秘密主義のギルド
「ここが暗殺者ギルドなんだ?」
「私も本部にはあまり来たことはないが、ここで間違いない」
「普通の建物っぽいけど?」
「ゲームとはいえ大っぴらにはできないギルドだからな」
「クリスちゃんはその大っぴらにできないギルドに即決で入ったんだけどね」
「メイドギルドに暗殺者コースがあるとは知らなかったというのもあるが、やはり暗殺系のスキルを鍛えるなら本場のギルドに所属しようと思ってな」
「クリスちゃんは何を目指してるの?」
「母のようなメイドだが?」
もはや何も言うまい。そう思ったパルフェは建物を見上げる。
ローゼから暗殺者ギルドのギルドマスターであるザックに協力を仰いでみたらどうかと言われ、その施設にやってきたパルフェ。とはいえ、一度も行ったことが無い場所なのですでに所属しているクリスに案内してもらった。
王都アンヘルダムのど真ん中ではないが、大通りからちょっと入っただけの道沿いにある。レンガ造りのどこにでもあるような建物で、ギルドの建物のようには見えない。一応、酒場を示すような看板が小さく自己主張しているが、クランの拠点のような造りに、これじゃ誰も分からないんじゃとパルフェは、疑問に思う。
そんなパルフェの表情にクリスは何かを察したのか口を開いた。
「本来、暗殺者ギルドは誰かの口添えが無くては所属できないんだ」
「クリスちゃんは誰に口添えしてもらったの?」
「私は自力で見つけ出した。暗殺者ギルドがあることは知っていたからな」
「自力……何かのクエストをこなしたってこと?」
「いや、足運びが暗殺者っぽいプレイヤーの後を付けた」
「足運びが暗殺者っぽいって、それ、リアル暗殺者じゃ……」
そんな職業のプレイヤーはいないと思いたいが、財団お抱えの暗殺者がいるのかとちょっぴり恐怖を覚えるパルフェだ。
「リアルな暗殺者なんているわけないだろう。単に忍び足とか、ステルススキルを上げているプレイヤーを町で見かけて後を付けただけだ。そうしたらここに入っていったんだ」
そういうことかー、とパルフェは胸をなでおろす。とはいえ、AFOを始めたその日にそういうプレイヤーを見つけ出して後を付けるとはちょっと、いや、かなり危ない人ではと思わずにはいられないパルフェだ。ただ、クリスならその程度はやりそうという謎の信頼感もある。
「それと中に入ったら、店にいるマスターに『景気はどうだい』と聞くんだ」
「えっと?」
「合言葉だ。『ぼちぼちだな、何か飲むかい』と返ってくるから『ナポレオン、いや、クルボアジェをロックで』と返すとギルドエリアに通してもらえる」
「……秘密主義なの?」
「ロールプレイを楽しむわけだな。ちなみにギルドエリアには暗殺対象のリストもある。PvPで倒すとお金やアイテムが貰えるぞ」
「……徹底しすぎてて怖いよ」
そんなことまでする必要があるのかと言いたくなるが、遊び方は人それぞれなのでまあいいかとあまり考えないことにした。
パルフェとクリスは店の扉を開けて中に入る。
昼間だが少し薄暗い店内には何人かのプレイヤーがいたが、どのプレイヤーも一瞬だけ鋭い目つきでパルフェたちを見たがすぐに視線を逸らした。
「目を逸らしたと思われてしまってはまだまだだな。本物はまったく気にしない振りをするのだが」
「クリスちゃんはどの視線から言ってるの? というか本物って何?」
熟練の暗殺者のような発言に本当に大丈夫かなと思いつつも、せっかくここまで来たのだからと、カウンターにいるマスターらしき人に話しかけた。
「ええと、景気はどうだい?」
やや棒読みと言うか、感情がこもっていない形でパルフェが言うと、マスターは笑顔になる。
「ぼちぼちだな、何か飲むかい?」
「ええと、ナポレオン、いや、クルボアジェをロックで」
お酒の銘柄だかなんだか分からないパルフェはクリスに言われた通りの合言葉を返す。するとマスターはまた笑顔になった。
「悪いね、それは切らしちまってるから奥から勝手に探してくれ。なかなか見つからないかもしれないから根気よく探してくれよ」
マスターがそういうと、店の奥にある扉から鍵が外れるような音がした。
その奥がギルドエリアかーと思いつつパルフェはマスターに頭を下げてそちらに向かった。クリスの方は腕に巻いてある包帯のようなものをマスターに見せており、それを確認したマスターはアゴで扉の方を指すだけだった。
