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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
20/29

20. 警衛

 幻獣と決着をつけるために、アリサはゴウラ市に帰るのだとウナに伝えた。


「帰ってきたら、お泊まり会に再挑戦ですわ」


 お泊まりは嬉しいが今回は急なことで用意もなにもできなかったから、おもてなしの準備を万端にしてアリサを家に招くのだとウナは輝くように笑った。そのやわらかな明るさに救われる。おかげでマスターと奥さまにもしっかりと説明することができた。


 ウナは実家に帰ったが、アリサはマスターの家へ引き止められた。念のためもう一泊、ということらしい。


「すみません、お世話になりっぱなしで」


「ふふ、娘が里帰りしてくれたみたいで楽しいわ」


「せやで。めったに里帰りせぇへん親不孝(モン)やねん」


「お嫁にいったのだもの。子育ても忙しいでしょうし。というか、発端はあなたのくせして」


「まあなあ。娘の旦那さんは俺が留学先で知り合ったヤツの息子でな。うっかり会わせてしもて、俺らのかわいいひとり娘、取られてん」


 失敗したわ、と言いつつも幸せそうに笑っている。

 奥さまはハッとして、アリサに微笑んだ。


「そうだわ。ちょっと待っていてくれる?」


 パタパタとどこかの部屋に消えて、衣装袋をいくつも抱えて戻ってきた。


「明日のアリサさんの着替えにしてもらえたらと思って。娘のお下がりだけれど、どれもよい品よ。よかったら着てちょうだい。これは今夜の寝巻きね」


 と、娘さんの若い頃の服を持たされた。着る人もいないから返さなくていい、とは言われたが布地からしてそうそう適当な扱いのできる品ではなかった。衣装袋に入れて保管しているくらいだし、いち市民にしたら一張羅だろう。それを五着ほど持ってきた。


 質が質だけに、遠慮に遠慮を重ねて、ほんの一着だけお借りした。




 翌朝、アリサは自宅に帰るために準備した。準備もなにも、マスターの家に運ばれてきたときは手ぶらだったのだけれど。意識すらなかった。なのに荷物が増えている。奥さまが着替えにと譲ってくれた娘さんの服を着て、自分が着ていた服を詰めてもらったのもある。その上なんやなんや食べ物やコーヒー粉だとか持たされてしまった。カフェを開く時間の前までマスターの家でのんびりして、あとは自宅でケイファスからの連絡を待つつもりでいる。


 呼び鈴にみんなが振り返った。


 朝食後マスターのコーヒーを飲み終わって、マスターと奥さまと話していたところだ。


「お迎えやろなぁ。アリサくん、見てきてくれへん?」


 はい、と返事をしたアリサはてっきりウナを期待していた。


「おはようございます。糸遊(いとゆう)にほどける光かな、景色もまばゆく、啓蟄(けいちつ)も近いです」


 焙煎豆色の髪の毛は春一番に遊ばれてボサボサになってしまっている。ちょっとかわいい、と思う。けれどまた敬語からやり直しか。


 ぴゅう、と鋭く吹いた風が玄関に入り込んできた。


 目にかかった髪を手櫛で直して、ケイファスは緊張した面持ちで告げる。


「自宅まで送ります。そのまま荷造りをしてください。午後からゴウラ市に向けて出発します」


 アリサは固く返事をして、いよいよかと腹を括った。

 自宅で荷造りをしている間、ケイファスには家の中へ上がって待っていてもらっている。


 二羽のうさぎたちと彼がそわそわしている気配を感じながらも、アリサはパタパタと動き回った。背負えるくらいの大きさのバックパックに厳選して荷物を詰めていく。


 幻獣という未知への不安から気が重いけれど、素早く行動しなければならない。


 昨日、ケイファスと二人きりで話したときだ。


 焙煎豆色の髪(ブラウン・ブランブル)は、窓から入る昼下がりの陽を浴びてオレンジ色を増していた。軍人としてのケイファスは、カフェでの引け腰のお客とはまったく別人に見える。そこに幻獣の影が見えるならばただ任務を遂行しなければならない、と硬骨さでこちらを諭す。アリサのために動いてもらうのは申し訳ない、という遠慮など跳ね除けられた。


