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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
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21. 喧嘩を買う

 案内されたのは四方を廃屋に囲まれた空き地だった。ケイファスの上着と帽子を預かって、アリサは隅で待たされている。この場合せめてアリサが逃げ出せればよかったのだけれど、隣で見張っている一人を出し抜けても他に力自慢の騎士ばかりが四人では隙がない。ケイファスが怪我をしませんように、と祈ることしかできなかった。


「できたら話をするだけで終わりたいのですが」


「できるかよ。隊にいるときお前が出しゃばらなきゃ、オレは昇進できてた」


 ため息を吐いたケイファスは不快を露わにした。


「別に獲物を横取りしたこともありませんけど。なんなんですか、いったい」


「……生ぬかしてんじゃねぇよ、ヒョロガリのくせにっ!」


 ヒッ、とアリサが息を飲む。


 薄い腹のど真ん中に一発、確実に入った。のに、ケイファスはよろめきもしない。堂々たる仁王立ちで受け止めた。


「たしかに今でも隊の中じゃ一番のヒョロガリだけど、鍛えてねーわけじゃねンだわ」


 筋肉が多い方が強いのだと信じていたのだけれど現実はそうでもないらしい。ケイファスが相手に勝てるのは、背の高さくらいだ。というその場の全員の計算を、裏切った。


 ていうか聞いたことのない乱暴な口調にもびっくりしている。穏やかで控えめなケイファスはいずこ。


 それとも殴ってきた男を煽るためにわざと?


「ああ? 馬鹿言ってろ」


 反撃がないのをいいことに、男はもう一度殴ろうとする。


 アリサは口を手で覆った。(わめ)いたりしたら、ケイファスに心労をかける。アリサの存在は邪魔にしかならない。できるのは声も気配も押し殺して、敵の関心を買わないことだけ。


 その後、ちゃんとこの目で見ていたのに、アリサはケイファスがなにをしたのかわからなかった。拳を(かわ)しているだけだったのに、相手は(うめ)いて次々と倒れていく。


 ――ケイファスの魔法だ、きっと。


 アリサに張り付いて見張っていた騎士が頭から地面に落ちていく。腕を掴まれて、アリサまで膝をついてしまった。意識不明になっても握力が弱まらないなんてどんだけ執念深いのだか。


 最後の一人が倒れてからは、ケイファスは微動だにしない。ちらと見えたその口元――唇を噛んでいた。


 名前を呼ぼうとして、やめた。事情を知らない人間がいくら慰みの言葉をかけようとも、ケイファスの助けにはなれない。


「……ぃたっ……」


 騎士の手から腕を引き抜こうともがく声に、ケイファスはハッとして駆け寄ってきた。


「ごめん。すぐ取るから」


 ケイファスが絡みついた指を剥がしていく。


「あー」


 背後からした新たな声に、アリサは肩を振るわせた。


「ワイズさん」


「遅かったか……ケイファスくん、私の隊員たちが弁えずちょっかいをかけたようだ。すまないね」


 ということは、喧嘩をふっかけてきた奴らの仲間。けれど、攻撃的なものはなにも感じられない。むしろ真摯に謝罪された。


 緊迫していた空気がやわらいだ。


「先に手を出したのは彼らですが、応戦してしまいました」


「わかってるよ。きみは争いを好まない。少なくとも、こんな形では」


「なぜ……ここまで嫌われてしまったのかわかりません」


「妬まれてたんだよ。きみ、普段はうじうじしてるのにいざ幻獣を前にすると容赦なくおいしいとこどりしちゃうから」


「幻獣を倒すなら素早く確実にしなければ。部隊を組んでいるのだから、誰の手柄とかでもないと思います」


 腰に片手を当てたワイズは苦く笑っている。


「うん。そういう飄々としたところがね、彼らは許せなかったみたいだ」


 しゃがんで、倒れた男たちの具合を確かめていく。


「悪かったね。ここまでされれば、この馬鹿たちももう絡みにいくことはないだろう。……警衛の途中なんだろう? ここは私が指導してこうなったことにしておくから」


 やはり、隊が違うとはいえ私闘は御法度らしい。隠蔽に協力してくれるこの人はなんなのか、問い詰める時間はない。


「申し訳ありません……」


「いいんだよ、これから教育するのは間違いないし。じゃあね。早く行きなさい」


 さわやかなのに、落ち着かなくさせる笑みだった。腕を組み部下が目覚めるのを待ってから、説教するのだろう。その、肉体言語的な意味で。


 あえてアリサの存在を彼が無視して挨拶もしなかったところを見ると、この喧嘩をなかったことにするんじゃなかろうか。


 頭を下げて、急いで大通りへ戻る。

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