魔王の称号
「あれ? ディーテお姉ちゃん、私より早く来るなんて珍しいね?」
パルフェはAFOにログインし、拠点の自室から一階の喫茶店エリアに向かうと、そこにはすでにディーテがいた。
それも珍しいのだが、腕を組んで眉間にしわを寄せているディーテも珍しい。怒っているというわけではなく、申し訳なさそうな顔をしているのだがパルフェには全く心当たりがない。
「パルフェ君、私は君に謝らなくてはならない」
「謝る? なんで?」
「現実のつまらないことに巻き込んでしまったからだ。実は――」
ディーテの話にパルフェは驚く。そんな表現では足りないというべきか、寝耳に水どころか滝、青天の霹靂どころかメテオスウォーム、月が破壊されたと言われた方がまだマシと言うほどの内容だった。
財団タウロスとキャンサーからパルフェに対して縁談の申し込みが財団統括のルナリアにあったのだと言う。当然それは断ったのだが、その程度で引くような財団はない。縁談に関して条件付きで行うということになった。
「AFOで魔王の称号を得られたら縁談を認める……?」
「ルナリア君も苦渋の決断だったのだろうね。断っているのに何度も連絡をしてきて面倒くさくなったとも言えるが、断り続けて強硬手段に出られても困るという判断をしたらしい」
「強硬手段?」
「財団の力を使って無理矢理結婚を迫るようなやり方だよ。そんなことは私がさせないがパルフェ君に行動の制限をさせる可能性があるし、友人達も巻き込まれるかもしれない。それにダラダラ時間を掛けるよりも条件を出して白黒つける方が早いと判断したわけだ」
パルフェとしては、なるほど、と言えることではあるが、そもそもなぜ財団が自分に縁談を申し込むのか分からない。他の財団との繋がりは自分よりも両親であり、縁談でメリットがあるとは思えない。もちろん、縁談の結果、結婚になったとしても何の意味があるのかと言いたい。
「でも、なんで私なのかな? 意味ある?」
「これはルナリア君のミスなのだが、次期財団統括をパルフェ君にと言っていたらしい」
パルフェはむせた。ルナリアがたまに冗談でそんなことを言っているのは知っているが、それを信じる方もどうかしている。ようやく落ち着いたが今度は呆れ顔だ。
「なんでそれを信じるかなー?」
「ルナリア君は本気だと思うけどね。それはそれとして、たとえ嘘や冗談でも無視できない情報に何も手を打たないわけにはいかないと言ったところだろう。とくにその二つの財団はライバル関係でもあり、お互いを出し抜く必要がある。それに財団から見てパルフェ君は次期財団統括という立場がなかったとしても懇意になることには価値がある」
「価値?」
「ルナリア君からの覚えも良く、他の財団の次期当主たちと仲が良い、それに多くの大企業関係者ともつながりがある。彼らからすればその価値は計り知れないだろうね。私からすればそんなことよりもパルフェ君自身に価値を見出せない者なんかに結婚させる気はないが」
彼氏や結婚相手に両親よりも厳しい審査がありそうなディーテの言葉に呆れつつも、ちょっと嬉しいパルフェだ。それよりも大体の事情は判明した。ただ、なぜAFOで魔王の称号を得ることが条件になっているのかはまだ分からない。
魔王の称号の取得方法は判明している。領地争奪戦で魔王城を得ること。これが魔王の称号を得る条件だ。そしてルナリアが魔王を辞めてから十数年、その称号を得たものはいない。理由は領地争奪戦で魔王城は多くのクランが狙っている領地になるため、各クランの妨害により魔王城を得ることができないためだ。
「魔王の称号を得るって条件はどこから出たのかな?」
「ルナリア君だね。達成不可能な条件を出すことで諦めさせる、そういう意図だったのだが――」
そこでディーテの顔がまた申し訳なさそうな顔になる。
「え? 何か問題?」
「二つの財団が大手クランに協力を仰いでいる。もちろん無茶な勧誘はしていないだろうが、一般人からすれば財団の名前を出されて協力して欲しいと頭を下げられたら断るのは難しいだろうね。すでにいくつかの大手クランは協力するという話になっているそうだ。もちろん、事情は伏せているようだけどね」
「本気すぎるよ……」
