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【翡翠の誓約】身の程知らずな偽物令嬢が、私の年下婚約者を狙っているようです  作者: 碧風瑠華


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第五話 欲望の代償


 オルフェウスの籠絡に失敗したロザンヌは、懲りもせず翌日も店を訪れた。


 再度楽しもうと思っていた、セレスティアに似たエリナの顔は、なぜか商品からなくなっていた。


 店主に文句を言っても相手にされなかったが、店が指定した顔なら無料で借りられるという条件をロザンヌはもぎ取った。



 無料で借りられる顔は、ロザンヌの憧れのセレスティアに負けず劣らず、綺麗な人ばかりだった。


 ただ、この無料品レンタルには縛りがあり、黒薔薇館でしか過ごせない。


 それでも、持てはやされることには変わりなく、店側が用意した特別な招待状を持った人たちが、入れ替わりやってくる。


 その話し相手になるだけで気分の良い時間が楽しめるので、ロザンヌに文句はなかった。


 一日に何回でも様々な容姿になることも、無料ならではの愉しみだと悦に入っていた。



(これで無料なんだから、すごいわ)


 そこに何の疑問も彼女は持たなかった。



 何回目かの無料体験の相手は、コルベ子爵家の嫡男、ギルバートだった。

 今日のロザンヌの顔は、アゼリアという裕福な商家の娘のものらしい。


 部屋に入ってきたギルバートは、酷く重苦しい雰囲気をまとっていた。

 どんなに話題を振っても、悲しそうに笑うだけ。 


 扱いに困ったロザンヌが、ギルバートの隣から席を立とうとしたとき、ギルバートはロザンヌの手を掴んだ。


「アゼリア、何故君は僕だけを見ないんだい?」


 ギルバートは、急に底冷えのする声で、ポケットから黒光りする小瓶を取り出し、蓋を開け、ロザンヌの鼻先に突きつけた。


「アゼリア……また、一緒に逝こうか。君を残しては逝けないよ」


 強烈な甘い香りと共に、首を締められるような息苦しさがロザンヌを襲う。

 気が遠くなったロザンヌは、そのまま意識を手放した。


 ロザンヌの目が覚めたとき、黒薔薇館にはレンタルフェイスの店主が来ていた。


「ロザンヌ様、不測の事態が起こりました。先程のお客様が使用した魔法薬の影響により、貴方は元のロザンヌには戻れなくなりました」


 ロザンヌには、何のことか理解できなかった。


「あなたはアゼリアの顔で、この先も黒薔薇館にお住まいください。生活の面倒は黒薔薇館で見てくれることになりました」


(え……? アゼリア……?)


(え——! それならセレスティア様のお顔が良かったわ)


 ロザンヌが顔を変えている最中に死にかけ、魔法薬同士の作用によって、元に戻れなくなったらしい。

 ロザンヌ・ラゥ・モンテル男爵令嬢は、その日を境に行方不明となった。


 ロザンヌは、ここにいるのに。


 他人に成り代わる事ばかりしていたロザンヌは、ついに自分がなくなった。


 レンタルフェイス店も、ロザンヌを上手く利用していた。


 本来レンタルフェイス店は、儚くなった人に、どうしても会いたい、心の整理がつかない人向けの店だった。

 今を生きる者の顔になることは出来ない。


 そして、ゼフィール第一皇子の協力店だった。


 店主は皇子の命を受け、未解決事件の容疑者たちや犯罪をあぶり出すために店を出していた。


 執着型の犯罪者をあぶり出す一翼を担っていたが、稀に、ロザンヌのような勘違いした人間が店を訪れていた。


 目星をつけた相手に、言葉巧みに近寄り、束の間の夢をお楽しみくださいと、特別手形で黒薔薇館へ誘い出し、ロザンヌを囮としてぶつけていたのだ。


 ロザンヌの扱いが面倒になった店主は、彼女の他人に成り代わりたい執着心を利用していたのだった。


 コルベ子爵家のギルバートは、アゼリアへ横恋慕していた。

 つきまとった挙句、無理心中を謀り、アゼリアだけを死なせていた。


 ロザンヌへの行為や言動が決定的な証拠となり、ギルバートの犯行が裏付けられ逮捕された。


 今を生きているセレスティアの顔になることは決して叶わなかったのだ。


 儚くなった人の顔にしかなれないという事も知らず、いつかまたエリナになれるかな、もしくはセレスティア様になれるかなと、見果てぬ夢を見ていた。


 元の姿にもう戻れないと知ったロザンヌに、悲壮感はなかった。



(でも、まあ、あの他人に成り代わる快楽の沼から抜け出せないのよ)


(何をしたって私ではないんだもの。悪さしてもバレないし、あの万能感が癖になるわ)


 だからいいか、とロザンヌは思った。


(あ、でもオルフェウス様にもゼフィール様にも会えないじゃない! もうすぐアルセリオン様も帰国されるって聞いたわよ)


「ちょっと! あの店主を呼びなさいよ! 元に戻る方法はあるんでしょ!? 私がいないと彼らが、セレスティア様が、寂しがるじゃない! 店主——!」


 ロザンヌが騒いでも、後の祭りだった。

 黒薔薇館の誰一人として、彼女の言う事を取り合うことはなかった。


 騙されたと騒ぎ立てたロザンヌだったが、元の顔がアゼリアになるだけで、容姿を変えることができると知ると、


「それを早く言いなさいよ!」


 と、満面の笑みになり、そこからは積極的に、自ら黒薔薇館の接客員として活躍し始めた。


「次はロザンヌの顔になれば、もとに戻れるわよね? セレスティア様、オルフェウス様、待っててね」



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