2. 長い挨拶
アリサとジェッドはゴウラ市の出身だ。自己紹介で口にしても、こんな都会ではたいてい「……どこ?」と聞き返されるばかり。詳しくいうとゴウラ市ゴウリ町ゴウル郷ゴウレ村ゴウロ大字となるが誰が決めたのだか……余談である。
上京したのはジェッドが先で、彼を追いかけたわけではないけれども故郷を離れるきっかけにはなった。十六歳を目前に「軍に入る」とより強くなれる方角を目指していったジェッドは宣言通り夢へと続く一本道をひた走っている。
小さかった背中を「いってらっしゃい」と見送ったアリサはそのときにはすでに就職していたが、「地元を出る道もあるのか」と気づいた。田舎に生まれて、田舎でずぶずぶと沈むように終わりまで生きていく道しか知らなかったから。
それで「一度田舎を出てもいいのだ」と選択肢が生まれた。両親は強く反対することもなく、反面やはり女だからと心配はしていたようだけれども、アリサが身の回りのことはできるし上京費用も全て自力で用意していたのも納得材料になっていたのだろう。ぼんやりとでもお金は貯めておくものである。いよいよ首都へ繰り出したのが十八歳の時。
いると知っていても、とくに幼馴染を探していたわけではないのに、雇ってもらったカフェへにょきっとジェッドが現れたときはお互いたっぷり十五秒は見つめあった。それから本物だと認めあって笑いあったのだ。
切るつもりもなかった縁だが、示し合わせもせずに再会してしまうほどにはごく太い腐れ縁である。
そして二十歳になり仕事場にも馴染んでマスターと奥さまにも認めてもらったころ、ジェッドは同僚のケイファスを連れてきた。
この春の部隊編成で新しく知り合った隊員らしい。
ケイファスはカフェを気に入ってくれたようで、ジェッドと連れ立っても、ひとりでもやってくるようになった。注文はうるさくないのによく来てくれて、良客である。
ジェッドに続き常連といってもいい頻度で現れるから、自然と仲良くなれ――なかった。
もうとっくに彼はマスター、マスターの奥さま、さらに同僚ウナとも顔馴染みになっている。気軽にマスターや奥さま側から声をかけて、にこやかにしているところをたびたび見かけた。そこにアリサが現れるとハッとするのだ。挨拶もするし、会話を避けているわけではないのにどこかよそよそしい。嫌われるようなことはしていない、と信じたいのだが。休みの日にはウナから「アリサによろしくと言っていた」など伝言をされることもある。
社交辞令? かも。
ケイファスはカウンターにあるお品書きを眺め、迷いながらアリサのほうへやってきた。近くに来るとぐっと頭を上へ傾けてようやく彼とは目が合うくらいだが、細く見えるぶん威圧感は少ない。そもそも圧にはジェッドで慣れている。
だからのんびりと迎え入れた。
「いらっしゃいませ」
「おはようございます」
挨拶を終えるととたんに沈黙が流れた。ケイファスは考えごとをしているようだったからにこやかに見守る。まだ欲しいものを決めかねているのだろうか。メニューは多い方ではないものの、目新しいといろいろ挑戦したくなる気持ちはわかる。
ぱっと顔を上げた。まるでふわふわの土から芽を出した、緑の色をしたやわらかい瞳だった。
「花時とおく、青嵐来たり。太陽が眩しくて景色が鮮やかになってきたように思います、思いま、せんか?」
あれ、まだ挨拶の途中だった。
夏という単語を使わずに、夏の訪れを表現できるなんて詩的だ。よく本を読んでいて、もしかしたらロマンチストなのかもしれない。男の人ってロマンチストだと耳にすることはあっても、田舎では現実主義になりがちだからこんな人はじめて出会った。さすが都会人、教養がある。……のかな?
つと目を外へやると、彼の言うとおり今日も天気がいい。一日中晴れそうだ。日ごとに太陽の光が強くなってきている。
「ほんとうですね、そろそろアイスコーヒーの注文が多くなりそうです。準備しなくちゃ。今日はなにを飲まれますか?」
「はい。えっと、ホット、コーヒーを、ください。今日のところは」
「かしこまりました」
注文が通ると、安心したように肩の力を抜く。後ろで聞いていただろうマスターが豆を挽きはじめていた。
金属の歯車は硬い豆を食んで力強くまわる。
コポコポとお湯が沸いて、コーヒーの香りが強くなった。
「若衆にしちゃあ、雅やんなぁ」
小さく喉を鳴らして、マスターは湯を注ぐ。




