黒薔薇の舞踏会
領地争奪戦のイベントが始まった。
全ての準備が整ったのかと言えば答えはノーなのだが、そこは問題ない。イベント期間は約一ヶ月で「一週間以上その場所を占領する」というのが土地を得る条件となっている。今回パルフェが勝つには魔王城を占領し少なくとも一週間以上防衛しなくてはならない。
今のうちから占領してしまうと後半に息切れしてしまう可能性が高いので、少なくとも二週間以上経ってから魔王城を占領する作戦になっている。
それまでは各クランの動向を探ったり、どれほどの強さなのかを確認する威力偵察をするべきだとリックからの提案され、パルフェがそれを承諾した形だ。
ただ、その程度の作戦はどのクランも分かっている。どの時点で魔王城を占領するか、他が占領している場合はどうするか、占領したとしても防衛の戦力をどう維持させるか、考えなくてはいけないことが多く、それをどう計画的にやるか、もしくはどう出し抜くかが重要となる。
基本的に財団キャンサーと財団タウロス、そしてパルフェたちのクラン「モンブラン」の三つ巴戦になるが、その三つだけが魔王城を狙っているわけではない。全く関係のない大手のクランも参戦する可能性も高いのでその辺りの情報も必要になってくる。
なので、そこから確認しようと皆がそれぞれ情報を集めることになった。
ただ、パルフェだけはまだ修行と素材集めを続行するということで、そちらはお任せの状態だ。
そして今日からはディーテがパルフェのそばにいる形となった。ディーテが情報収集をするとAFO内ならばどんな情報も筒抜けなので、あとで相手側から文句を言われる可能性があるためだ。
どんな文句もつけさせることなく完璧に叩き潰す、それがパルフェの勝利条件だと、なぜかパルフェ以上にディーテが鼻息を荒くしている。
そんなディーテをパルフェは拠点の喫茶店に招いているのだが、コーヒーを何度飲ませても落ち着く様子はなかった。
「ディーテお姉ちゃん、まだ怒ってるの?」
「何を言っているんだい。私は怒ってなんかいないよ。ちょっと冷却装置がフル稼働しているだけだ。今月の電気代はキャンサーとタウロスに請求するつもりだよ」
それを怒っていると言うのだが、口には出さないパルフェだ。ただ、何か言いたげなパルフェを見たディーテは少しだけ落ち着いたのか、息を吐いてからコーヒーをゆっくり飲んだ。
「怒っているというか、気に入らないとは思っているよ。仮想現実は現実と切り離すことはできない。でもね、わざわざ現実を持ち込む必要もないほど現実に近づけているんだ。しかも今回はパルフェ君を賞品みたいに扱っている。ルナリア君がそういう条件を出した理由も分かってはいるが、ちょっとコロニーにハッキングして止めたくなるね」
「本当にやめてね」
世界最高のAIがコロニーにハッキングして止めるなんてのは冗談であっても言ってはいけない。しかもできないことを言っているわけではなく、できることを言っているわけだから冗談にもならない。本当にそうなったら歴史に刻まれるほどの破壊行為だ。
「そうはいってもパルフェ君は笑顔じゃないか。実際はやってしまえって思っているのでは?」
「笑顔?」
「嬉しそうに見えるが?」
「ああ、それは違うよ。ディーテお姉ちゃんが私のためにそこまで怒ってくれているのが嬉しいんだってば。本当のお姉ちゃんみたいで――いや、お姉ちゃんみたい、じゃなくて本当のお姉ちゃんとして、だね」
言っていることは過激だが、自分のために怒ってくれているのは間違いなく嬉しい。他の皆も自分のために怒ったり、手を貸してくれたりしているが、両親と同じくらい付き合いの長いディーテが怒ってくれることは別の嬉しさがある。
もっと小さな頃は、ディーテはどこか遠くにいて、モニター越しでしか話ができない本当の姉だと思っていたほどだ。そんな姉がコロニーを止めるとまで言ってくれることが怒りの本気度を表しているので勝手に笑顔になってしまったのだろうとパルフェは分析する。
そんな風に説明すると、ディーテがフリーズしたように止まった。
「ディーテお姉ちゃん?」
「……すまない。一瞬、シャットダウンしかけた。動画は撮ったのだが、再生するのは危険かもしれないな。コロニーの機能が一部停止するかもしれない」
「どういうこと?」
「動画を見るためにコロニーに割いている機能を減らそうかと動きそうになってしまった。そうか、本当のお姉ちゃんか。もちろん、そのつもりだよ。姉として今回問題を起こした奴らを物理的に抹殺しよう」
「動画を見るためにコロニーの機能を一部停止ってどれほど……深くは聞かないけど本当にやめてね。もちろん物理的な抹殺も」
このまま会話していると危険な結末を迎えそうなので、あくまでもゲームで勝てるように頑張ると何度も言ってディーテを説得した。
ディーテも「可愛い妹のため」を強調しつつ、現実では手を出さないと約束した。本当かどうかは怪しい。
