美という罪
魔王城の城壁には北以外にそれぞれ門があり、どこから入ってもまずは庭園を通ることになる。そして城内には南の正面入り口から入る形だ。
基本的にどこにも悪魔型のモンスターが徘徊しているが、今は黒薔薇たちが倒したのかどこにもいない。なので、再出現する前に移動しようとパルフェたちは城の中へと足を踏み入れた。
魔王城の中に入るのは初めてのパルフェだが、防衛しやすい場所や奇襲をしやすい場所、それに休憩できそうな場所などを自分の目で見ながら確認しようと考えている。
魔王城は攻略するときよりも防衛する方が難しい。一日に三回ある戦闘は魔王城を支配した次の戦闘から防衛戦が始まるので事前の調査は必須だ。
入り口からすぐにエントランスのような開けた場所がある。階段や通路へ続く場所が多く、ここでの防衛は取りこぼしが多すぎるかなと考えながら、パルフェは向かって右側の通路へと足を向けた。
その通路を歩きながらなんとなくつぶやく。
「この通路は狭いけど、その分、一対一の戦闘を強制できるかな?」
「それもいいけどここは通路が長い。配置するなら遠距離攻撃が主体の人がいいだろうね。それ以外だとただの的になる」
「あ、そっか。常に接近戦じゃないよね。なっちゃんなら銃もあるし、クリエイトアンデッドもあるからちょうどいいかも」
「ナツ君はダークサイドの言葉を仲間に聞かせてテンションを上げるタイプだから、一人で守るのは寂しがると思うが」
「それもあるね。皆が皆、毎回戦闘に出れるわけでもないし、ここでの防衛は保留かな」
パルフェはシステムメニューから表示できるマップに書き込みをしながら次の場所へと移動する。
次は狭い通路ではなく一階右側の大広間。集団戦を行うならここと反対側である左側の大広間が良いということでどれくらいの人を配置できそうかと確認に来た。
大広間に入る前から戦闘が行われている音が聞こえてきたので、巻き込まれないようにこそこそと大広間を見る。
そこでは一人のゴスロリ女性と多くのプレイヤーが戦っていた。ゴスロリの女性にとって四面楚歌のような状況なのだが、その動きは優雅な踊りのようにも見える。そんな踊りであるにも関わらず、攻撃は全く当たらない。
「あれは黒薔薇のヴィオレッダ君だね」
「ヴィオレッダさんかー。たまに喫茶店に来るけど、優雅そうな人だよね」
黒薔薇の中でロザリエの次に偉いとされるヴィオレッダ。黒薔薇十聖の一人であり、現実の服飾ブランド「黒薔薇」の副社長でもある。
長いストレートの黒髪に黒いバラが付いた眼帯を付けている。着ているゴスロリ服はどちらかといえば貴婦人が着るようなドレスのようで頭には小さな帽子が乗せられていた。
眼帯をしていない目からは赤い輝きが放たれていてやや怖いが、そこはあまり問題ではない。むしろ人形のような完璧な造形の顔に恐怖を覚えるほどだ。夜、暗い場所に立っていたら声を上げる自信があるとパルフェは思う。
「どうやら魔王城へ来た黒薔薇たちは手加減をしているようだね」
「え? 手加減? あんなに強いのに?」
プレイヤー側は攻撃を当てることができないのだが、ヴィオレッダの流れるような動きの鞭は面白いように当たる。むしろプレイヤー側が攻撃に当たりにいっていると言ってもいいほど。そんな光景を見て手加減と言われてもパルフェとしては納得はできない。
「黒薔薇の本来の強さはメンバー同士の連携にある。個人で戦ってもあまり強くないんだよ」
「あれで弱いの?」
「弱いと言う評価はちがうかもしれないけど、メンバーが十人そろっていたらあの程度のプレイヤーたちなら瞬殺だろう。初めてのクラン戦争でベスト4に入った実力は伊達じゃないからね」
初めてのクラン戦争とは、百二十年前に行われたクラン戦争のことを指す。ルナリアやイヴァン、それにアッシュやミスト、シモンなどがそれぞれのクランに分かれて初めて戦ったイベントだ。
優勝はイヴァン率いる「ブラックジャック」、準優勝はルナリア率いる「アンブロシア」。他にもミストが率いた「アンデッド」やアッシュやレンがいた「ドラゴンソウル」などがある。
そのトーナメントでベスト4に残ったのがロザリエ率いる「ブラックローズ」だ。
当時の強さが今でも同じであるとは言えないが、トーナメントに勝ち残ったメンバーを知っていれば弱いなどとは口が裂けても言えない。
そして「ブラックローズ」の強さは十人が完全に統一された意識で動くことにある。それを崩すことができたのは、クラン戦争で戦いに勝ったルナリアの「アンブロシア」だけだった。
「トーナメントだからベスト4と言う結果になっているけどね、相性的にはイヴァン君たちよりも強かったかもしれない」
「そこまでですか」
「実際にやってみないと分からないけどね。でもイヴァン君たちがルナリア君たちに勝てたのは奇策が上手くいったからだ。まさか、イヴァン君を囮にしてルナリア君と共にデストロイで一緒に吹き飛ばすとはね。エシャ君は躊躇なくやったけど」
「あー、だからあの称号の取得条件がそれなんだ?」
現在「殲滅の女神」という称号を手に入れるには勇者と魔王を同時に倒すという絶対無理だろという条件になっている。それが過去のクラン戦争の出来事が影響しているなら、称号のコンプリートを目指しているプレイヤーには申し訳ないとしか言えない。
