいかな……」
クワッと目を開くのが先かガバッと体を起こすのが先か。
「――ごめん! 綿の枕じゃないなと思って! いやひざって! 膝か! 膝だよね……膝しかない」
両手で顔を覆っているが、耳は赤いのが見えている。
「目が覚めた?」
「覚めた。ごめん。気持ちよかったです」
たぶんこれは彼にとっては失言だろうけど、アリサには褒め言葉だ。まだ頭が回ってないな。
「よかった、動けるみたいで」
あー、と発声練習のような声を上げて、ケイファスは手を下ろした。
「アリサ、僕を殴って……」
「ふうん。じゃ、下向いて?」
素直に目を閉じて降りてきた頬に、アリサは顔を寄せる。
小さく濡れた音に、ケイファスは目をかっ開いた。
――付き合ってもいない女性の太もも撫で回した代償にしては、殴られるよりぜんぜんかわいいイタズラだと思うんだけど?
そう考えるアリサだって、かつてケイファスの素肌を暴いたことがある。体に触れたケイファスが贖罪に殴ることを要求するならば、あのときのアリサも殴られなければ不公平になってしまう。だからこのくらいで勘弁してほしい、という意思表示だったのだが。
安全の確保と幻獣の確認を終えた隊員たちが戻るまで、ケイファスは石になったままだった。
「ジェッドぉー、ケイファス起きたんだけど、なんか動かなくなっちゃった」
「お前なんかしたんじゃないのか」
「……しちゃったかなぁ?」
すっとぼけるアリサを横に、今度は長い全身でぶるぶる震え出した。
「ちょっと診るよー」
魔法使いが発熱やら瞳孔やら確認したが、「疲労以外の異常なーし」とのことだった。
「こんな反応見たことありませんけど、魔力を使いすぎた反動ですかねぇ……」
隊長があごをさすってケイファスを心配しているが、原因は誰にも見抜けないだろう。――なにか背景を知っていそうなジェッド以外は。
ひざ枕かほっぺちゅー、どっちがより大きい原因だろう。
ケッケッケ、コココ……。
ニワトリでアリサを取り囲むようにした第五部隊はさくさくと山を下っていく。
みんなから遅れたところを歩くジェッドの肩を借りながら、ケイファスは山を這うような気分だった。
「おい、あそこまで破壊する必要あったか?」
相変わらず澄み切った青空の瞳は、切れ味がすさまじい。口を開くのも億劫だからと言う理由で追及をゆるめてはくれなさそうだ。
「奥に、白骨が何体も。……アリサに見せたくなかった」
強制的にアリサを家へ戻したのはケイファスだ。アリサがいなくなってから幻獣への攻撃を激化させたのは、並々ならぬ怒りも含めていた。これまで餌食になった人たちの無念が悲しくて。
千年間を生きる幻獣が、どの時点で変容したのかはわからない。隠れるように日々を過ごす夢譚夫婦は、古には直接人間に手を下すような害悪ではなかった。年老いて外部の手が必要だったからといって、迷い込んだ者を死ぬまで使い潰すことを繰り返すとは、邪悪が過ぎる。
ジェッドが背後を見た。
洞窟内は全体的に暗いし、アリサが導かれたときは動揺があって隅々まで見渡す余裕などなかっただろう。彼女が気づかなくてよかったと心底思う。でももし最初にあれを見ていたら全力で逃げていただろうし。
惨状を見られる前に、隠すために爆発で誤魔化した。あとで埋葬しなければ。
行方不明の届け出と骨の体格、性別を照らし合わせて特定をしても、きちんと照合できるかわからない。大半は合同埋葬になるだろう。その一人に、あやうくアリサが加えられるところだった。
幻獣を人間の法で裁けないことをこれほど恨めしく思うこともない。




