第六話 君を待ってるよ〜翡翠の誓約〜
黒薔薇館での捕縛と、クラヴィス公爵邸ロザンヌ襲撃から数日後。
皇都から少し離れた隠れ家的な雰囲気の高級菓子店の個室。
そこにゼフィール、オルフェウス、セレスティアの三人が、華のような香りが漂う淹れたての紅茶と、様々なお菓子を堪能していた。
三人とも社交界では見せない、穏やかな雰囲気を纏っていた。
「手筈通り、黒薔薇館の黒薔薇姫エリナこと、エレーヌ・マノンは、まとまった報奨金を渡し、遠く離れた国へ恋人とともに無事送り届けました。これでセレスティアの身代わりとされる者はいません」
オルフェウスが書類に目を落としながら、淡々と報告する。
「よくやってくれた。マルク・ラゥ・ソルヴェの売国行為の証拠も完璧だった。あの一族は近々、不敬罪と国家反逆罪で取り潰される」
ゼフィール第一皇子が満足そうに頷き、マカロンを頬張る。
これで帝国に巣食う大きな膿をひとつ、取り除くことができた。
「エリナは、わたくしと似ているというだけで、可哀想な目に遭ってしまいましたわ。存在を聞きつけ、すぐに手を回したのですが……無事にご存命のうちにお会いできて良かったですわ」
セレスティアが、眉間にシワを寄せていた。
「彼女も、かなり儲かると喜んだのは最初だけで、変態貴族が湧いて出る、命も狙われる。他国に拉致されかけ、割に合わないとボヤいていたよ」
オルフェウスの言葉に、セレスティアは深くため息をついた。
そして、思い出したように告げた。
「ところで、オルフェを籠絡したという、モンテル男爵令嬢はどうなりましたの?」
セレスティアがゼフィールに尋ねたが、オルフェウスが慌てて口を挟んだ。
「されてないから!」
「あら? 鼻の下が伸びていたとか、だらしのない顔をしてたとか? キスされたのでしたっけ?」
「すべて捏造だ! やましいことは何もない! 俺にだって選ぶ権利はある!」
「あら、そうですの? 面白くありませんわね」
「僕で遊ぶのやめてよ……」
最後は、どんなに大人びても少年の顔が見え隠れしていた。
そんな二人のやり取りに、ゼフィールや護衛騎士たちは何とも言えない笑みを浮かべ、生暖かい眼差しを向けていた。
ゼフィールが、
「実を言うと、ロザンヌ・ラゥ・モンテルは我が国において行方不明扱いになったよ」
「あら、オルフェの色気に当てられましたの?」
「セレス!」
オルフェウスが叫ぶが、セレスティアにもゼフィールにもかわされた。
セレスティアの言葉に、ゼフィールは首を振った。
「いや、彼女はあの後、凝りもせず、すぐ顔を借りたあの店へいき、またセレスティアになろうとしたよ。だが、知っての通りエリナの顔はもうない」
ゼフィールは、そこまで話して、この先を話すことをためらっているのか、紅茶に口をつけ、言葉を濁した。
「そこからは、まぁ紆余曲折あってね。今はアゼリアという裕福な商家の娘の姿になったまま元の姿に戻れなくなってしまい、黒薔薇館に住んでるよ。ほぼ軟禁なんだが……家族との折り合いは悪かったらしく親は捜索すらしていない」
「また、何かしでかしたのですか?」
セレスティアは呆れながら問いかけたが、ゼフィールは肩をすくめるだけで答えようとはしなかった。
他人を羨んでばかりでいたロザンヌは、自身の名前も身分も、自分自身をも失った。
客観的に見れば身を滅ぼした自業自得の結果だが、本人がそれを悲劇だと思わずに貪欲に、さらに自分の欲望に突き進んでいる、しかも楽しみながら。
ゼフィールからすれば、その理解の及ばない思考回路をどう話せばよいのか、また話してよいのかわからなかった。
さほど重要でもない話だしなと、オルフェウスと目を見交わした。
ロザンヌと対峙したオルフェウスや、クラヴィス公爵家の騎士たちは、渋い顔をしていた。
「あの店は、儚くなった人にどうしても会いたい人への店ですのに……」
「だな……あの時、エリナを逃がすために仮死状態にしていたから使えただけなど理解する気もないだろう」
「黒薔薇姫エリナだけは特別扱いだ……レンタルフェイスは、過去の事件に起因し、今を生きる者の顔にはなれない。あの魔法でさえ禁忌だ」
やれやれと三人は同時に肩をすくめた。
「エリナは、わたくし絡みのトラブルに巻き込まれない為に、もうこの世にはいないと思わせる必要がありましたわ。おびき出す計画に利用するために置いていましたのに……ね」
そこまで言って、セレスティアは大きく息を吸い込み、
「殿下、エリナを代用品にした不届き者たちの調べはついていますわよね? すべて教えてくださいね」
セレスティアは明るい笑顔に見えるが、どこか背筋がゾッとするような笑みだった。
「仰せのままに」
ゼフィールが、芝居がかった返答をし、分厚い紙束をセレスティアに渡した。