縁談のためだけになぜそこまで本気になるのか。それとも縁談までこぎつければどうとでもなると考えているのか。どちらにせよ、成人もしていない相手にそこまでするのは大人げないとしか言えない。おそらく、お見合いをしたという立場だけでもずいぶんと違うのだろうとパルフェは思う。実際に結婚までいかなくとも、そこまでこぎつけたという状況が必要なのかもしれないが、パルフェからすればいい迷惑だ。
どこに怒りを向ければいいのか微妙に分からない部分もあるが、ルナリアには一言物申したい。
「パルフェ君、君の気持ちは分かる。私としてもこんなことは認められない。だが、ルナリア君が財団統括として条件を出してしまった以上、今更反故にはできない。そこで、だ」
「そこで?」
「パルフェ君は次の領地争奪戦で魔王城を手に入れ、魔王の称号を得て欲しい」
「あー、そうなれば縁談もなしになるのかぁ」
「そう、条件に関しては次の領地争奪戦のみ、となっているからね。今回防げばそれで終わりだ」
「でも、また何か条件を付けてくるんじゃないの?」
「ルナリア君やネイ君達もそこは上手くやってくれたようでね、出した条件で達成できなかった場合は同じ案件を受けることはないとなったそうだ。もしその約束を破ればその財団は消えることになるとも言ったらしいね」
そんなことができるならすぐにやってよと思ったが、財団はそれぞれ役割があり、一つでもなくなると生活に多くの不便が出る。なので実際にどこかの財団を消すことはできないのだが、ルナリアの殺気を伴った言い方に財団当主は完全に怯えたとのこと。また、ネイを筆頭に他の財団からも不評を買ったことで今回限りの話となったという経緯だ。
パルフェとしては今回の事情や対処法は分かった。ただ、問題はまだ残っている。
「モンブランって大手クランじゃないんだけど、領地争奪戦で勝てるものなの?」
モンブランはどう考えても小規模クラン。パルフェもそうだが、一部のスキル以外はカンストしているわけでもなく、装備品も初心者から中級者向け、どう考えても大手クランに勝てる要素がない。
「パルフェ君、なにもモンブランだけで勝つ必要はないんだ。パルフェ君にはパルフェ君の伝手がある。事情を話して協力を仰いだらどうかな。私の見立てでは財団からの協力要請よりもパルフェ君個人の頼みを聞いてくれそうな人ばかりだと思うが」
そう言われてパルフェはいくつかのクランが思い当たる。それにふと思ったことがあった。
「スタッフさんに協力を仰ぐって大丈夫かな? メイドギルドのローゼさんとか」
それを聞いたディーテはきょとんとした顔になったがすぐに笑い出した。
「やはり親子だね。ハヤト君も昔、プレイヤーではなく、当時NPCと呼ばれていた人たちに協力を仰いでイベントに勝利したよ」
「なんかそんな風な話を聞いていたから思いついたんだけど、なら問題なし?」
「もちろんだよ。このAFOはね、ゲーム内で可能な行為は本人の責任においてすべて許容されるんだ。たとえそれがラスボスの力を借りることになっても問題はないよ」
「ラスボス……もしかしてディーテお姉ちゃんも?」
「当然だよ。可愛い妹のために一肌脱ごうじゃないか。とはいえ、システムに介入するようなことはできない。そこまでしてしまうと財団側が納得しないだろうからね。あくまでもプレイヤーの一人としてパルフェ君に協力しよう――代わりと言ってはなんだけど、お願いがあるのだけど」
「え? お願い?」
まさにラスボスとも言うべきディーテが参戦することになったので勝利は間違いないのだが、なぜかそのディーテからお願いがあると言われて困惑するパルフェ。
憂鬱そうな顔をしているディーテが小さな声を出した。
「これからハヤト君とエシャ君にも謝罪にいくのだが、あまり怒らないように口添えをお願いしたい」
「あー、私を巻き込んでお父さんとお母さんが怒るってこと?」
「ハヤト君はそこまで怒らないだろう。でも、エシャ君がね……ちなみに、説明と謝罪に行ったルナリア君はすでに正座中で涙目になっている。AFO内なら間違いなくデストロイされていただろう」
「お母さん……」
頼りになるのか危険なのか微妙なところではあるが、自分のために怒ってくれていると思うと結構嬉しい。そんな風に思ったが、まずはルナリアを救出しようと一度ログアウトするパルフェだった。