そんな話をしながら見ていると、二十人以上いたプレイヤーたちがヴィオレッダに攻撃を一度も当てることなく倒され続けた。じわじわと戦力を削られている戦いのはずなのに逃げることすら許されなかった戦いはいつの間にか終わった。
そしてヴィオレッダは踊りを終わらせるようにポーズを決めると、少しだけ間を置いてからスカートの裾を少し持ち上げて、カーテシーのポーズをとった。その美しい所作に目を奪われているパルフェだが、ヴィオレッダがパルフェの方へ視線を向けた。
「賞賛は不要です。美は賞賛されるものではありませんので」
「え?」
「覗くような真似をして悪かったね、ヴィオレッダ君」
「謝罪も不要です。見られることは美しいもの定め。むしろ罪なのですから」
パルフェはヴィオレッダを知ってはいる。たまにルナリアが黒薔薇のメンバーをつれて喫茶店に来るので顔見知りではある。ただ、話すのは初めてだ。
物静かな人というよりは話しかけづらい人と言う感じでしかないが、その声を初めて聞いた。よく通る綺麗な声に驚いたが、いわゆるダークサイド寄りでナツと気が合いそうというのがパルフェの印象だ。
「戦いは参考になりましたか?」
「ああ、ええと、すみません、戦い方に見惚れていてあまり参考にならなかったです」
「謝罪は不要です。視線を奪ってしまったのも私の罪。美とは罪、美とは悪、そして美とは孤独……私の罪は増え続けるということでしょう」
どう返していいのか分からないのでパルフェの警戒度が増す。ここにナツがいないのが悔やまれるほどだ。
パルフェが何を言おうか迷っているとヴィオレッダが改めて口を開いた。
「参考にならなかったと言うのなら私の見立てを教えましょう。先ほどの者たちはクラン『第六天魔王』と呼ばれる方たちのようです」
「あ、はい」
よく考えると和風の鎧や刀を持っている人たちがいた。それに忍者や巫女、陰陽師と言った見た目の装備をしていたようではあった。確かに百鬼夜行のイベントで何度か見かけたことがあるとパルフェは思い出す。
「連携は未熟です。とくに前衛の場所取りが悪く、ほんの少し移動するだけで味方の攻撃範囲に入ってしまう。同じ人数で迎え撃つよりも少数で機動力を活かしたかく乱が効果的でしょう」
「おお……」
「そしてリーダーのサムライと巫女は恋人の関係のようです」
「……はい?」
「私に姿に見惚れたリーダーは今日、修羅場を迎えるでしょう。どうやらまた私の罪の鐘がなる……罪の清算に人生は短すぎますわ……」
(なっちゃん助けて)
うまい返しが思いつかないパルフェはこの場にいないナツに助けを求める。近くで見ていたわけではないが、本当に第六天魔王のリーダーと巫女が恋人同士だったのかも不明だ。とはいえ、ヴィオレッダを男性が見たらそうなってもおかしくないくらいの美貌なので、あり得そうと思えること自体が怖い。
そんな風に思っているとディーテの方が口を開いた。
「ヴィオレッダ君、鐘の音は君の罪ではなく、そのリーダーの罪では?」
「仮想の神、それはあまりにも傲慢でしょう。美しさはただそこにあるだけで罪なのです。ならば私がすべての罪を背負うのが筋というもの」
(それもまた傲慢だと思うけど……? なっちゃんがヴィオレッダさんを見たら思い直したりするかな。むしろ悪化しそうな気もするけど)
毒を以て毒を制すではないが、方向性は違うものの同じダークサイドの住人としてなにか思って欲しいという期待感がある。戻るか悪化するかは賭けだが。
ただ、言動はともかく悪い人ではないということだけは分かった。情報を与えてくれているし、表情はともかく目は優し気だ。その心根は優しいのだろうとパルフェは思う。
「ヴィオレッダさん、ありがとうございます。すごく助かります」
「礼は不要です。これは貴方のお父様へのお礼のようなもの、同志を救ってくれたことの恩返しなのです。そうですね、恩返しならもう一つくらい助言をいたしましょう」
「助言ですか?」
「ええ。パルフェさん、強く、美しくおありなさい。強さでも美でもすべてを従えるルナリア様のように。貴方ならそれができるはずですわ、なにせ、あの殲滅の女神の血を引いているのですから。あの方も美という罪を持つ方です。そうでなければルナリア様に勝てるわけがありません」
「……ええと、はい、頑張ります」
これが助言かどうかは不明だが、ルナリアを倒した母親の娘ということで何かしらの期待をされている可能性が高い。それは誇らしいような気もする。気がするだけかもしれないが。
「では、他も見て回ると良いでしょう。私達黒薔薇は魔王城で防衛しやすいと思われる場所におりますので」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「お礼は不要です。美しい者は感謝など求めません。ただ、罪を背負うのみ」
「……いえ、私が理想とする美はどんなことにも感謝をすると思ってますので」
「貴方は美を理解している。美しいわ、パルフェさん」
うまい返しができたのかは不明だが、喜んでいるようなヴィオレッダに頭を下げてからパルフェはディーテと共にその場を離れ、他の防衛場所も確認するのだった。
次回投稿は10/4(日)となります。
一週お休みをいただきますが、引き続きよろしくお願いします。