その量を見て、セレスティアの目は細く鋭くなっていた。
セレスティアの冷ややかな空気を変えるかのように、ゼフィールが仕切り直した。
「さて、皇都の掃除はこれで一段落かな?」
「あの子……リオンの宝物がいつ来ても大丈夫ですわね? 心を煩わせることはありませんわ」
「この国も、好きになってもらいたいもんな」
ゼフィール、セレスティア、オルフェウスは、それぞれが、もう一人の幼馴染であるアルシエール公爵家のアルセリオンの婚約者となり、このレオルディア帝国にやってくる予定の少女に思いを馳せた。
セレスティアと、似通っている少女は確実にマルク達に狙われる。
セレスティアが可愛がるので、モンテル男爵令嬢は間違いなく少女を攻撃してくる。
そんな未来を野放しにする気のない彼らは、事前に国内清掃と称して、隠密に動いた。
あとは、のんびりと迎え入れる日を待つばかりだった。
オルフェウスが、ニマニマとほころびきった顔で窓辺に寄った。
「今、アルセリオンが向こうの国王の許可を取り付けて、正式手続きしてんだろ? 帰ってくる時は、一緒かな? リオンが8歳で自ら見つけて仮婚約した時は驚いたよ。あれからリオンは良い方に変わったし、彼女といるときの、あんな雪崩顔見たことなかった」
言い終わらないうちに、遠くに妙なものが立ち上がるのが見えた。
緑と銀の光に禍々しい赤と黒が混ざった光の柱。
「フィル!!」
オルフェウスは慌ててゼフィールを呼んだ。
すばやく窓辺に来たゼフィールは、その禍々しい光の柱を目に焼き付ける。
あれは、アルセリオンが愛しそうに語っていた、彼女の翡翠色の魔力なのでは?
その翡翠色に赤と黒の粒子が混ざっていた。
ゼフィールもオルフェウスも、胸を締め付けるような嫌な予感に襲われていた。
「まさか……」
と言葉を失う二人だった。
遅れて窓辺に来たセレスティアは見ることが出来なかった。
王族や高位の貴族なら、今の光が魔力色だと気付く。
そして、その色に赤と黒が混ざるのは魔力暴走だということを知っていた。
ゼフィールもオルフェウスも、あれほどの規模の魔力暴走の主が、彼女ではないことを願った。
◇ ◇ ◇ ◇
ゼフィール達が待ち望んだ、アルセリオンの宝物は帝国に来ることはなかった。
彼女は消えてしまったのだ。
ゼフィール達の予感は当たっていた。
各国の新聞には、光の柱出現と巻き込まれた令嬢が消息不明としか報道されなかったが、やはり彼女の魔力暴走だった。
エルデリア王国にいる者からは、原因は王太子にあるとのことだった。
「エルデリア王国の王太子を殴り飛ばしに行きますわ!」
と、怒り心頭で暴走するセレスティアを抑えるのは並大抵の苦労ではなかった。
彼女とアルセリオンの関係は、限られた者しか知らない。
ゆえに、帝国が表立ってエルデリア王国に干渉出来なかった。
それでも、いざとなったらゼフィールは皇族としての権限を行使するつもりで、彼らは密かに動き出し、最愛の幼馴染のために、彼女の帰還を信じて待ち続けることになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
一ヶ月後、留学先のベルテア王国からエルデリア王国へ立ち寄った後、帝国に帰還したアルセリオンは、見るからに憔悴していた。
半身をもぎ取られたかのようなアルセリオンの姿に、ゼフィールも、セレスティアも、オルフェウスも、アルセリオンの両親すら、かける言葉を失っていた。
元々冷たい印象を与える整った顔立ちの瞳からは、光が消えていた。
アルセリオンはエルデリア王国で密かに彼女の父親に接触し、事態の詳細を教えられていた。
「ミュウは、エルミージュは生きてはいる。だが、いつこの世界に戻ってこれるかはわからない。彼女を助けるために風の精霊王が彼女を保護している。そうでなければ、彼女は……」
ぽつぽつと、これだけしか語らなかった。
周囲には何のことやらわからない。
が、信じて待つしかできないのかと思ったゼフィール達は自分たちの出来ることをやり尽くそうと決めた。
彼女とアルセリオンの結びつきは両国の安定的な関係にも繋がっていた。
他国の陰謀でなかったことだけが救いだとゼフィールだけは思っていた。
エルデリア王国で起きた、この事件は各国を賑わしたが。
詳細不明のため、すぐに人々の記憶の奥底に沈んでいった。
翡翠色と銀色の魔力色を持つ彼女が、再びアルセリオンの隣にいることが当たり前になる、その日まで、帝国は静かに、牙を研ぎ澄ませながら待ち続けた。
五年後、その報せを掴む、その日まで……
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ここで、序章 完 となります。




