26. 勘違いするってもんだぜ
アリサがお風呂を、と言うので先を譲って、近くにいると落ち着かないケイファスは外へ出た。アリサの実家は囲いもなく、農地以外にも土地が広い。集落が二個でも三個でも入りそうなほど。うっかり家の周辺を夜の散歩などしていたら迷いそうだ。アリサの家だけでなく、近隣が似たような規模らしかった。
離れは小さい、とアリサは言っていたが、とんでもない。土地が広いから小さくは見えるけれど、立派な家族向け一軒家だ。本邸はそれをゆうに凌ぐ大きさである。
その本邸からアリサの義兄がちょうど離れへ近づいてきた。
「自炊するつもりなら好きに使ってくれ。本邸で作ってほしければ返してくれていい」
野菜や肉、調味料やらが入ったカゴを渡された。
「お手間をとらせます。アリサさんに相談しておきます」
うなずいて、あのさ、と切り出す。
「親父さんの頭に血が上ってるから、俺から言うんだが」
はい? とケイファスが返す。
「結婚すんなら早いうちにちゃんと言っておいたほうがいいぜ。親父さんもそれで混乱してるとこもあるからさ」
カーッと一気に額まで赤くなる。
娘が男連れで里帰りしてきたら、まず結婚を疑え、ということらしかった。それなら幻獣などと言い出したケイファスたちをふざけてると思うかもしれない。
「違います違いますぜんぶ違います。僕が来たのはあくまで幻獣を倒すため、ですから」
アリサのためにもケイファスは全力で否定するも、彼は頭を掻いている。
「違ったのか? ……あんな大事そうに娘っ子連れて来られちゃ、勘違いもするってもんだぜ」
この人に会ったときは、歪みを抜け出してアリサと手を繋いだままだったか。
「都会じゃ男女でもああ距離が近いのが普通なのか?」
「今回は特別な護衛だったといいますか……紛らわしいことをしてしまいすみません」
「俺もここらゴウル郷のことしか知らんからな、すまん。だが村の他の女にはああいうことやらんでくれ」
しかもケイファスが女たらしみたいに言われた。現実と大いに齟齬がある。
アリサはケイファスを男として見てはいない。男として意識していたのなら、服を剥いたりしないからだ。警戒されていない、信頼を喜ぶべきか男と思われていないことを悲しむべきか。
「ご安心ください」
「ケイファス、お義兄さん? なにお外で話してるの」
ひょっこりとアリサが離れの窓から顔だけ出した。
「食材この兄ちゃんに渡しといたからな。それとも本邸でまとめてメシ作って分けたほうがいいか?」
「ううん、材料のほうもらうね。ありがとう!」
じゃあな、と本邸へ入っていく義兄を見送った。
ケイファスが風呂から上がると、アリサはお茶の準備をしていた。力なく笑いながら、マグカップを差し出すので感謝を告げて受け取る。
「うちの両親あんな感じでごめんね」
軍人の成り立ちの祖である幻獣の存在を否定するなら、理解を得るのは骨が折れそうだった。けれど、いままで接してきた人間で軍を拒絶する者もいなかったわけではない。
「平気だよ」
それから尋ねた。
「ジェッドにはアリサが会った幻獣について訊いたことなかったようだけど、それはジェッドも家族と同じ反応をすると思ったから?」
これには首を横に振る。
「ジェッドは軍人になったんだし、幻獣についてはあたしより詳しいから、真っ向から否定することはないと思うよ? でも、調べてもらったうえでほんとうにただ、あたしの頭がおかしくなっただけ、ってなったらさ。昔から知ってるジェッドに狂ってるなんて断言されたりしたらそれこそ正気を保てない……とんだ臆病だったね」
「大丈夫。これからはもっと頼るといいよ」
うん、とアリサはお茶を飲む。
「明日は、村を案内するね。調査するんだったよね?」
なら早く休もうという意見が合い、それぞれ部屋に入った。
翌朝アリサは馬を二頭連れて来た。アリサの家で飼っている馬だ。
「ケイファスって馬乗れる?」
「訓練は受けたことあるよ」
難なく乗ってみせたので、そのまま村の調査に出発した。アリサがスカートだったので心配したが、裾の長いもの、かつ彼女は乗馬の心得があったので要らぬ世話だった。首から肩まで露出させた、村での普段着らしいドレスタイプをアリサはいやらしさもなく着こなしている。
光をとろりと弾く肌に注目してしまわないようにしながら雑談に応じていた。
村とはいえほとんどが農地であり、人の足で回るにはあまりにも広すぎる。馬の蹄の音が心地よい。
特産品とあって、黒いニワトリはそこかしこにいた。個人の庭で歩いているのも見かけるし、広い農地にも大量に放してある。
「村の中にいてあちらの世界に連れて行かれそうになったことは?」
考え込んで、やがて首をわずかに傾げた。
「そういえば、……。寝てるときに、夢で見ることはしょっちゅうあったと思うけど……。うん、村の中にいることが多い朝のうちはぜんぜんなかった、かも」
「黒いニワトリの鳴き声は悪しきものを祓うんだ。この村に黒いニワトリがたくさんいるのなら、村は幻獣の害から守られてきたということ」
朝方活発に鳴くニワトリはこまめに幻獣を追い払っていてくれていたらしい。
幻獣を見たことがない、だから幻獣なんていない、と村人は信じてしまったのだろう。アリサの家族のように。
アリサが馬を降りたのでケイファスもそれに倣う。
「ここが、山の入り口。あたしが迷子になったとこ」
「道は覚えてる?」
「途中まではね。たぶん、どこかからかあちらの世界に入っちゃったんだと思う」
二人は奥へ分け入る。
「ここらへんでみんなと分かれて……あたしは野いちごを摘みに離れたの」
進む方向には野いちごの茂みが続く。深呼吸をひとつ挟んでも、アリサはこわばっている。
「ケイファス、……いい?」
おずおずと差し出された手。色をなくして、いまにも震えそう。ケイファスはにこりとして包み込んだ。
「いつ幻獣の世界に入り込むかわからないから、離さないで」
アリサは素直にうなずく。
こんなにも家族から愛されて、大切に育てられてきた。親友もいる。
必ず、彼らの元へ戻さなければならない。




