拠点の思い出
領地争奪戦のイベントが開始されて一週間が経過した。
今のところ魔王城を誰も占領することはなく、プレイヤー達はお互いを牽制しつつ、誰かが大きく動くのを待っている状況であった。
魔王城は長年誰も占領できなかった場所と言うことで、大手クラン同士の戦いを見ることができる場所という認識がある。ただ、今回に関しては何かが違うと多くのプレイヤー達は感じ取っていた。
人の口に戸は立てられぬという言葉通り、今回は財団絡みの何かがあるということが噂で広まっており、関係のないプレイヤーたちも何かあるのではと期待感が高まっている。
そんな中、パルフェたちもそれぞれの修行が終わり、本格的に動き出そうとしていた。今日はその決起集会をしようとパルフェは皆に呼びかけると、ほとんどの人が行くと返答があった。
そして今回がこの拠点での最後の宴会となる。
一つのクランに拠点は一つというルールがあるので、魔王城を得るためには今の拠点を手放すしかない。一年ほどこの拠点にいたが、引っ越しするとなるとちょっと寂しいというのもあってパルフェは気合を入れてもてなしの準備をする。
さあ、いつでも来いと言うくらいの状態になった瞬間にナツが二階へ続く階段から降りてきた。
「フハハハハ、我が友よ! 我はとうとう深淵の力、不死王の力を手に入れたぞ!」
「いらっしゃい、なっちゃん。死霊魔法の吸血鬼化ができるようになったんだ?」
「いきなりネタバレとは感心しないが御明察だ! クックック、今日の我は血に飢えておるぞ!」
「トマトジュースでいい?」
「……もうちょっとこうノリについてきて欲しい。だが、トマトジュースは頂こう!」
ナツはいかに吸血鬼が素晴らしいかを語るが、パルフェとしては吸血鬼化することよりも、自分を助けようと頑張ってくれる友人の方が素晴らしいと思っている。口に出して言わないが。
ナツは吸血鬼化したことで確実に強くなっていると豪語した。トマトジュースで回復できる、倒されても棺桶があれば復活できる、死霊魔法の上位魔法であるブラッドスペルが使えるようになる、クリエイトアンデッドで作られたモンスターが強くなる、ドラゴンブラッドと呼ばれる吸血鬼版エリクサーで一時的に無敵になる、など戦力的にもかなり強くなったと語った。
「代わりに昼間はちょっとアンニュイだがな! あと、にんにくも駄目だ! 完璧な者などはおらぬということよ……!」
吸血鬼なので夜は強いが昼は弱い。太陽の光で灰になることはないが、ステータスが著しく落ちると言うデメリットがある。あと、にんにくを使う料理を食べるとダメージを受ける。
「太陽の光は日焼け止めでなんとかなるらしいよ。ちゃんと用意しておいたから」
「いきなり吸血鬼が俗っぽい感じに……だが、受け取ろう!」
黒薔薇のヴィオレッダを思い出すと、ナツはまだまだだなと思えたパルフェだ。方向性は違うが、作っているナツと本物のヴィオレッダでは色々と違うように思える。あえて言うことではないので言わないが。
「む、ナツが一番か」
「おわ! ……変な声が出たではないか、我が友クリスよ、気配を消して背後をとるのはどうかと思うぞ」
「あ、クリスちゃん、いらっしゃい」
いつの間にか拠点の喫茶店エリアにいたクリス。メイド服という目立つ衣装なのにいつどこから来たのか全く分からない状態にパルフェも少しだけ驚く。少しだけなのは同じかそれ以上のことができる師匠や姉弟子であるベニツルやシモンのせい。
「人の背後にいる方が安心するんだ。それにザック殿からはこう教わった。いつも心に暗殺を。これが暗殺者ギルドで教わった心構えなのだが素晴らしいな」
「クリスちゃんは暗殺者を目指しているの?」
クリスは暗殺者ギルドのギルドマスターであるザックに教えを受けていた。しかも両親公認で。放任主義というわけではないはずだが、なぜそうなるのだろうと疑問に思うことが多いパルフェだ。
「そんなことはない。それに今回、修行ということで父や母にも稽古をつけてもらった。コロニー『アマゾン』でのキャンプは久しぶりで楽しかったぞ。ナイフ一本だけの緊張感は良いものだ……!」
「我が友クリスよ。何度も言っているが、それはキャンプではなくサバイバルだ」
「ナツは冗談が上手いな」
「本気で言っているのだが……? まあ、我と友で言葉の意味が違うだけだろう。我が見ている赤と皆が見ている赤が本当に同じ色かどうかは分からんと言うことだ……!」
「何の話? でも、確かに以前よりも隙がない感じになってるね。下手に攻撃したらすぐに取り押さえられそう」
「パルフェにそう言われると悪い気はしないな。実は母にはメイド流捕縛術、父には軍隊格闘術を習った。そしてザック殿には暗殺術だな。それにプロテインもちゃんと摂取した。かなり仕上がっていると言えるだろう。専門用語で言えばキレてる状態だな」
「専門用語……? ああ、うん。そうだね。でも、クリスちゃんは何を目指しているのかな?」