なにか徹底しているなぁと思いつつ、パルフェはクリスと共に扉の先へと向かう。そこには酒瓶などが置かれている貯蔵庫のような場所だが、地下へと続く階段があった。
「地下が暗殺者ギルドだ。私は会ったことが無いが、おそらくギルドマスターがいるはずだぞ」
「会ったことが無いんだ?」
「そもそもギルドマスターのザック殿が両親と同じようなコールドスリープ組だとも知らなかったからな」
「ああ、そういえばそうだね」
どんな人だろうと思いつつ、パルフェたちは階段を下りる。
降りた先には厳重そうな扉があり、そこを開けるとかなり殺風景な部屋に出た。余計な調度品などをおかない場所でかなり無機質な感じだが、丸いテーブルと椅子だけは多く、それなりにプレイヤーもいた。
なんとなく、あくまでもなんとなくだが、ナツと仲良くなれそうな装備をしているプレイヤーが多く、「クックック」とか「来たか」とか「動く……のか」とか意味がありそうで多分まったくないセリフが聞こえてくる。
まずはザックを呼び出してもらおうとパルフェたちはカウンターに近づく。そして眼帯をして右手に黒い包帯を巻いている女性スタッフに話しかけた。
「いらっしゃいませ、魅惑の暗殺者ギルドへようこそ」
「……魅惑? あの、ギルドマスターのザックさんに会いたいのですが」
あまりにも軽い言い方のスタッフに少々驚きながらもパルフェは当初の目的であるザックへの面会をお願いする。
「ギルドマスターはザックさんと言うんですか?」
「はい?」
「いえ、暗殺者ギルドのギルドマスターは誰だか分からない形になってまして、スタッフの私も知らないんですよ。ここに居るのは間違いないんですけど」
それでどうやってギルドを運営しているんだろうと思うが、そもそもゲームだったと考えを改める。名前を知っていても顔が分からないなら、どうやって協力を仰げばいいのかとパルフェが困っていると、クリスが肩を叩いた。
「たぶん、あの人だ」
「え?」
クリスが一人の男性へ視線を向ける。パルフェもその視線の先を見ると、椅子に座ってお酒を飲んでいる男性がいた。テーブルの上には酒瓶とグラスが一つのみ、誰かと話しているわけでもなく一人だ。
「なんであの人がザックさんだと思ったの?」
「他の人と雰囲気が違う。それに父に匹敵するほどの気配だ。その気配に気付くようにわざとこちらに殺気を送っている」
「クリスちゃんは何を言ってるのかな?」
気配とか殺気とか格闘漫画くらいでしか聞かないような話をしているが、ここは仮想現実だぞと言いたい。とはいえ、たまにベニツルやシモンも似たようなことを言っているので、半分くらいは信じられることだが。
クリスならさもありなん、そんな思いでパルフェはその男性に近づいた。
ぼさぼさの黒い髪、強さなど全く感じない風貌、なんとなく、ちゃらい、と言う感想しかない男性がヘラヘラした感じでパルフェたちを見た。
「お嬢ちゃんたち、俺になんかようかい?」
「ええと、暗殺者ギルドのギルドマスターであるザックさんですか?」
「いや、違うけど?」
「クリスちゃん?」
「いや、間違いない。単にふざけているだけだ。証拠を見せよう」
そう言ったクリスはいきなり男性に殴り掛かる。だが、その前に目の前の男がコインを親指で上に弾いた。そう思った次の瞬間にザックが椅子の上から消えていた。
「怖いよ君達。いきなり知らない人に殴りかかっちゃいけませんて教わらなかった?」
いつの間にかザックはパルフェとクリスの背後にいて、やれやれといったポーズでそう言う。その直後にコインが床に落ちた。
不覚にも動きが見えなかったパルフェは驚きの表情で男性を見る。今も隙だらけで斬れそうな雰囲気しかない。
攻撃を躱されたクリスは眉間にしわを寄せてザックを見つめる。
「私は両親から実力を試すならこれが一番だと聞いたが?」
「……ああー、そうね、君達のご両親はそう教えるかもね」
ザックはそう言って笑うと、すぐにコインを拾ってから改めて笑顔になった。
「よく分かったな、そう、俺が暗殺者ギルドのギルドマスター、ザックだ。パルフェとクリスだよな。俺は二人のことを知っているけど、そっちからすると初めましてかな?」
そう言ったザックはすぐにカウンター内にいるスタッフに菓子類とジュースを頼み、パルフェたちへ椅子に座るように促すのだった。