「さて、パルフェ君、それで今日はどうするんだい?」
「午後から修行があるから午前中は特に予定がないんだよね……魔王城を見に行こうかな?」
「なるほど。今は誰も占領していないから悪魔型のモンスターが徘徊しているだけだが――ちょっと待った。何をしているんだ?」
「え? どうかしたの?」
「いや、ロザリエ君たちが――」
ディーテがそう言いかけたところでワールドアナウンスの声が響く。
「魔王軍残党『黒薔薇十聖』が魔王城へ侵攻を開始しています。撃退に当たってください。繰り返します――」
「え? ロザリエさん? どういうこと?」
「話は聞いていないが……まさかルナリア君、魔王に返り咲くつもりか?」
「それこそどういうこと?」
「パルフェ君が勝つには魔王城を占領することが一番だが、キャンサーとタウロスに奪われなくても勝ちと言えば勝ちだ。ルナリア君が魔王として降臨すれば、魔王城を奪える可能性は間違いなく減る、いや、可能性なんてなくなるだろう」
「ああ、そういう――でも、それっていいのかな……?」
「いや、良くないだろうね。後から勝負は無効と言われかねない。ロザリエ君が何のためにそれをやったのかは分からないからちょっと確認してみよう」
ディーテはそう言うと、ロザリエに音声チャットを送る。そしてパルフェとも会話できるように同じ回線を開いた。
「ロザリエ君、ディーテだが君は何をしているんだね?」
「あら、ディーテさん、久しぶりですわね」
「ああ、久しぶり。それで魔王城で何を?」
「直接の手助けはできませんが、少しだけでもパルフェさんのお手伝いをと思いまして」
「私のお手伝いですか?」
名前が出たことに反応すると、ロザリエが「あら」と口にした。
「パルフェさんも一緒でしたか」
「あ、はい、ロザリエさん、お久しぶりです」
「ええ、お久しぶり。それにしても大変ですわね。ハヤトさんやエシャさんの娘ですから当然と言えば当然なのかもしれませんが」
「あまり肯定はしたくないですけど、そうなんでしょうね」
両親も色々なことに巻き込まれていたことは知っている。ただ、それを自然の摂理みたいに言われるのはちょっと困る。
「ですが、そのおかげで私達もハヤトさんやエシャさんに救われたようなもの。なので、少しだけ恩返しさせていただきますね」
「恩返し、ですか?」
「ええ、これは魔王城を狙う不届き者を炙り出すためのパフォーマンスみたいなものです。ルナリア様が魔王として戻るためですとか、そういうことはないのでご安心ください」
「ロザリエ君、それは本当だろうね?」
「……そこはきっちりとルナリア様が涙目になるまでお話をしておきました。ルナリア様が魔王になると現実のお仕事がおろそかになるので」
「相変わらず苦労しているんだね。ロザリエ君たちがいるからルナリア君の暴走も許容範囲だ。いつも助かっているよ」
「好きでやっているのでお気になさらず。それでパルフェさん」
「はい」
「魔王城へ来てどんな相手が魔王城を狙っているのか、どれほどの強さなのか見にきたらいかがですか。狙っている人ほど魔王城の状況は無視できませんから。もちろん単なるひやかしの方もいるでしょうけど。一応シンシアさんに来られた方たちの情報収集を頼んでいますが、直接見た方が分かることも多いと思いますわ」
「ああ、そういうことですか」
「ええ、領地争奪戦が動くのは後半がほとんど。前半が膠着状態になりやすいので私達が場を荒らしつつ、パルフェさんの敵をおびき寄せます。できれば相手を消耗させたいですが、そこまでは期待なさらないでくださいね」
「ありがとうございます。すぐに向かいますので」
「ええ、待ってますわ」
ロザリエはそう言うと音声チャットを切った。
ロザリエは魔王城へ攻め込むことで魔王城を狙っている相手をおびき寄せている。ワールドアナウンスが出ているほどなのでプレイヤーがそのことを知らないということはない。少なくとも今回魔王城を狙おうとしているプレイヤーなら見に来る可能性が高い。
とくに古参プレイヤーなら黒薔薇の動向を気にしないわけがない。ルナリアが魔王だったころは誰も勝てないほどの強さを誇っていた。それを実現していたのが黒薔薇と黒騎士。その一方だけだとしても無視するわけにはいかない。
ディーテはそんな風に説明すると改めて笑顔を作る。
「黒薔薇主催の舞踏会ということだね。ぜひ見に行こうじゃないか」
「舞踏会かー、なら、ディーテお姉ちゃんにエスコートを頼もうかな」
ディーテのノリにそう返すと、またもディーテはフリーズしたように止まってしまった。
「ディーテお姉ちゃん?」
「……またも危なかった。君達親子は本当にAIを止めるのが上手い」
「なんのこと?」
「いや、こちらのことだよ」
よく分からない話をされても困るが、問題はなさそうなのでパルフェはディーテと二人、魔王城へと向かうのだった。