 幻獣に捕まったらどうなるか、という不安は残るけれど、ケイファスがついていてくれるなら心の重りも軽減される。


 カフェに寄って、うさぎたちをウナに預けた。お世話になった三人に改めて挨拶をして、一時帰郷の旅に出発した。


 さて、アリサの故郷ゴウラ市から首都バストローラまでは徒歩、馬、船、馬車、列車とつぎつぎ乗り継いで二週間かかった経路を今度は逆走する。列車は早かった。間近で空気をつんざく汽笛は慣れないけれど、車内の揺れは楽しい。過ぎる街、農場、森、花畑、街、畑を窓からの風景として楽しんで、やがて別な街へ着く。


 看板には「ようこそサプグリーの街へ」とある。


 駅を出て宿を探しながら街歩きをした。


「ゴウラ市はなにが有名なの?」


「特産品はね、野菜も美味しいけど、一番はニワトリかな。真っ黒な地鶏」


 広い農地で放し飼いのため、運動し放題のニワトリは身が引き締まる。炭火で焼くと肉なのに軟骨のようにコリコリとした噛みごたえが出て、味付けは要らないくらい旨みが詰まっている。


「黒い、ニワトリ?」


「そう。くちばしから尻尾まで真っ黒なの。はじめて見る人はびっくりするんじゃないかな」


 農場で影のような黒い塊が四方八方に動き回るのだ。白いニワトリもいるにはいるが、黒いほうがなぜか美味なので、養鶏場ではそちらを増やす。


「それはすごい! 黒いニワトリって――」


 ケイファスの肩に男の手が乗ったのが見えた。


「おーい、ケイファスくんじゃ〜ん。お(ひさ)〜」


 振り返ったケイファスの表情がサッと固くなる。男の手を外しながら、アリサを隠すように相手と向き合った。アリサからは、突如現れた男はどんな姿なのか確認できない。知り合いなのは間違いなさそうだけれど、紹介はしたくないということだろう。


「女連れ?」


「彼女の警衛中です。近隣で活動中の各部隊へ通達はあったはずですが」


「通達が来たから待ってたんだよ。なに、第五部隊全員じゃなくて、お前ひとりで?」


「他の隊員とは後ほど合流する予定です。先を急ぐのでこれで」


 横に抜けようとして、今度は腕を掴まれてしまった。ケイファスと対峙している男の目は、ゾッとするほど暗くて冷たい。およそ味方に向けるものじゃなかった。


「昔馴染みと夕飯(メシ)くらい食べる時間あるっしょ?」


「すみませんが、お断りします」


 行きましょうアリサ、とケイファスから声をかけられ、アリサもその場を去ろうとした。


「……きゃっ」


 ぐいとアリサの腕が引かれて、たたらを踏む。知らないうちに別な男がいた。ケイファスと同じ制服を着ている。


「な……なんですか?」


 見上げると、帽子の下で男がにっこりとした。鋭い寒気が体を走る。離れようとするのに、どうあっても軍人の手を振り解けなかった。


「やめてください」


「大丈夫、きみにはなにもしない」


 ……では、ケイファスには?


「ムカつくんだよな。せっかく誘ってやってんのに乗らねぇし。こいつがいた時部隊の空気サイアクだったわ」


「ならもう構うことはないでしょう。別部隊になったんですから。……彼女を放してください」


「メシがダメならさ、ちょこっと運動しようぜ? そしたら女を渡してやるよ」


 険しい表情のまま、辺りを見渡す。人が途切れない大きな通りだ。ここで乱闘などしようものなら、警察が飛んでくる。軍隊とは別の、民間の治安維持・平定のための組織だ。国を守る軍人である彼らが警察に捕まるとなったら本末転倒。


「……人目につかないところでなら落ち着いて話ができますか?」


 ぴゅう、と高く口笛が響いた。


「わかってんじゃん」


「僕は逃げないので、彼女を解放してください」


「まぁまぁ、移動してからな?」


「手を離せ、と言っています」


 ケイファスが男の手首を掴んだ。二秒もしないうちに舌打ちをしてから男はアリサを諦めた。アリサはケイファスに身を寄せる。


「すみません、ついてきてもらえますか?」


 うなずく。声は出せなかった。


 幻獣を常に警戒しなければならないのだから、ケイファスから離れられないのはアリサのほうだ。

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