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プロポーズはいらない  作者: 5’4”
16/32

16. アリサを呼び戻すもの

「これ以上どうすれば……っ!」


 くっつけていた額を離すと、ジェッドとウナがホールに戻ってきたのが目に入った。ジェッドだけには、ケイファスがアリサを抱えているのが見えている。


 仲間を目にして、多少焦りは引っ込んだ。


「すまん。幻獣らしき姿は見つけられなかった」


「そうか……幻獣の特定は、後でもいい。遠隔系か広範囲に力を使える幻獣ならここら付近を探しても意味がないし」


「アリサちゃんはそこにいますのね? 私にもなにかできることありますか?」


「そうですね。アリサを引き戻すのに、道具がほしいんです。彼女となにか縁深いもの……」


 バッとウナを勢いでにらみつけてしまった。


「エンゼルケーキを!」


「は、はい! すぐお待ちしますわ!」


 猫のような身のこなしで、ウナはケーキを運んできた。感謝の言葉もそこそこに、皿を受け取る。

 





 ケーキを一口分、口元へ運んだ。閉じた唇に押し当てる。なかなか開こうとしなかったが、下唇をめくってフォークごと突っ込んだ。


 熟れきった(マンゴー・)南国果実(オレンジ)の瞳からぽろぽろと涙がこぼれていく。小さい口で咀嚼し飲み下してから「……えんぜるけえき!」と声なく感動していた。


 この瞬間を逃してはならない。


 アリサのうなじを掴んで、再びお互いの額をつけた。


 エンゼルケーキの効能、恐るべし。格段にこちらの力が通りやすくなっている。アリサの体も戻ってきているのか、腕がケイファスの背中に回ったのを感じた。


 うさぎが地面で応援するように跳ねていている。

 このまま、このままと言い聞かせていたら、急に額が離れた。


 まだ目は閉じ切ってないのに。


 はむ、と触れたことのないものが唇に当たった。


 ――なにが。どうなって。 ?????


 肉っぽい? なにかで挟まれている?

 はむはむ、と唇を()まれる感触があって、――パッと顔を上げてアリサの肩を押す。


 ――なんで、僕の唇がアリサに食べられ……


 うわああああああああああ!!!!


 助けを求めるつもりで同席しているはずのジェッドを振り返った。彼は片手で頭を抱え、もう片方の手のひらをこちらに向けている。


 「俺はなにも見ていない」だと。「なにも見たくない」ってことか。そりゃあ幼馴染と同僚のキスシーンとか、出歯亀趣味はないだろうから。


 ケイファスの姿しか見えておらず、この光景を理解していないウナがはらはらと真剣にこちらを見つめているのが、いたたまれない。ここを中途半端にして投げ出せないというのに。



 半分寝ぼけたようなアリサが、「けえき……」と呟いていた。


「んあっケーキ! ケーキですね?! ケーキをね! はい!」


 頭の中の雑念を無視するために、アリサにえっさほいさとケーキを食べさせ続けた。口いっぱいになるまで。頬を膨らませてもぐもぐしている隙に、第三の目を合わせた。


 顔が熱い。手も熱い。砂糖やバニラに焼けた小麦と卵が絡み馥郁(ふくいく)としてケイファスを惑わせようとするけれど、ぐっと腹に力を入れる。


 無我夢中になって、アリサの第三の目を閉じさせた。


「アリサ」


 ぷっくりした口は幸せを咀嚼している。


「アリサ、わかる?」


 満足したようにため息が漏れて、返事があった。


「……ケイファス? いつ……カフェ……に? ここにね、ちいちゃなうさぎがね、いたの……」


「どこまで覚えてますか?」


 目をこすって眠気を振り落とそうとするが、かくりと頭が落ちる。


「ごめ……なんか、ねむ……」


 アリサの腕から力が抜けて、一応事件は終わりを告げた。


「第三の目は閉じた。起きたら話もできそうだし、とりあえずは大丈夫」


 不安定だった体を抱え直して、ウナへ見せる。彼女にもしっかり見えているはずだ。


「アリサちゃん……っ!」


 よかった、を繰り返すウナに締め付けられても、アリサは目を覚ますことはない。垂れた手に白いうさぎがすりすりと頭を寄せていた。



 ケイファスは自分の第三の目を閉じた手で、二つ横並びの目を隠した。


 思い出してはいけないと思うが、……。


 さっきはアリサを取り戻すことに必死だったが、取り戻せたいま、現実が降りかかってきた。


 あのはむはむ事件は。あれはケイファスをエンゼルケーキだと思われてた、怖い。


 ウナには現場が見えていなかったことが救いだ。


 それからはバタバタした。店仕舞いの準備はできていたとはいえ、夜の部に明け渡さなければならず、慌てて全員が外へ出た。流れでケイファスはアリサを抱えたままだ。


 裏口で戻ってきたマスターと合流し、一番近距離にあるマスターの家へ行くことになった。また、ケイファスがアリサを抱えたまま。雪うさぎはアリサのお腹をあたためるようにじっとしていた。


 ジェッドが「いつ幻獣が襲ってくるかもわからないし、俺はいつでも動けるようにしておく」と言ったためにケイファスが運ぶしかなかったのだ。幻獣の気配はなかったけれども、いや、ジェッドのファンに悪い勘違いをされないためにも、ケイファスが運んでいてよかったのかもしれない。


 “ Steamy Bean Bistro ” の夜の部の時間も近く、マスターの弟が開店のために来ていたけれども店は閉めてもらった。もしアリサを襲ったと思われる幻獣がうろついていたら危ないからだ。いまごろジェッドの先導で集められた騎士と魔法使いが店内外を探索している。

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