「前にも言ったが母のようなメイドだ。私が理想とする女性とも言える」
過程と結果が伴っていない答えだとは思うのだが、クリスの母であるシルヴァがそういう人だとパルフェはいまだに信じられない。いつも上品な微笑みを絶やさないシルヴァは女性から見ても理想と思える。そして自分の母であるエシャが唯一頭が上がらない人というのもパルフェからするとポイントが高い。とくに食べ放題のときはいて欲しい。
そんな風に思えるシルヴァなのだが、クリスの言動から考えるとどうひいき目に見ても危ない人のように思える。いつかそれを目にすることがあるのだろうかとパルフェはやや怯えていた。
それはそれとして、クリスもナツ同様に今回のためにかなり頑張ってくれたようでありがたく思っている。普段クールな言動が多いが、意外と熱血というか友達想いのところはパルフェも見習いたいところだと常々思うほどだ。
「ところでリックはいつになったら会話に入ってくるのだ?」
「え? リック君?」
「なんでバレた? いや、お前達の前じゃバレバレか」
声が聞こえると、リックが二階の階段から降りてきた。
「もしかして二階で待ってたの?」
「会話が終わるタイミングを待っていただけだ。なんというか入りづらくてな」
「フハハハハ、我が友リックは変なことを言う。いつでも入ってくれば良いではないか」
「俺はナツと違って空気が読めるからな」
「甘い! 空気は読めても読まない行動をするのがカッコいいのではないか!」
「……しばらくぶりなのに、何も変わってなくて安心したよ」
「リック君も変わったようには見えないけどね?」
「そうか? レリックさんやソニアさんに鍛えられて結構強くなったんだが」
「むしろクリスちゃんと違って隙だらけ……もしかしてわざと隙を作ってる?」
リックは特に何も言わずに眼鏡の位置を少しだけ整えて口角を上げた。クリスのようにどこへ攻撃しても当たるイメージがないのとは逆に、リックの場合はどこに攻撃しても当たるように思える。ただ、どこへ攻撃しても当たりそうと言うのは逆に怖い。イメージを誘導させられていると言ってもいいほどの状態なのだ。
「レリックさん達に思考の誘導を習っていたから、そう思えるんだろうな。パルフェ相手に上手くいくなら鍛えられた甲斐があった」
「レリックさんもソニアさんも厄介な人に厄介なことを教えたもんだなぁ」
「厄介な人って俺か? まあ、誉め言葉だと思っておく。そんなことよりも他の奴らはまだなのか?」
「ええと、この時間帯だとあとはジニーちゃんとウィルネちゃん、それにアベル君だけだね。他の皆はもうちょっと後になると思う」
「そうか。ならその三人を待ってから始めるか」
「飲み物くらいは先に飲む? 拠点を一旦放棄するから在庫を全部使って飲み物も色々作ったんだよね」
「ああ、そうか。拠点は一旦放棄しないといけないのか」
「うん、でもまあ、魔王城を手に入れたらそっちもすぐに放棄するけどね。魔王城じゃ猫カフェを開けない……!」
むしろ悪魔カフェになる。ジニー辺りは喜びそうだが、パルフェは喜べない。
ありがたいことに拠点をこのままの状態で登録するというシステムがあるので、土地を手放しても、同じかそれ以上の土地を手に入れれば、そこに同じ状態の拠点を一瞬で作り出せる。
さすがに魔王城の中には作れないというか作りたくないので、今回のことが終わったらすぐに魔王城は放棄するとパルフェは心に決めていた。
「ううむ、我が友は魔王城を得てもすぐに放棄か」
「あ、ごめんね、せっかく皆で魔王城を占領しようとしてるのに」
「いや、気にする必要はない! 魔王城が欲しいわけではなく、お見合い阻止のために魔王城を得るだけだからな! ただ、魔王城という深淵に近い場所を放棄するということにちょっと思うところがあっただけだ!」
「ナツが言っていることも分かるが、今後の拠点争奪戦で魔王城を防衛できるとは思えないし、放棄するしかないだろうな」
「クリスの意見に同意だ。今回は勝てたとしても伝手の戦力によるものだろう。俺たちだけでの防衛は無理だ。それに俺はこの拠点が結構気に入ってる」
リックの意見には全員が頷いた。
魔王城はいいものだが、この拠点も捨てたものではない。むしろ自分たちで間取りや家具を微調整してきてかなり愛着がある。
(たとえデータだとしても思い出はあるかぁ)
前にネイがエクスカリバー・レプリカを見ながら言っていたことを思い出すパルフェ。仮想現実ではあるが、そこに付随された思い出は現実。この拠点で皆と騒いだ思い出だけはデータではない。
(ほんの少しの間だけ、この拠点にはお休みしてもらおう。そして魔王城を手に入れて勝負に勝ったらすぐに放棄して、またこの拠点に戻ってこなくちゃ。節目として最後の宴会になるけど、またこの拠点で今度は祝勝会をしないとね……!)
パルフェはそう思いながら今日も楽しい思い出を作ろうと、改めてもてなしの準備をするのだった。




