23. 足止め
早めに就寝したことでケイファスは気持ちの整理もついて精神が安定したようだった。今日は馬車を乗り継いで港へ向かう。
朝食もしっかり摂り、乗り合い馬車に乗り込む。
「ケイファス、よく眠れた?」
「朝まで気を失ってたよ」
笑い合って、アリサは質問を続けた。
「昨日の人たちは、前いた部隊の人?」
「そう。元同僚なんだ。最後にやってきた男性が、第十三部隊……彼らの部隊長ワイズさん」
「偉い人なのかなとは思ってた」
「偉い人だし、僕と彼らの間をうまく取り持ってくれてた……みんなの僕に対する不満を抑えてくれてた、が正解かな。理不尽はしない人だよ」
「いい人なんだね。ちょっと怖そうだったけど」
どっちも合ってる、とケイファスは口角を上げた。
「あのとき、ケイファスが口悪いのはじめて聞いた」
低くて吐き捨てるような声は印象深かった。もとが透明感のある優しげな声だからなおさら。殴られて怒ったのか、挑発に乗ったのか。
どちらにせよ、彼はちゃんと怒れる人だ。雰囲気が流されやすそうで押しに弱そうなものだから、気がかりだった。
いやなときはいやと言える。だから、アリサの旅に付いてきてくれたのも、仕事だからが多分にありつつ、断れなかったわけじゃない。それを知れただけ嬉しかった。
「あれは……僕、もともとそんな育ちがいいわけじゃなくて。すみません……」
「ううん。おにいさん……お姉ちゃんの夫ね。も、そんな感じ。あたし慣れてるよ。お父さんも口悪いから。ほんとに田舎者なの。最初に強くでる癖があるから、失礼したらごめんね……あまり気にしないでくれると嬉しい」
田舎ではわかりやすい威厳がないと舐められる。いやな慣習だ。
「お姉さんがいたんだ」
「二人姉妹だよ。お姉ちゃんは十二個上でね、十八のとき結婚して、離れを建てたんだよ」
「それはそれは」
「あっ、お金持ちなんじゃないからね。農家で土地は余るほどあるっていうだけで。離れって言っても、小屋だよ。見ればわかるから」
どこまで本当だろう、という生暖かい微笑みをたたえている。ケイファスはど田舎というものをわかっていない。遠征で行ったことないのだろうか。
首都の物価の高さに驚いたりもしたけれど、田舎とは質が違うのだから差があるのも当然だ。
こんな風におしゃべりでお互いの知らない面を知ったりして仲を深めながら馬車で港まで来たまではよかった。
が、結果的に船には乗れなかった。大掛かりな港の改装工事と、渡し船の修繕が重なっており、完全に航行が再開されるまで一ヶ月かかるらしい。
とても泳いで渡れる距離でなし、悠長に待っていられない。油断していたら幻獣の脅威があるかもしれないのに。
いまいるカーケント港からゴウラ市までは海路と陸路ふたつある。カーケント港が犬の尻だとすると、ゴウラ市はそこから生えたくるんとゆるく丸まった尻尾の中間だ。まっすぐ行ける海路のほうが何倍も早い。港周辺は山ばかり、陸路で迂回してしまえば大幅に時間を浪費するばかりだ。それは一ヶ月どころじゃない。
「ここで足止めを食らうとは……」
「どうしようね?」
地元の漁師にも送ってもらえないか交渉しようとしたが、彼らの持つ大きな船は軒並み破壊されて修理中だそう。無事な船では小さすぎて次の陸地まで、追加の燃料を乗せたとしても保たないと言われた。積載限界というものがある。さらに道中で嵐なんて起こったらひとたまりもない、と。
荷物を抱えて、港と反対側を眺める。
「ひとまず、今晩の宿を確保してから、かな」
――と、宿をひとつずつ当たってみれば、歩いていると建物が半壊していたり、改装工事中だったりするものが多かった。
「ちょっと前に幻獣が出たって言ってね。とにかくでっかいのが山から来たってんで、あちこち壊れちまってるだろ? 軍の十三部隊だっけね? やっつけてくれたのはいいんだけどねぇ、まぁ復興中なのさ。あんたらも船待ちなんだろ? 運が悪かったねぇ」
五件目に訪ねた宿の女将さんが教えてくれた。
営業している宿であっても、同じように船に乗れなかった旅行者たちがすでにいるから空きがない。
さらに別な街へ移動するべきか。だとしても渡航の解決策ではないのだけれど。
「ひとつだけ、方法がないこともないんだけど……」
世界には幻獣によって作られる歪みがある。そこを利用すれば海を渡る必要なくゴウラ市へ着ける、とケイファスは説明してくれた。
しかしこれは自分から幻獣の縄張りへ飛び込む行為であり、とても危険だ。ほかにも、関係ないのに縄張りを引っ掻き回されたとして怒り狂う幻獣もいるかもしれない。
「もしかしたら、アリサを狙っている幻獣と接触する可能性がある。印を持っているから、アリサは引っ張られやすくなってるんだ」
脅すように真剣な響きで告げる。他に選べただろうか。
「わかった。連れてって」
ならば、と戦うことを知る手が差し出された。
「意識をしっかり保って、僕の手を決して離さないで」
どんな顔をしてアリサは手を取ったのだか。怯え、それとも 困ったように見えたのか。場違いに甘えたように見えたのかも。
触れた途端にやわらかく微笑まれたものだから、抱きつきたい衝動に駆られた。手だけに飽き足らず、しがみついてしまいたいと。ぐっと堪えた。ケイファスは男性だ、親友のウナじゃない。
昨日抱きついてしまったときの反応を見るに、やめておいたほうが賢明だ。
「ちょっと見せてもらうよ」
それから空いたほうの手でアリサの額を軽く撫でる。印がある場所だ。「うん、大丈夫。」と呟き、歩き出した。
アリサは別な意味で、大丈夫じゃないかもしれない。




